第101話 妹の特権は兄に甘える事らしい。

 採寸させてもらった後は、2人とも部屋着に着替えて試験勉強。

 4つ並んだ机の、一番左がポロリちゃんの席で、その隣が僕の席だ。


 ポロリちゃんの部屋着は、肩とひざの見える涼しそうなワンピース。

 僕の部屋着は、先日買った体操着だ。もちろん、あの名札は外してある。


 中間試験の時は自分のことだけで精一杯で、兄としての責務を果たすことが出来なかったので、今回はポロリちゃんに付きっきりで勉強を見てあげる事にした。


 ポロリちゃんは、決して勉強が苦手というわけではないのだが、良い成績をとりたいとか、上を目指そうという願望が全くない。


 みんなと同じくらいの成績を取れれば、それで満足らしい。中間試験では、どの科目もほぼ平均点で、得意な科目も苦手な科目も特にないようだ。


「ポロリちゃんは、頭がいいのに欲がないよね」


「そんなことないよぉ。ポロリはね、期末試験でもお兄ちゃんに一番を取って欲しいって、思っているの」


 それがポロリちゃんの欲なのか。ちょっとずるい気もするが、こんなにかわいい妹に期待されて、やる気が出ない兄は存在しないだろう。


 結局、僕はポロリちゃんの成績を上げることよりも、自分の成績を落とさない為の努力をしなければならないようだ。


「僕も、ポロリちゃんの成績が上がると嬉しいんだけどなあ……」


 逆に、僕がポロリちゃんに期待してみたら、どうだろうか。


「えへへ、期末試験はね、家庭科の試験もあるから少し自信があるの」


 なるほど、家庭科には自信があるという事か。さすがポロリちゃんだ。


「1年生の家庭科の試験って、お料理関係とか?」


「それも少しあるけど、体に合った服の選び方とか、ブラのサイズの見方も試験の範囲なの。オトコの人のパンツの種類も試験に出るみたい」


「さっき僕に説明してくれた事も、試験勉強だったんだ」

「お兄ちゃんはどう? 次も一番とれそう?」

「まあ、僕も体育と音楽には結構自信があるけどね」


 体育と音楽も、家庭科と同様に中間試験に無かった科目だ。


「お兄ちゃん、体育や音楽まで得意なの? すごーい!」


「得意っていう訳でもないけど、体育は男女のハンデが無いみたいだし、笛も、女の子よりは男の僕の方が指も長いから、有利でしょ?」


 体力勝負なら女子に負けることはないし、手が小さく指も短い小柄なお嬢様はアルトリコーダーが苦手だ。歌の試験も升田ますだ先輩のお陰で、僕としては完璧だった。


 理科と数学も苦手な人の方が多いようだし、注意すべきは、ほぼ語学のみだ。


 家庭科で大きく後れを取ったとしても、語学で平均点が取れれば学年トップの座は守れそうな気がする。


 あとは、ポロリちゃんの喜ぶ姿を想像しながら頑張るだけだ。

 この最後の一押しが、今の僕にとっては最大の原動力となっている。




「お兄ちゃん、急にお外が暗くなってきたの」


 2人で勉強を続けていると、風でバタバタと窓が揺れた。

 先ほどまで青空だったはずだが、急に部屋の中まで暗くなった。


「これは、夕立が来そうな感じだね」


 ピカッ、ピカッ、と空が2回光り、直後に轟音ごうおんが鳴り響いた。

 続いて、滝のような雨の音が鳴り始める。


 これが山の雷か。近くに落ちたみたいだが、ネネコさんたちは無事だろうか。

 ポロリちゃんは隣の椅子いすに座ったまま、僕の左腕にしがみついて震えている。


「――緊急連絡です。危険ですので、校庭にいる生徒は直ちに校舎か寮に避難して下さい。繰り返します。校庭にいる生徒は直ちに校舎か寮に避難して下さい――」


 廊下にあるスピーカーからは、避難勧告の校内放送が入る。

 こんな放送を聞いたのは、もちろん初めてだ。


 ――ドガーン! 今度は空が光るのとほぼ同時に、ものすごい爆音がした。


 もし校庭やプールにいたら、生きた心地がしないだろう。室内にいる僕ですら恐怖を感じるくらいの、大きな雷だ。本当に部屋の中にいれば安全なのだろうか。


 急に不安が襲ってきたが、襲ってきたのは不安だけではなかった。


 ポロリちゃんは僕の左腕から手を離すと、今度は正面から抱き着くように僕の膝の上に飛び乗る。かわいい妹が襲い掛かって来るとは思わなかったので、完全に不意を突かれた状態だ。


「ポロリちゃん、大丈夫だいじだから、落ち着いて」


 僕はポロリちゃんの小さな体を受け止め、頭と背中をでて、なんとか落ち着かせようと努力する。


 ポロリちゃんは僕に抱き着いたまま、全身を震わせている。柔道の受け身を取るときの音にすら驚いてしまうような敏感な子だ。この轟音なら無理もないだろう。


 だが、いくら「小さくてかわいい妹」でも、この体勢は非常にまずい。


 本当に落ち着かなければいけないのは僕の下半身なのだが、童貞の僕にはあらがいようがない。なすすべもなく血液が集まり、兄としての尊厳は一瞬にして消滅した。


 搦手からめてさんの時もヤバいと思ったが、今の状況はあのとき以上にヤバい。


「ポロリちゃん、怖いのは僕も一緒だけど、こういう事は『はしたない』から、やめたほうがいいよ。ポロリちゃんは、もう中学生で、立派なお嬢様なんだから」


 体は反応してしまっていても理性は残っているので、説得を開始する。

 妹に欲情している時点で兄失格なのだが、今ならまだ引き返せる。


「お兄ちゃん、ごめんね。ポロリは『ロリ』だから、ずっと子供なの」


 ポロリちゃんは僕の体にしがみつき、僕の左肩の上にあごを乗せる。

 離れるつもりなど、全くないようだ。


「そんなことはないよ」


 ポロリちゃんは体が小さいだけで、生物学的にはもう立派なオトナだ。

 本当に子供だったら、僕はこんなにドキドキしないし、体も反応しない。


「ポロリは『ロリ』だから、ずっと妹なの。ポロリのお兄ちゃんは、ミチノリお兄ちゃんだけだから……」


 ポロリちゃんは涙をボロボロと流していた。

 これは雷が怖くて流している涙ではない。それくらいは僕にでも分かる。


 ポロリのお兄ちゃんは、ミチノリお兄ちゃんだけ……か。


「そうだね……」


 ポロリちゃんの、本来のお兄さんであり、父親代わりでもあった「オナにい」こと工口同人こうくちおなんど先生は、僕にポロリちゃんの兄の役割を託し、結婚してしまったのだ。


 無条件で愛情を注いでくれていた人が、その愛情を他の人に向けてしまう。

 それはきっと、僕には想像も出来ないくらい、寂しい事なのだろう。


 今のポロリちゃんにとって、甘えることが出来る人は、きっと僕しかいない。


「だからね、ポロリはずっと、このままがいいの」


 これは、小さくてかわいい妹が兄に甘えているだけだ。

 決してやましい事でも、はしたない事でもないのだ。


 それならば仕方がない。雷様らいさまが鎮まるまで、このまま待つとしよう。


「うん、僕もずっとこのままがいいかな」


 僕にとっても、かわいい妹はポロリちゃんだけだ。イヤなわけがない。


 腕の中のポロリちゃんの体はとても温かく、入寮式の日の夜と同じ、フルーツのような甘くていいにおいがした。




 雷様が鎮まり、雨が止むころには、僕の欲棒よくぼうも鎮まっていた。

 ポロリちゃんの体の震えも止まり、落ち着きを取り戻したようだ。


「お兄ちゃん、どうもありがとう」


 ポロリちゃんは、僕の左のほおに唇を付けてから、ゆっくりと体を離した。


 初めてのことだったので、それがキスであったことに気づくまでに10秒くらい掛かった気がする。しかも、どう反応したらいいのか僕には分からない。


「えへへ、みんなにはナイショにしておいてあげるね」


 キスをしてくれた事なのか、それとも僕の体が妹に反応してしまっていた事か。

 おそらくポロリちゃんなら、どちらも黙っていてくれるはずだ。


「ありがとう、それは助かるよ」




 天ノ川さんとネネコさんが戻って来たのは、その直後だった。


 2人ともすぐに更衣室に避難し、着替えた後は雨が上がるまで図書室で試験勉強をしていたらしい。


 天ノ川さんは強敵だが、期末試験では負ける訳にはいかない。

 この小さくてかわいい妹の期待に応える為、明日の試験も頑張らなければ。

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