第112話 人間も脱皮する事があるらしい。
「お兄ちゃん、ここはこれであってる?」
僕が見てあげているのは数学の宿題だ。
ポロリちゃんは小さな手で可愛らしい字を書くので、ノートも
僕の雑なノートとは大違いだ。
「うん、それで正解のはずだよ。その調子なら今日中に終わりそうだね」
慎重で丁寧なので、スローペースではあるが、ミスは少ない。おそらく、試験での正解率は高いのに、時間が足りなくて途中までしか終わらないタイプだろう。
教わったところは、正しく理解しているようなので、僕の役割は確認して褒めてあげるだけ。全く手のかからない優秀な妹である。
「えへへ、でもね、まだ他の教科もあるの」
「分からないところがあったら、何でも聞いて。いくらでも付き合うよ」
今日はバスの運行もないし、売店の商品もあまり売れていないはずだ。
したがって、呼び出されない限りは、部活に顔を出す必要もない。
「お兄ちゃんの宿題はないの?」
「4年生の課題は、
「4年生、ずるーい!」
「1年生の勉強を見てあげるのも、4年生の課題だからね」
これは
「えへへ、それならいいかも」
ポロリちゃんは納得した様子で、次の問題に取り掛かった。
一方、僕の右隣の席では、ネネコさんがTシャツの
「綺麗に焼けたね。もう皮も剥けてきたんだ?」
「ミチノリ先輩、背中がムズムズするんだけど、ちょっと見てくれない?」
「いいけど、無理に剥くとお肌に悪いよ」
「無理にむいたりはしてないから平気だよ」
ネネコさんが自分の後ろ髪を両手で束ねるように持ち上げると、首の後ろには真っ黒な皮が半分以上剥がれた状態でぶら下がっていた。
「たしかに、これなら剥がしておいたほうがよさそうだね」
「全部むいちゃってよ」
「了解」
ネネコさんのTシャツは大きめなので、首の後ろもゆったりしている。僕はそこに手を伸ばし、首の後ろの皮を両手で丁寧に剥がした。水着の形に合わせて、手のひらと同じくらいの大きさの黒い三角形の出来上がりだ。
「上手くいったみたいだよ」
「ネコちゃん、すごーい!」
ポロリちゃんも、気になってこちらを見ていたようで、大きな黒い三角形に驚いている。人間の皮ってこんなに綺麗に剥けるものなのか。
「ありがと。じゃ、こんどは下の方ね」
ネネコさんは
続いてTシャツを下から持ち上げて真っ黒な背中をこちらに見せてくれたが、黒い部分は既に半分剥がれており、こちらも綺麗に剥がれそうである。
「ポロリもやってみたい!」
「じゃあ、こっちはロリに任せるよ」
「なら、ポロリちゃん、席を交代しようか」
僕が席を立ってポロリちゃんに場所を譲ろうとしたそのとき、
――ドンドンドン。ガチャッ。
「ユービンでーす! 誰かいませんかー?」
3回のノックの後、すぐに入り口のドアが開き、聞き覚えのある声がした。
「はーい!」
「僕が出るよ」
ポロリちゃんが元気よく返事をしてくれたが、僕が出たほうが速いので、部屋の入口へ向かう。101号室あてに郵便物が届いたという事だろうか。
そこには、制服姿で封筒を持った
「あっ、いたいた。はい、お手紙。天ノ川先輩あてみたいだから、勝手に開けちゃダメだからね。ちゃんと渡してよ」
「はいはい。ご苦労様です」
「じゃ、またねー!」
搦手さんは僕に手紙を渡すと、すぐに去って行った。
手紙はエアメールで、あて名は「生娘寮101号室 天ノ川深雪様」
――生娘寮?
この寮って、そんな恥ずかしい名前がついていたのか。この名前だと、僕だけでなく
差出人は――HOKORI SUMINO――スミノホコリさん。
ホコリという名前はどこかで聞いたことのある名前だ。
たしか
「お兄ちゃん、見て、見て! こっちのほうがすごいの!」
「何でボクの皮をロリが自慢するのさ?」
「むいたのはポロリだもん!」
「うわ、これは驚異的だね。さっきのも
それは、先ほどの黒い3角形の約倍の面積を持つ黒い丸だった。
競泳水着の背中が見える部分の大きさで、丸く綺麗に脱皮していた。
「ネコちゃん、念のためにこれ塗ってあげるね」
ポロリちゃんは、日に焼けた肌を保湿する為のローションをネネコさんの背中に塗ってあげている。ネネコさんの背中には、くっきりと水着の後が残っているが、シミひとつない綺麗な小麦色で、赤くなったりはしていなかった。
「ありがと。冷たくて、チョー気持ちいいや」
――ガチャッ。
「ただいま帰りましたー」
ポロリちゃんの席に座り、宿題の進み具合を確認していると、入り口のドアが開いた。理科室のアリジゴクにエサをやりに行っていた天ノ川さんが、部屋に戻って来たようだ。
「お姉さま、おかえりなさい」
「天ノ川さん、随分遅かったですね」
「お恥ずかしい事に、なかなかアリが捕まえられなかったので、かわりにダンゴムシを探していて時間が掛かってしまいました」
天ノ川さんが1人でアリを捕まえようと奮闘している姿が頭に浮かんだ。
僕も一緒に行ってあげたほうがよかったのかもしれない。
「それは大変でしたね」
「ミユキ先輩、見て、見て! ネコちゃんすごいの!」
ポロリちゃんは興奮気味に、天ノ川さんにアピールしている。
ネネコさんは冷めた感じで、黙って恥ずかしそうな顔をしていた。
「ふふふ……これは、背中の皮ですか? 綺麗に剥けましたね」
ネネコさんの背中の皮は、上下2枚セットで僕の机の上に広げられていた。
ネネコさんが自分で剥いていた両肩の部分は、途中で切れてしまったようだ。
「天ノ川さん、エアメールが届いていますよ」
僕は、搦手さんから預かった手紙を、天ノ川さんに渡す。
「もしかして、お姉さまからですか?」
天ノ川さんには、手紙が届く心当たりがあったらしく、嬉しそうな顔をして両手で手紙を受け取ると、自分の胸の上に乗せてから目を閉じた。
「お姉さま?」
「お兄ちゃん、さっき届いたのはミユキ先輩のお姉さまからのお手紙なの?」
「そうみたいだね」
「お姉さま、お姉さまのお姉さまって、どこに住んでるの?」
「テキサス州のヒューストンというところです。
「宇宙飛行士? すげー!」
「とってもカッコイイの」
「ニュースに出てくるような有名な方ですよね」
住野宇宙飛行士という名前は、僕も聞いたことがある。
たしか、日本人で一番若い宇宙飛行士だ。
「ふふふ……証拠写真もありますよ」
天ノ川さんが見せてくれたのは、ロケットを背景に幸せそうに笑っている住野宇宙飛行士と、綺麗で優しそうな女性のツーショット写真だった。
この人が天ノ川さんのお姉さま――スミノホコリさん――か。
上佐先輩の話では、この寮にいた頃はホシノ先輩という名前だったそうだ。
「お姉さまのお姉さまってことは、ボクのお姉さまでもあるよね」
ネネコさんは得意げな顔で、ポロリちゃんに自慢している。
「ネコちゃん、すごーい!」
ポロリちゃんは素直に驚いているが、ネネコさんとは面識がないはずだ。
「ネネコさん、私たちのお姉さまの作った水泳部で、今日も特訓ですよ!」
「分かりました、お姉さま!」
「ミユキ先輩、ネコちゃん、いってらっしゃーい」
天ノ川さんとネネコさんは、素早く水着の準備をすると、今日も2人でプールへ行ってしまった。
ポロリちゃんは自分の席に戻り、数学の宿題の続きをする。
そして、僕も自分の席に戻ったのだが――
「ポロリちゃん、これ、どうしたらいいと思う?」
机の上にはペラペラな2枚の黒いシートがある。
「ネコちゃんはいらないみたいだけど、捨てちゃうのはもったいないと思うの」
「でも、使い道無いでしょ?」
「えーとね、ランチョンマットとか?」
「ポロリちゃん、このランチョンマット欲しい?」
「えへへ、欲しくないかも」
「でしょ?」
「でもね、それはネコちゃんのお背中だから、お兄ちゃんが持っててあげたほうがいいと思うの」
「僕が?」
「お兄ちゃん、ネコちゃんのこと好きでしょ?」
「それはそうだけどさ、背中の皮まではどうかと思うよ」
「ポロリはネコちゃんのお友達だから、お友達のお背中を捨てたほうがいいとは言えないの」
つまり、僕が決めないといけないのか。
「たしかに本人に無断で捨てたら悪いか。一応、引き出しに保管しておくよ」
「うんっ」
こうして、僕はまたレア素材を受け取る事になってしまった。ネネコさんの乳歯と背中の皮。こんなものをとっておいて、僕は何に使うつもりなのだろうか。
僕の机の引き出しの中のレアアイテム
1.ネネコさんの乳歯×2
2.警備員のお姉さんからもらった
3.ネネコさんの背中の皮×2【NEW】
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