第120話 2人は良いが3人はダメらしい。

 8月15日の朝、ネネコさんからのモーニングコールで目が覚めた。


 時刻は7時になったばかり。

 お盆休み中なのに、わざわざ早起きして電話をくれたようだ。


「ミチノリ先輩、連絡遅くなってごめん」


 この少し眠そうな感じのしゃべり方は、ネネコさん本人に間違いない。


「あはは、かなり早い時間だけど、今度は本当にネネコさんだよね? お母様の声がネネコさんの声とそっくりだったんで驚いたよ」


「この前は、ボクが電話しようとしたら、ママにスマホ取られちゃって……」

「ああ、それでお母様からだったんだ」


「ママ、ボクの事なんか言ってた?」


「『末永くよろしくお願いします』って言われたから、『こちらこそよろしくお願いします』って挨拶あいさつしておいたよ。ネネコさんに代わってもらおうとしたら、電話が切れちゃったんだけどね」


「そっか、ならいいけど」


「ネネコさんは、その後どうしてたの?」

「トラジがゲームしてたから、お風呂に入って、出たら5時過ぎてた」


 ゲームの邪魔をしない優しいお姉さんなのに、トラジ君は気付いていないのか。

 ネネコさんが少しかわいそうな気もする。


「スマホが使えるのが5時までって決まりなら、しょうがないよね」


「そうなんだよね。それに、パパは仕事が忙しくて朝は早いし、お盆休みなんて無いから、平日も土曜日も家にいないし」


「それで日曜日の今日まで連絡が無かったんだ。お父様も大変だね」


 もし僕のほうから電話を掛けていたら、お父様の仕事の邪魔にしかならなかったというわけか。掛けなくて正解だったようだ。


「今日はまだ寝てるけどね」


 お父様が寝ているうちに、こっそりとスマホを借りて連絡してくれたのか。

 なんか、いろいろと申し訳ない気がする。


「それで、18日の事なんだけど――」

「ボクと一緒に行きたいんでしょ? トラジから聞いてるよ」


「それなら、話は早いか。僕は3時発のスクールバスに乗りたいから、お昼前には家を出るつもりなんだけど、ネネコさんはどうする?」


 僕の家から学園の最寄りの駅までは、少なく見積もって3時間くらいだ。


「じゃあ、ボクがミチノリ先輩の家まで迎えに行くよ」

「いや、それは悪いよ。時間を決めてホームで待ち合わせとかにしない?」


「待ち合わせって、好きじゃないんだよね。知らない人がジロジロこっち見たり、話し掛けてきたりするし。それに、もし会えなかったときに連絡取れないじゃん」


 ジロジロ見られたり、声を掛けられたりするのはネネコさんが美少女である証拠だとは思うが、本人はイヤだろうし、連絡が取れないのは確かに不便だ。


「それもそうだね」

「だから、ボクが迎えに行ってあげるからさ、何時ごろがいい?」


「ありがとう。向こうは電車の本数が少ないみたいだから、早めに出発するほうが安全だけど、あんまり早いとラッシュに巻き込まれるし、10時ごろがいいかな」


「ちょっと早すぎじゃね?」

「早めに着いたら、また一緒にお昼食べられるでしょ?」


「マジ? またおごってくれるの?」

「安くて美味おいしいお店に、心当たりがあるからね」


「そんなの、ボクも知ってるよ。ロリんでしょ?」

「あはは、ばれちゃったか」


「それなら、できるだけ早めに行くから、ボクが行くまで先に行かないでよ」

「了解。楽しみに待ってるよ」


 このあと、しばらくネネコさんとおしゃべりしたが、今日は家族でネネコさんのひいおじい様のお墓参りに行くそうだ。


 ネネコさんのご家族4名に加えて、ネネコさんのおじい様とおばあ様、そして、既に100歳を超えるひいおばあ様もご一緒らしい。




 ネネコさんと通話を終えた後、僕はポロリちゃんと連絡を取ることにした。

 連絡先は聞いていないが、お店の番号ならスマホで調べられるはずだ。


「ぽろり食堂」と入力して検索すると、見覚えのある店の画像が表示された。

 もちろん、住所や電話番号、営業時間や主なメニューも記載されている。


 店のクチコミも、何件か書き込まれていたので、僕はどんなものか目を通してみることにした。


「まさにほっぺたの落ちる味。それでいてこの価格は、庶民の味方です」

「ローカル駅の名店。ここで途中下車してでも一度行ってみる価値あり」

「失われつつある、おふくろの味。1口で懐かしさがこみ上げてきます」

女将おかみが小柄でかわいい。しかも、とても親切で、特に高齢者に優しい」

「イケメンのお兄さんがときどき店にいます。若い女性にもお薦めです」

「小学生のウェイトレスが超かわいかった。最近は見かけないので残念」

「代わりに元気な新人ウェイトレスがいたが、この子も小柄でかわいい」

「食事でいやされ、店員にも癒される最高の店。死ぬ前に行っておくべき」


 表示されたクチコミの評価は、どれもほぼ満点で、クレームや悪意のある書き込みは一件もない。それに、料理の評価と同じくらい、店員の評判もいいようだ。


 こんなに素敵な店が東京にあったら、あっという間にパンクしてしまうだろう。




「毎度ありがとうございます。『ぽろり食堂』です」


 9時頃に店に電話すると、1コールで、聞き覚えのある元気な声が聞こえた。

 どうやら、うわさの新人ウェイトレスさんらしい。


「お忙しいところ失礼します。優嬢ゆうじょう学園の甘井と申しますが――」

「ふふっ、ミチノリくん? 今は忙しくないから大丈夫だいじだよ。むしろ暇かも」


「ジャイアン先輩、おはようございます。ポロリちゃんは今、店にいますか?」

「ポロリちゃんが心配?」


「いえ、そういうわけではないのですけど、18日の事でちょっと……」

「――ポロリちゃーん、ミチノリくんから電話だよー!」


 受話器をふさいでも聞こえるくらい、大きな声で呼んでくれているようだ。

 ポロリちゃんは、店にはいないが、家にはいるらしい。


「えへへ、お電話代わりました」


 聞き慣れた、耳をくすぐられるようなかわいい声。しかも嬉しそうだ。

 電話してよかった。


「ポロリちゃん久しぶり、相変わらずかわいい声だね」

「えへへ、ポロリもね、お兄ちゃんの声が聞けて嬉しいの」


「ありがとう。寮に戻る日の事で相談なんだけど、いいかな?」

「まだお店は開いてないから、それまでは電話してても平気だよ」


「当日は、ネネコさんと一緒に早めに出発して、ぽろり食堂に寄って食事してからバスに乗ろうと思って。それならポロリちゃんとも合流できるでしょ?」


「えへへ、ありがとうございます。えーとね、1時まではお客さんが多いかもしれないけど、1時過ぎなら、多分空いていると思う」


「ポロリちゃんも一緒にどう?」

「……それはダメだよぉ」


「もしかして、時間ギリギリまで店のお手伝い?」

「ううん、トモヨお姉ちゃんがいるから、ポロリは手伝わなくてもだいじだよ」


「お店でお客さんと一緒に食事するのって、禁止されてたりするの?」

「そうじゃなくてね、お兄ちゃんはネコちゃんとお食事するんでしょう?」


「そうだけどさ、僕はポロリちゃんも一緒の方がいいと思うし、寮ではいつも一緒に食べているでしょ?」


「お兄ちゃんとネコちゃんだけならいいけど、ポロリも一緒にお食事したら、ミユキ先輩だけ仲間外れになっちゃうでしょう? だからダメなの」


 これは……入寮初日にネネコさんが言われていた事だ。今回の天ノ川さんが、あのときの僕と同じ立場というわけか。(注釈:未読の方は第7話をご覧ください)


 4人組のうちの3人が集まると、残る1人は疎外感を覚えるかもしれない。


 仲間外れを作らない――これはポロリちゃんや天ノ川さんのポリシーで、僕も見習わなくてはならない事だった。


「ああ、そういう事か。たしかに3人だと天ノ川さんに悪いね。でも連絡先を聞いていないから誘えないんだけど、この場合はどうしたらいいかな?」


「それなら、ポロリがミユキ先輩を誘ってもいい?」


 これは意外な答えだった。天ノ川さんとポロリちゃんは、少し距離があるというか、完全に先輩と後輩の関係で、そこまで親しそうには見えなかったからだ。


「ポロリちゃんは天ノ川さんの連絡先を知っているの?」

「ううん。でもね、トモヨお姉ちゃんに聞けば教えてくれるはずだから」


 そうか。ジャイアン先輩なら天ノ川さんの連絡先を知らないはずがないか。


「そうだね。それなら、天ノ川さんへの連絡は、ポロリちゃんにお願いするよ」

「うんっ、お兄ちゃんは、ネコちゃんによろしくね」


「じゃあ、また水曜日に」

「えへへ、ご来店、お待ちしてます」


 これで3日後の予定も決まった。

 今日と明日は特にする事もないので、スマホでも眺めて暇をつぶすことにしよう。

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