第113話 明日も明後日もお誕生日らしい。

 今日は8月7日。ネネコさんの13歳の誕生日だ。

 誕生日パーティーは午後3時から開催の予定で、会場は101号室である。


 ネネコさんが昼寝をしている間に、天ノ川さんと僕は食器の準備。ポロリちゃんが料理部で作ったケーキをこっそりと運び込み、各自プレゼントも用意する。


「お兄ちゃん、ロウソクもあったほうがいいかな?」


「あったほうがいいのかもしれないけど、ロウソクもライターも売店には置いてなかった気がするよ」


「この寮では食堂の調理場を除いて火気厳禁ですから、ロウソクも使用禁止です」


「そうだったんですか」

「それなら仕方ないの」


 天ノ川さんの話によると、ロウソクは使えないらしい。言われてみれば、部屋の簡易キッチンにはIHコンロしかないし、風呂場の給湯器も電気式だ。火災防止の為ならば仕方ないだろう。


 ロウソクは諦めてケーキをテーブルの中央に置き、準備完了。


 先ほどまで眠っていたはずのネネコさんもケーキの甘いにおいに気付いたようで、2段ベッドの上段からゆっくりと下りて来た。


「ネネコさん、13歳のお誕生日おめでとうございます」

「ネコちゃん、おめでとー」

「おめでとう、ネネコさん。もう準備はできてるよ」


 リビングの小さなテーブルを囲んで、パーティー開始だ。


 普段は天ノ川さんが座る僕の正面の席にネネコさんが座り、僕の右手に天ノ川さん、左手にポロリちゃんが座っている。今日に限っては僕の正面が「議長席」ではなく「誕生日席」という事なのだろう。


 テーブルの形は、ほぼ正方形なので、どうでもいい気もするが。


「このケーキ、ロリが作ってくれたんでしょ? チョーうまそう。ありがとね」

「えへへ、ネギマ先輩に教わって、ナコちゃんにも手伝ってもらったの」

「そうなの? ならナコも誘ってあげればよかったのに」

「ポロリは誘ったんだけど、ナコちゃん、恥ずかしがり屋さんだから」


「ふふふ……それもあるでしょうけど、私たちはいつも4人で食事をしていますから、他の部屋の子は入りづらいのかもしれませんね」


 大間おおまさんにとって101号室は、アウェイであるということか。おそらく、僕が科学部の新入生歓迎会の誘いを断ったときと同じような心境だったのだろう。


「ナコちゃんからは、ネコちゃんへのお誕生日プレゼントも預かってきたの。今からつけてあげるね」


 パーティーへの参加を辞退しても、友達へのプレゼントは忘れずに渡す。

 こういう事ができる人は、とてもカッコイイと思う。僕も見習わないと。


 ポロリちゃんはネネコさんの前髪を整え、右側のおでこがよく見えるように左目の上あたりで髪を留めた。


 この髪留めが大間さんからのプレゼントらしい。髪留めに付いているネコのキャラクターは、ネネコさんのリコーダーやパンツに描かれていたものと同じだった。


「前がよく見えるし、涼しくていいかも」


 普段は前髪を下ろしていて、最近は目にかかるくらいの長さであったが、日焼けしたおでこを半分出しているネネコさんも、なかなかいい感じだ。


「その髪型も良く似合ってるよ。はい、僕からは約束のスニーカー」


 僕からのプレゼントは、ネネコさん本人に選んでもらった白いスニーカー。制服を着ている時に履いても校則違反ではないし、違和感もあまりなさそうである。


 ちなみに、サイズは22.5センチだ。


「こっちは、ポロリからのプレゼントだよ。白いスニーカーに合う靴下だから、お兄ちゃんからのプレゼントと一緒に使って欲しいの」


 ポロリちゃんからのプレゼントは靴下らしい。僕からのプレゼントに合わせて、3足ほどコーディネートしてくれたようだ。


 ポロリちゃんのお陰で、ネネコさんも靴下選びに悩まずに済むし、僕のプレゼントの価値も上がった気がする。ネネコさんへのプレゼントなのに、僕まで喜ばせてくれるなんて、さすがポロリちゃんだ。


「2人ともありがと。明日あしたから使わせてもらうね」


 ネネコさんから2人一緒にお礼の言葉をもらい、ポロリちゃんと自然に顔を見合わせる。ネネコさんもポロリちゃんも最高の笑顔だ。これだけでも、僕は渡したプレゼント以上のお返しをもらった気分だった。


「最後に、これは私からのプレゼントです。ネネコさんには、優れたお嬢様として外見だけでなく、中身も美しくなってもらいますよ」


 天ノ川さんからのプレゼントは、どうやら本らしい。天ノ川さんの自作と思われるブックカバー付きで、タイトルは分からないが啓発本か指南書のようだ。


「こんな難しそうなの、ボクに読めるかな~?」

「読めるかな? じゃありません! じっくりと読んでもらいますよ」

「は~い……」


 ネネコさんはあまり嬉しそうではなさそうだが、天ノ川さんがネネコさんの為に選んだ本なのだから、きっと今のネネコさんに必要な事が書かれているのだろう。


「よろしい。――それでは、みんなでケーキをいただきましょうか」

「歌とか歌わなくていいんですか?」

「そんなのどうでもよくね? 早く食べようよ」


 ロウソクも歌も省略だとパーティーと言うよりは、ただおやつにケーキを食べるだけのような気がするが、祝ってもらう本人がそう言うのなら、きっとそのほうがいいのだろう。


「えへへ、ポロリが切ってあげるね。ネコちゃんの分はみんなより大きめなの」

「さすがロリ、よく分かってるじゃん」


「私は、4年生太りが怖いので、小さめでお願いします」

「4年生太り? そんなのがあるんですか?」


「3年生は毎日3階まで上り下りするのでカロリーを消費しやすいのですが、4年生で部屋が1階に戻るので、3年生のときよりも太りやすいのです」


「なるほど。僕も気を付けないと」 

「ポロリもあんまり食べないほうがいいのかなあ?」


「1年生は、まだ成長途中ですし、甘井さんは男性ですから、よほど食べ過ぎなければ特に問題ないと思いますよ」


 天ノ川さんが、今の素晴らしい体型スタイルを維持するのは、結構大変なようだ。

 ポロリちゃんとネネコさんは細すぎるくらいだから、何も心配はないだろう。


「いただきまーす」


 ネネコさんは全く気にせず、大きなケーキを食べ始めた。


「僕もいただきます」


 僕も気にせず、いただくことにしよう。


「すげー、こんなに桃がたっぷり入ってるケーキ、初めて食べたよ」


 ネネコさんの言う通り、生クリームの間には甘い桃がぎっしりと詰まっていた。


「たしかに、これは贅沢ぜいたくな感じだね」

「校庭にある畑の桃だから、今なら食べ放題なの」

「寮に人が少ない時期の収穫ですから、みんなで食べないと余ってしまいますね」


「桃って1本の木からそんなに取れるんですか?」


 校庭に桃の木は、たしか1本しかなかった気がする。


「校庭の桃の木なら、おそらく100個くらいだと思います」

「それはすごいですね」


 それだけ取れるなら、本当に食べ放題なのだろう。


「他にもくりの木やかきの木もあるの」

「それは楽しみだね」


 料理部で野菜を作っていたのは知っていたが、果実のなる木も結構あるようだ。


「ごちそうさま! チョーうまかったよ」


 ネネコさんは1番大きなケーキを真っ先に食べ終えた。


「えへへ、桃はまだたくさんあるから、明日も作ってあげるね」

「マジ? ボク、明日で14歳じゃん」

「ふふふ……それだと、明後日で私と同じ15歳ですね」


 どうやら、アマアマ部屋は明日も明後日も誕生日パーティーらしい。


 寮の退出期限まで、あと4日。

 8月11日からの1週間は、寮が閉鎖されるお盆休みだ。

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