第115話 みんなで一緒に下山するらしい。
8月11日になった。今日から1週間はお盆休みの為、寮が完全に閉鎖される。
寮生は朝食を済ませた後、速やかに帰り支度をして退去しなければならない。
ポロリちゃんの話によると、料理部では大急ぎで食器洗いを済ませたそうだ。
管理部の売店は、発注を一時的に止めるだけで、在庫の商品はそのまま。店にはシャッターが無いので、売り場の商品にはホコリ除けの為のシートを掛けてある。冷蔵庫の電源は、落とすわけにはいかないので、入れたままだ。
「甘井さん、そろそろ部屋を出てもよろしいですか?」
「そうですね。みんな準備出来たようですし」
セーラー服を着た天ノ川さんの手には、薄い学生カバン。
模範的なお嬢様の格好と言えるだろう。
僕の荷物は、大きなボストンバッグだが、中身は空に近い。
これは、秋冬用の服を家から寮に運ぶ為のものだ。
「ネコちゃんは手ぶらなの?」
「うん、ボク荷物を持って帰るのめんどくさいし」
ポロリちゃんは、小さくて赤いリュックを背負っている。
中学生だと知っている僕が見ても「小学生にしか見えない」が、これは小さくてかわいい妹への「誉め言葉」である。
ネネコさんは、ポロリちゃんの指摘通り「手ぶら」だった。
一瞬、ネネコさんの「手ブラ」を想像してしまったが、もちろん手に何も持っていないという意味で、決して上半身ハダカという意味ではない。
外は今日もいい天気で、暑くなりそうな感じだ。
最近は夕立も多かったが、いつも朝は今日のように晴れていた。
天ノ川さんを先頭に、ネネコさん、ポロリちゃん、僕の順に並んで校門を出る。
生徒の出入りの最終確認を取るのは、
「これは、甘井のだろう?」
「はい。ありがとうございます」
僕は井手先生からスマホを受け取って礼を言う。
当然、スマホの電池は切れたままだ。
「もう持ってくるなよー。ここに持ってきても意味ないからなー」
ここは「預り所」ではなく、本当は「罰則として一時的に没収されていただけ」なので仕方がない。101号室の貴重な記念写真が撮れただけでも良しとしよう。
「はい。家に置いてきます」
井手先生に頭を下げてからバス停へ向かう。
ちなみに、井手先生は自動車通勤で、奥様は
今日は全員が9:30のバスで下山する為、バスは1往復だけらしい。
乗車は始まっているので、運転手のコウクチ先生に
「よろしくお願いします」
「おう」
先生は笑顔で挨拶を返してくれた。
なぜか目の下に
「お兄ちゃん、席はこっちだよ」
「ありがとう」
先にバスに乗り込んでいたポロリちゃんが、手を振って僕を呼んでくれたので隣に座り、お礼にポロリちゃんのシートベルトを調節して、安全確認。
座席は、以前4人で一緒に買い出しに行った時と全く同じだ。
僕の前の座席には天ノ川さん、その隣にはネネコさんが座っている。
「ダビデ先輩のお隣が空いているようなので、ここにします~」
「ツヅミ、グッジョブ!」
通路を挟んだ左側には
窓側が信楽さんで、通路側が搦手さん。既に車内は賑やかだ。
「私たちは、ここにしましょうか」
「そうですね」
僕達の後ろの席には、
狭い空間で四方をお嬢様方に囲まれると、自分もお嬢様になったような不思議な気分であり、以前のような場違いな世界ではなくなってきたような気がする。
不安も無いし、緊張したりもしない。
これが「慣れ」というものなのだろうか。
こんなに素敵なお嬢様方に囲まれても心臓がドキドキしないのは、僕の隣に座っている子が一番かわいいからに違いない。
たったの4か月で僕がこんなに強くなれたのは、きっとポロリちゃんのお陰だ。
「ぷしゅ~」
空気の抜けるような音とともにドアが閉まり、バスが動き出す。
体が大きく左に振られるのは、発車直後にバスが右にカーブするからであるが、ポロリちゃんも僕もシートベルトを正しく装着していたので何も問題はない。
「きゃっ!」
だが、僕の左から小さな悲鳴が聞こえた。
「カンナさん、危ないです~」
「ツヅミ、グッジョブ!」
シートベルトを締め忘れた搦手さんが、信楽さんのお腹の上に頭から突っ込んだが、信楽さんが両手で受け止めて、無事だったようだ。
「お兄ちゃんは、いつ寮に帰ってくるの?」
「僕は来週の、お盆明けの初日に戻る予定だよ。ポロリちゃんは?」
「ポロリは、お兄ちゃんと同じ日にするの」
僕は、ポロリちゃんがお盆明け初日に戻ると確信していたのだが、どうやら正解だったようだ。もともと決めていたはずであっても、「同じ日にする」と言われると言われた僕としては、とても嬉しい気分だ。
「管理部の仕事もあるし、課題の
「ポロリもね、早く戻って、みんなの朝ごはんを作りたいの」
「宿題は無事に全部終わったんでしょ?」
「えへへ、お兄ちゃんに見てもらったおかげなの」
ポロリちゃんはご機嫌な様子だ。
今日はバス酔いの気配すらない。
「どういたしまして。今日は元気そうだけど、バス酔いは
「お兄ちゃんにもらったお薬をなめていたから、今日はだいじなの」
「あの薬、まだ残ってたんだ。それは良かった」
「えーとね、まだ、あと1回分残っていたと思う」
薬の効果はかなりあるようで、今日は全く心配なさそうだ。
「うえっ……」
だが、僕の左から不穏な声が聞こえた。
「カンナさん、袋! エチケット袋!」
信楽さんが袋を用意して渡そうとしている。搦手さんもバスに弱かったらしい。
もう少し早く気づいてあげられれば良かったのだが……。
「ポロリちゃん、最後の1錠もらっていい?」
「うんっ、カンナ先輩、苦しそうなの」
今からでも効くかどうかは不明だが、何もしないよりはマシだろう。
「搦手さん、酔い止めの薬です。よかったらどうぞ」
「ありがと。――ゴクリ」
搦手さんは、酔い止めの薬を飲み込んでしまったようだ。たしか、口の中で飴のように溶かす薬だったような気がするが、のど飴と違って「水が必要ない」というだけなので、吐いてしまわない限りは多分問題ないだろう。
信楽さんが心配そうに見守る中、搦手さんはなんとか持ち
「ぷしゅ~」
空気の抜けるような音とともにドアが開く。
駅に着いたようだ。
「
聞き慣れた大きな声が搦手さんの後ろの方から聞こえてきた。
どうやら
「お兄ちゃん、シンヤさんって、だあれ? 長内先生の旦那様?」
「夜間警備のお姉さんだよ。シンヤさんは名前じゃなくて、
「あっ、警備員のお姉さんなら、ポロリも食堂で見たことあるの」
「ほら、私服だけど同じ人でしょ?」
長内先生の後に続く新家さんと目が合うと「お先に!」と左肩を叩かれた。
「お兄ちゃん、警備員さんとお友達なの? すごーい!」
「いや、僕は管理部で足利先輩に紹介してもらったから」
紹介してもらっただけでなく、性教育を施された上、プレゼントまで頂いてしまい、そのプレゼントは僕の制服のズボンのポケットに入れてあったりもする。
「お兄ちゃん、もうみんな降りちゃったよ?」
「あー、僕たちも降りないとね」
僕は自分とポロリちゃんのシートベルトを外して、2人で一緒にバスを降りた。
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