第122話 小さなクッキーに見えるらしい。

 101号室の4名は、ぽろり食堂で少し遅い昼食を済ませた後、予定通り15時発のスクールバスに乗って、15時半に学園に到着した。


 バスに同乗していたのは、料理部員を中心とした顔触れで、管理部員に関しては足利あしかが先輩と安井やすいさんの2名だけ。僕を含めて3名だ。


 運転手のコウクチ先生は目の下のくまも無くなって、元気そうだった。


 先週より生徒の人数はだいぶ少なかったが、今日はバスが3本あるので、16時発か17時発のバスで来る人もいるのだろう。


 長内先生や警備員さんも、僕達と同じバスには乗っていなかったようだ。




「うわっ、部屋ん中、チョーあちいね」

「窓を閉め切った状態で、エアコンも止めていましたから、仕方ありません」


 久しぶりに戻った101号室の中は、かなり蒸し暑く、ネネコさんは制服のすそをバタバタとさせて、お腹から胸に風を送っている。完全にいつものネネコさんだ。


「まずは、部屋を冷やさないとね」

「ポロリは、冷たいお茶を用意するの」


 僕は荷物を自分の机の下に置いてから、エアコンのスイッチを入れる。

 ポロリちゃんは、早速キッチンで冷たい飲み物を用意してくれているようだ。


 ネネコさんは暑さに耐えきれず、ベッドの横で堂々と制服を脱いで、部屋着に着替え始めた。やはり、Tシャツとショートパンツのほうが快適なのだろう。


 天ノ川さんは自分の机の前で、家から持ってきた荷物を整理している。

 お土産みやげらしき包みが沢山あるのは、寮のみんなに配るつもりなのだろうか。


「これは、101号室へのお土産ですので、今日のおやつにしましょう」


 天ノ川さんはその中の1つを開けて、リビングの小さなテーブルの上に置く。

 お菓子の入った、お弁当箱くらいの赤い箱だ。


「もう、おやつの時間かー」


 部屋着に着替え終わったネネコさんが、天ノ川さんの左手側に座る。


「冷たいお茶も用意できたの」

「ありがとう。一緒に運ぶよ」


 ポロリちゃんがお茶をれてくれたので、グラスをテーブルまで運び、そのまま天ノ川さんの向かい側の、いつもの場所に座る。


 最後にポロリちゃんが僕の左手側の、いつもの場所に腰を下ろした。


「もう食べていいの? いただきまーす」

「ポロリもいただきます。ミユキ先輩、お茶をどうぞ」

「ふふふ……ありがとうございます」


 リビングで、少し遅い午後のティータイムが始まる。

 部屋のクーラーも徐々に効いてきたようだ。


「僕もいただきます」


 天ノ川さんのお土産は、ピーナッツの形をした最中もなかだった。個別包装の透明な袋には、ピーナッツに合わせた顔と手脚が描かれており、かわいらしい感じだ。


「えへへ、甘くておいしいの」

「地元のお土産では、結構人気らしいですよ」


 8個入りの最中は1人2つずつで、すぐに食べ終わってしまった。


「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」


 僕としては、甘いものは、このくらいで丁度いい気がするのだが、ネネコさんは少し物足りない様子で、僕の顔を見ている。


「ミチノリ先輩のも開けてみてよ」

「ああ、そうだったね。早速、開けてみるよ」


 ネネコさんのお父様からいただいたお土産か。

 お菓子なら4人で分けないと。


「ふふふ……甘井さんもお土産があるのですね?」

「いえ、僕が用意したものではなくて、ネネコさんのお父様から頂いたものです」

「ネコちゃんのパパから? それは楽しみなの」


 僕はバッグの中から手提げの紙袋を取り出し、中に入っている小さめの包みを手に取る。かなり軽いので、やはりお菓子が入っているのだろう。


「じゃあ、開けてみるね」


 僕は地味な包装紙を開けて、小さめの紙箱をテーブルの上に置いた。

 紙箱の色は黒の地にピンクの模様で、意外と派手だった。


「なんか、おしゃれな感じだね?」

「ポロリはね、きっと、高級なお菓子だと思うの」


「見たことのない箱ですけど、これは何のお菓子でしょうか?」

「この箱の大きさだと、チョコレートじゃね?」

「でもね、ここに『ゼリーたっぷり』って書いてあるの」


 箱には「12pieces」とも書いてあるので12個入りという事か。


「12個入りみたいだから、1人3個ずつだね」


 箱のふたを開けて、4人で中身を確認する。


「これは……クッキーでしょうか?」


 天ノ川さんが、僕の正面で首をかしげている。


 個別包装だが、僕はこの四角くて薄い袋には見覚えがあった。

 中身は丸いので、小さなクッキーに見えなくもない。


「あっ、いや、これは……」


 僕はお菓子と思い込んで蓋を開けてしまった事を後悔したが、後の祭りである。


「ミチノリ先輩、袋に『女性側』って書いてあるけど、どういう意味?」

「あのね、裏には『男性側』って書いてあるの」


 どうやら、これはチョコでもクッキーでもなく、僕の制服のズボンのポケットに入れっぱなしの「警備員さんからもらったお守り」と同じ物のようだ。


「えっと……急用を思い出しました。甘井さん、私はプルちゃんにエサをあげないといけないので、ちょっと席を外しますね」


 天ノ川さんは、これが何であるか気付いてしまったようで、ほおを赤く染めて、部屋を出て行ってしまった。


「ごめん、お菓子じゃなかったみたいだね。後で僕が代わりのお菓子を買ってくるから、それは返してもらってもいいかな?」


「いいけどさ、ミチノリ先輩は、これが何だか知ってるの?」

「えへへ、お兄ちゃん、ポロリもちょっとだけ興味あるかも」


 ネネコさんは本当に全く知らなそうな感じだが、ポロリちゃんは薄々気付いているような感じだ。


「ああ、これはね、僕は使った事ないけど、避妊具コンドームだよ」

「マジ? パパがミチノリ先輩にコンドームをあげたの? これを使えって事?」


 ネネコさんは、コンドームが避妊具であるという事は知っていたらしい。


「お父様は、きっとネネコさんの事を心配してくれているんだよ」


 そして、ネネコさんと僕が既に「付き合っている」と思っているらしい。


「あのね、お兄ちゃん、ポロリはお兄ちゃんのほうが心配なの。ポロリはお兄ちゃんが我慢出来ないなら仕方ないと思うけどね、先生に見つかったら、きっと寮から追い出されちゃうと思うの」


「ロリには、もう何度も言ってるけどさぁ、ボクがミチノリ先輩とエッチなんか、するわけないじゃん」


「でも、それじゃお兄ちゃんがかわいそうなの……」


 自分では分からないが、ポロリちゃんから見ると、僕はそんなに欲求不満に見えるのだろうか。そのあたりは上手く対処していたつもりだったのだが。


「ポロリちゃん、僕はネネコさんの事もポロリちゃんの事も好きだけど、今のところ、これを使う予定は全く無いから、心配してくれなくても平気だよ」


「マジで? ロリとは使わないでヤルつもりだったの?」

「えっ? いや、そういう意味で言ったわけじゃ……」


「あの、あの、ポロリは今から夕食の支度のお手伝いに行ってきます!」


 ポロリちゃんは、僕の話を聞かずに顔と耳を真っ赤にして部屋を出てしまった。


「あーあ、ロリに逃げられちゃったじゃん。追いかけなくていいの?」


 原因はネネコさんの一言にあると思うのだが、これは、まあ仕方がない。


「今僕が追いかけたら逆効果でしょ。ポロリちゃんには、少し頭を冷やして冷静になってもらわないと」


「ロリはボクよりずっとエロいからね」


 ポロリちゃんは、僕と2人きりのときは、積極的に甘えてくる感じがする。

 ネネコさんは、僕と2人きりのときも4人のときと特に変わらない感じだ。


「そうなのかな? ポロリちゃんの場合、ただ寂しいだけなんだろうと思うけど。ネネコさんは、そういう事には興味ないの?」


「うーん、まだボクには、そういうの、よくわかんないや」

「まあ、そうだよね。ネネコさんは、今のままでいいと思うよ」


「それって、褒めてるの?」

「もちろん」


「ならいいけど。それはボクのパパからのプレゼントだから、ミチノリ先輩がボクと付き合いたいと思っているなら、使わないでとっておいてよ」


「了解」


 僕はテーブルの上の避妊具を回収し、ポケットの中のものと一緒に自分の机の引き出しにしまう。最初の1つを使う機会がやってくる前に、12個も増えて13個になってしまった。


「僕は今から売店に顔を出して、帰りにお菓子でも買ってくるよ」

「なら、ボクは昼寝でもしてようかな」


 なんとなく居心地が悪くなり、僕も部屋を出る。

 この状況で、最も頭を冷やさなければならないのは、僕自身だ。

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