第102話 実はパンツを穿いていたらしい。

 今日は答案返却日。午前中のホームルームで期末試験の答案用紙が全教科一斉に返却された。ほかの人の点数まではよく分からないが、僕としては中間試験のとき以上の手応てごたえだ。


 期末試験の場合、先に行われた音楽や体育などの実技試験の結果と、筆記試験の結果とを合わせて成績上位者が発表されるらしい。


 寮の食堂前のロビーは、期末試験の結果発表を待つお嬢様方でにぎわっており、僕の隣には4年生で前回3位だった大石おおいし御茶みささんが立っている。


「ダビデさん! 今回は自信あるんだからね! 覚悟しておきなさいよ!」

「はい。今回は僕も自信がありますから、僕が上でも恨まないでください」


 この学園の生徒は、穏やかなお嬢様方が大多数を占め、大石さんのように闘争心むき出しな人は珍しい存在だ。


 僕をライバルとして認めてくれているのなら嬉しい事だし、こうして一緒に確認したいと思ってくれているのだから、少なくとも嫌われてはいないはずだ。


 中間試験の時と同じように、広報部の犬飼いぬかい先輩が模造紙を広げており、ヨシノさんが手伝っている。今回も6年生からり出されるようだ。


 6年生成績上位者


 1位  下高 音奈

 2位  草津  照

 3位  相田 美魚

 4位  心野 智代


 6年生は、中間試験の時と順位が全く変わっていなかった。

 天ノ川さんが「ジャイアン先輩は万年4位」と言っていたが、その通りらしい。


 続いて5年生。


 5年生成績上位者


 1位  升田 知衣

 2位  服部阿手裏

 3位  百川 葱鮪

 4位  影口 優奈


 5年生は、升田ますだ先輩がトップで、2位以下は総入れ替え。いつも親しくしてくれている升田先輩がトップなのは、僕にとっても誇らしい気分だ。


 そして、4年生の成績が貼り出された。


 4年生成績上位者


 1位  甘井 道程

 2位  大石 御茶

 3位  横島 黒江

 4位  天ノ川深雪


「ぐぬぬぬぬ。2位は取れたけど、ダビデ陛下には及ばなかったか……」


 4年生は、中間試験で2位だった天ノ川さんが4位にランクダウンし、大石さんと横島さんがともに1ランクアップ。僕は、なんとかトップを守りきれたようだ。


「すみません、僕にも負けられない理由がありまして……。ところで大石さん、なんで『ダビデ陛下』なんですか?」


「もしかして、自分の称号の意味すら知らないの? ダビデ王は古代イスラエルの王様だよ」


「あのダビデさんって、そんなに偉い人だったんですか?」


「あのって、何よ?」


「あの『全裸で石を投げようとしていた人』ですよね?」


「全裸なのは、多分ミケランジェロって人の趣味だと思うよ。いくら大昔とはいえ猿じゃあるまいし、パンツくらいは穿くでしょ?」


「たしかにそうですね。それに、王様が石を投げて戦うのも変ですよね?」

 

「石を投げたときは、まだ王様じゃなくて、その石が敵の顔面に当たったから、後に王様になれたっていう話じゃなかったかな?」


「そうだったんですか。大石さんって物知りですね」


 僕はどちらかというと、彼の包茎が治ったかどうかのほうが気になるのだが、王様になれたのなら、そんなことはどうでもいいか。


「はあ、なんか調子狂うわね。なんで陛下はそんなに余裕なの?」

「全然余裕なんてないですし、陛下と呼ばれるような器でもないです」


 それに、僕の男性の器はちゃんとけましたし。


「呼び方は気にしないで。私なりの罰ゲームだから」


「大石さんこそ、3位から2位になったんですから、がっかりしないで、もっと喜ばないと天ノ川さんに対して失礼じゃないですか?」


「ふふふ……私は、ずっとプールで遊んでいましたから、成績が落ちて当然です」


 大石さんとの会話に、僕たちの背後から天ノ川さんが加わる。


「天ノ川さん、いつの間に……」

「ミユキさん、どこから聞いていたの?」


「ふふふ……『覚悟しておきなさいよ!』のあたりからです」

「最初からじゃない!」


「あの……、私にも聞こえてました」


 天ノ川さんだけでなく、横島よこしまさんにも聞こえていたらしい。


「横島さんも一緒だったんですね」

「クロエさんにまで聞かれていたなんて……」


「甘井さん、せっかくですから、ミサさんとアレ、やってみたらどうですか?」

「そうですね」


「アレって……、あんたたち、いかがわしい事でもやってるの?」

「いかがわしくはないと思いますけど。大石さん、バンザイしてみてください」


「バンザイ? いいけど、お手入れしてないから、わきのぞかないでよ?」


 つまり、お手入れしていれば覗いてもいいという事なのだろうか。


「はい、では行きますよ」


 ――パチン!


 僕は、中間試験の成績発表の時に天ノ川さんにしてもらったハイタッチを真似まねて大石さんの両手をたたいた。


「甘井さん、連覇おめでとうございます」

「ミサさん、2位おめでとうございます」


 手を叩く音に合わせて、天ノ川さんと横島さんが祝福してくれた。


「ありがとうございます」

「ありがとう。なんか私、2位でもいいような気がしてきた」

「私も……3位が取れるなんて……」


「ふふふ……私は4位に落ちてしまいましたけど、とっても嬉しい事がありましたよ。甘井さん、こちらもご覧になって下さい。どうですか?」


 天ノ川さんが指差したのは、1年生の成績上位者リストだった。


 1年生成績上位者


 1位  畑中 果菜

 2位  大間 名子

 3位  蟻塚 子猫

 4位  鬼灯ぽろり


「ネネコさんが3位で、ポロリちゃんが4位ですか?」

「ふふふ……これでアマアマ部屋の4人は、4人とも四天王入りですよ」


 そうか、天ノ川さんの成績が落ちてしまったのは、「ずっとプールで遊んでいたから」ではなく、「ネネコさんとずっと一緒にいたから」なのか。


 おそらく、それでネネコさんの学習意欲が上がったのだろう。

 ポロリちゃんも、家庭科には自信があると言っていて、その通りだったようだ。


 2人の頑張りは、僕にとっても励みになるし、101号室の室長としても喜ばしい事だ。それに、1位のハテナさんと2位の大間さんも、僕にとっては馴染なじみのある後輩で、この2人が順位を上げた事についても喜んでいいはずである。


 だが、僕は素直に喜べなかった。


 中間試験では1位だったはずのリーネさんがランク外。

 これは、もしかしたら僕が部活に誘ってしまったからなのかもしれない。


 試験前、僕はかなりの時間をリーネさんと一緒に過ごしていた。同じ部の先輩として、もう少し気を配ってあげることは出来なかっただろうか……。


 中間試験の時と同じ4人で昼食をとりながら、僕はそんな事を考えていた。

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