第114話 桃は激甘ではなくやや甘らしい。

 8月9日の午後。今日もアマアマ部屋ではポロリちゃんの作った桃のケーキで、ネネコさんの誕生日パーティー(今日で3回目)が行われている。


 天ノ川さんが冗談で言った3日間開催の提案を真に受けたポロリちゃんは、昨日よりさらに大きなケーキを作ってしまったらしい。


 ネネコさんは甘いものが大好きなので3日連続でケーキを食べても平気なようだが、さすがにオトコである僕に3日連続の激甘ケーキはきつい。かといって、せっかくポロリちゃんがケーキを作ってくれて、天ノ川さんもネネコさんも楽しんでいるのに水を差すわけにもいかない。


 そこで、今日は自分なりに「根回し」をして参加を取りやめる事にした。


「根回し」というと大袈裟おおげさに聞こえるが「協力者」と「大義名分」さえあればいいので、意外と簡単だった。


 僕は管理部の部活を口実に欠席し、代理人として料理部の大間おおまさんに出席してもらう事にしたのだ。大間さんは、僕からお願いしたら二つ返事で快く代役を引き受けてくれた。後は僕が管理部に顔を出すだけで全てが丸く収まるはずだ。


 体操着のまま寮を出て、生徒がほとんどいない校舎へと向かう。


 昨日のバスで、さらに5人が帰省したため、在校生徒数は101号室うちのへやの4人を含めても16人。残っているのは管理部員と料理部員、後は教頭先生からピアノを教わっている生徒が数名と、水泳部の部長とその弟子くらいだ。


 売店に到着したが、案の定、店内には誰もいない。

 そのまま部室に入ると、2人の後輩が椅子いすに座ったままこちらに振り向いた。


「ダビデしぇん輩、おはようございましゅ」

「ちょうどよかった。2人じゃ食べきれないから、先輩も食べて!」


 僕と同じ体操着の安井やすいさんと、セーラー服の搦手からめてさん。


 テーブルの上には大きなお皿があり、その上には大量の桃が一口サイズに切られた状態で乗っていた。


「おはようございます。校庭の桃ですか。これは、3人分でも多い気がしますね」


 とりあえず自分の席に腰を下ろす。

 部室にも桃があるとは予想外だった。


女将おかみ先輩が直々に差し入れてくれたんだけど、多すぎるでしょ?」

「食べ残しは厳禁なのでしゅ!」


 料理部の部長さんが直々に持って来て下さったのなら、残すわけにはいかない。

 僕も手伝ってあげることにしよう。


「フォークが2つ刺さってますけど、僕が使ってもいいんですか?」

「アイシュちゃんのフォークと私のフォークだけど、どっちがいい?」


 搦手さんは、僕がどちらのフォークを選ぶかニヤニヤしながら観察している。


 僕の席からだと、安井さんのフォークのほうが近いので取りやすそうだが、安井さんもジッとこちらを見ており、どうも選びにくい。


「じゃあ、とりあえず2つともお借りします」


 僕は右隣の空席――足利あしかが先輩が普段使っている椅子――に移動し、フォークに刺さっていた桃を2つ一緒に口に入れ、2本のフォークをそれぞれ違う桃に刺した。


「けっこう美味おいしいですね」


 桃は思っていたほど甘くなく、すっきりとした味わいだった。

 激甘だったのは、桃ではなく生クリームのほうだったらしい。


「ちょっと、先輩、それはズルくない?」 

反則はんしょくでしゅ!」


 僕の行動が期待外れだったようで、2人とも怒っているが、こんなに露骨な罠にハマるほど空気が読めないわけではないし、後輩の使ったフォークをしゃぶらなければならないほど愛に飢えているわけでもない。


「フォークに口は付けていませんから、ご安心ください」


「間接キスは間に合ってるって事? なんか、ムカツクわね!」

「カンナしゃん! しょれは、言いしゅぎでしゅ!」


「搦手さんが、いつもより刺々とげとげしい気がしますが、何かあったんですか?」

「ちょっと聞いてよ! 先週ネル先輩とブーちゃんが家に帰っちゃってね」


 ネル先輩とは、手芸部の部長さん、針生練はりうねる先輩。

 ブーちゃんとは、同じく手芸部の高木初心たかぎうぶさんの事だ。


「えーと、針生先輩と高木さんが、家に帰ってしまったという事ですね」

「そう。それで、代わりに女将先輩とツヅミが、うちの部屋にいるの」


 女将先輩は料理部の部長さん、百川肚身ももかわはらみ先輩。

 ツヅミとは、搦手さんと同じ3年生の信楽鼓しがらきつづみさんだろう。


 この2人は姉妹ではないので、おそらく「臨時姉妹」。ゴールデンウィークのときの僕とハテナさんと同じ状況だ。


「女将先輩と信楽さんが、305号室で1週間寝泊まりしているという訳ですね」


「そうなの。どう思う?」

「それは大変そうですね」


 信楽さんはともかくとして、下高したたか先輩と女将先輩のコンビは恐れ多いというか近寄り難いというか、オーラが強すぎて、僕なら息が詰まりそうな感じだ。


 一緒に暮らすのなら、やや天然ボケな感じの針生先輩の方が、気が楽だろう。


「お姉さまが2人いるみたいな感じで、自分の部屋にいても気を抜けないの」


 お姉さまが首席の先輩というだけでも、いろいろと大変なのに、今の状況はもっと厳しいという事か。


「あと2日の辛抱です。明後日あさってには全員家に帰りますから」

「しょうでしゅよ。カンナしゃんは桃を食べて元気出して下しゃい」


 安井さんがフォークを持って、桃を搦手さんの口に運ぶ。


「ありがと」


 搦手さんは、パクッと桃を口に入れ、モグモグと口を動かしている。


「ダビデしぇん輩もどうぞ」

「どうも」


 僕も安井さんから桃をいただく。

 非常にゆるい雰囲気だ。


「じゃあ、僕からもどうぞ」


 搦手さんのフォークを借りて、桃を搦手さんの口に運ぶ。


「ありがとー」


 搦手さんは、パクッと桃を口に入れ、モグモグと口を動かしている。


「安井さんもどうぞ」


 安井さんの口にも桃を差し出す。


「ありがとうございましゅ」


 安井さんも、パクッと桃を口に入れ、モグモグと口を動かしている。


「じゃあ、これはお礼ね」

「どうも」


 今度は僕が搦手さんから桃をもらう。

 搦手さんの機嫌も良くなったようだ。


「アイシュちゃんも」


 続いて安井さんの前に桃が差し出される。


「ありがとございましゅ」


 安井さんは、パクッと桃を口に入れ、モグモグと口を動かしている。


 こんな感じで、3人でお互いに餌付えづけをしながら何周かすると、桃はいつの間にか全て無くなっていた。


「全部食べたら暇になっちゃったね」

「お客しゃんも、誰も来ないでしゅ」

「それじゃ、今から3人で店の掃除でもしましょうか?」

「そういえば、私たち、今日はまだ仕事していなかったよね?」

「お姉しゃま方に叱られてしまいましゅ!」


 休憩というのは、本来仕事の合間に取るべきものなのだろうが、先にたっぷりと休憩をとってから働き始めるのも、なかなかいいものだ。


 お客様が誰もいない売店は掃除しやすく、床も棚も美しく整えることが出来た。


 寮の退出期限まで、あと2日。

 明後日から1週間は、寮が閉鎖されるお盆休みだ。

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