第104話 何かがチラチラと見えるらしい。

 夏休みに入り、いよいよ夏本番という暑さだ。


 この学園は、かなり高い山の中にあるのだが、南側の斜面なので日当たりがよく気温も高い。それに加えて、外では数多くのセミが鳴いており、非常に暑苦しい。


 食堂のいつもの席で、101号室の4人で昼食を終え、そのまま午後のティータイム――といっても、飲んでいるのは無料で飲める冷たい麦茶である。


 僕の左隣の席では、ネネコさんが自分の着ているTシャツをバタバタさせて風を送っている。ここにも当然クーラーは設置されているが、天井が2階まで吹き抜けである上、冷気が廊下に流れてしまうため、たいへん効きが悪い。


「あちー、ここ、暑すぎじゃね?」


 わなだと分かっていても、チラチラと見える何かに誘われて目がそちらを向いてしまうのは、オトコの悲しい定めだ。


「ネコちゃん、こんなとこで、お兄ちゃんを誘惑したらだめだよぉ」

「えっ? ボクがそんなことするわけないじゃん」 


「ふふふ……部屋でなら構いませんけど、食堂で、その仕草は少し『はしたない』ですよ。――甘井さんは、どう思われますか?」


「ああ……まあ、この暑さでは仕方がないとは思いますが、隣の席からだとチラチラと目に入ってしまうのは確かです」


 見えてはいけない何かが、見えたり見えなかったり。

 例えるなら、アポ〇チョコのような何か。


 これまでにも何度か目にしており、今日初めて見えたというわけでもない。初めて見てしまったときは慌てて目をらした記憶があるが、もう3か月も前の事だ。


「ボクの胸なんか見て何が楽しいの? ミチノリ先輩、もしかして暑さで頭がおかしくなってない?」


 僕は至って正常である。胸の大きい人のほうが注目されがちではあるが、同じ状況でも谷間が見えるだけだ。胸の無い人の場合、先端まで見えてしまうのだから、どちらかというと、後者の方が見ている側とすればお得な気がする。


「おかしいのは、ネコちゃんのほうだよぉ!」

「えーっ、またロリがエロいこと考えてるだけじゃね?」


「ネネコさん、シャツから手を離してみてください」

「はーい。こうですか?」


 天ノ川さんおねえさまに言われた通り、ネネコさんは素直に手を離す。


「自分の胸を、よくご覧なさい」


 ネネコさんのTシャツには、ささやかな胸の先端の位置がはっきりと分かるように、2つのア〇ロチョコが浮き上がっていた。


「うわっ、マジ? これ、なんかエロくね?」


 ネネコさんは動揺して僕に同意を求めてくる。


「いや、僕に同意を求められても『そうだね』としか言えないんだけど」


 本音を言うなら僕にとっては「いいね!」なのだが、3人からドン引きされそうなので自重しておこう。


「ネネコさんも、そういう時期なのですから、そろそろTシャツの下には何かを身に着けなければいけませんね」


「ネコちゃんは胸、痛くないの?」

「うーん、たしかに最近はちょっと先っぽが、こすれて痛いかも」


「でしょう? だからね、ネコちゃんも下着をつけたほうがいいと思うの」

「でもボクそういうのよくわかんないや。サイズとか合うのを探すのが面倒だし」


「それならポロリが最近まで使っていたのがあるから、それをネコちゃんにあげるね。サイズは多分丁度いいと思うから」


「ロリのお下がりか。それならサイズも合うかも」

「うんっ、部屋に戻ったら着てみてね」

「ありがとね」


 どうやら問題は解決したらしい。


 ポロリちゃんのお下がりをネネコさんが着るというのは、なんだか不思議ではあるが、ネネコさんがそれだけスリムであるという事なのだろう。


「それじゃ、そろそろ部屋に戻りましょう」

「そうですね。部屋の中のほうが涼しそうですし」




 部屋に戻ると、ポロリちゃんはベッドの下の引き出しから自分の下着を何枚か取り出し、ネネコさんに渡している。


「はい、ネコちゃん」

「さっそく着てみるよ」


 ネネコさんは、こちらに背を向けたまま、その場で着替え始めた。


 その背中はかなり日焼けしており、まるで白い競泳水着を着ているかのように、水着に隠れていたわずかな部分だけが、白かった。


「ふふふ……、綺麗きれいに焼けましたね」

「天ノ川さんも、だいぶ日焼けしているように見えますけど」

「プールは日焼け止め禁止ですから。私の肩もこんなですよ」


 天ノ川さんは、ゆったりとした部屋着の襟元に手を掛け、肩の方へ引っ張る。

 健康的に日焼けした肩には、水着の肩ひもの後が白く付いていた。


「いい感じに焼けてますね。赤くなったり、ヒリヒリしたりはしないんですか?」


「私たちは早い時期から毎日少しずつ泳いでいましたから平気ですけど、今の時期に長時間プールに入ったら、きっと真っ赤になってしまいますよ」


 なるほど、にわかスイマーは危険という事か。


「お姉さま、これでどうですか?」


 ネネコさんの着替えが終わったらしい。さっきと同じTシャツ姿だ。


 2粒の〇ポロチョコの存在は確認できなくなってしまったが、ネネコさんがお嬢様として成長しているのだから、これはきっと喜ばしい事なのだろう。


「よろしい。――鬼灯ほおずきさん、ありがとうございます」

「いえいえ、どういたしまして」


「ロリのお下がりかー、なんかボクがロリの妹みたいじゃん」 

「えへへ、ポロリのこと、お姉ちゃんって呼んでもいいよ」


「ロリのおっぱいがお姉さまと同じくらいになったら、そう呼ぶことにするよ」

「そんなの無理だよぉ!」


 天ノ川さんにも、この2人と同じくらいの時期があったはずだが、それはいったいどれくらい前なのだろうか……?


「お姉さまは、いつからブラを着けてましたか?」


 僕が疑問に思った事を、ネネコさんが代わりに質問してくれる。

 おっぱいに関する興味という点でも、僕はネネコさんと気が合うようだ。


「私が初めて着けたのは……、たしか小学校の2年生のときでしたね……」


 天ノ川さんが遠い目をしている。どうやら、もう8年も前のことらしい。


 学年の差が3年あることを差し引いても、成長の早い子と遅い子では5年分も差があるという事か。今から成長したとしても、ポロリちゃんの言う通りで、2人が天ノ川さんに追いつくのはとても無理そうだ。

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