第95話 水着が初めての子もいるらしい。
準備体操を終えて、全員シャワーを浴びる。
水は冷たいが気持ちがいい。
シャワーを浴びているお嬢様方は、思考と口が連動していて、非常に
男子高校生が「冷たーい!」とか「気持ちいい!」なんて言ったとしても、ただの頭のおかしい人としか思われないのに、なぜお嬢様方だと、こんなにどうでもいい会話が成り立つのだろうか。お嬢様方と一緒に同じことを言いたいというわけでもないのだが、なんとなく不公平な気もする。
シャワーを浴び終えて、プールサイドに戻る。
しっかりと冷却されたので、亀が目を覚ます心配もないだろう。
「では、4年生がまずお手本を見せてあげてくださーい」
最初に4年生が50メートルを泳ぐらしい。
泳法は自由、飛び込みは禁止だそうだ。
出席番号順にクラスの半分である9人が横に並ぶ。コースロープはついていないが、レーンは0番から9番までの10レーンあり、僕は一番右の0番レーン。8番レーンの
「ダビデさん、頑張ってね」
僕の背後で待機している出席番号10番の
馬場さんは、花戸さんと同じ105号室にお住まいで、声楽部員。
歌が上手いだけでなく、ピアノも弾けるカッコイイお嬢様だ。
「応援ありがとうございます。精一杯、頑張ります」
飛び込みは禁止なので、ゆっくりとプールに入る。
プールの深さは僕の肩くらい。ポロリちゃんの身長くらいの深さなので、小柄な1年生の子たちは泳げないと
4年生の身長は、全員150センチ以上あるようなので、最も小柄な
「位置について……、よーい……、スタート!」
長内先生の合図で泳ぎ始める。
僕は運動が得意ではないし、むしろ苦手なほうであるが、相手が全員女子となると話は別だ。よほどのことがないかぎり負ける事はないだろう。それは体力測定のときに実感した。男としては最低レベルでも、あまり運動が得意ではないお嬢様方の中に混ざればトップレベルだ……僕はそんな甘い考えで泳ぎ始めた。
一番右のレーンをクロールで泳ぐ。
息継ぎを左ですると、他のコースの様子が分かるのだが、すぐ隣のレーンに僕のクロールと同じ速さで大きなおっぱいが水上を進んでいるのが見えた。
それは、背泳ぎしている天ノ川さんだった。
僕は全力で泳いでいるのに、天ノ川さんは余裕だったようで、ぐんぐん加速し、あっさり引き離されてしまった。
結局そのまま天ノ川さんが1着でゴール。続いて僕が2着でゴール。大きく遅れて3着に
見学中の1年生から大歓声が上がる。
水泳部部長の肩書は
「天ノ川さん、すごい速さですね。驚きました」
「ふふふ……、女子だけなら負けない自信はありましたけど、今回は甘井さんに勝てたのが嬉しいですね」
「しかも僕はクロールでしたからね、背泳ぎに負けるとは思いませんでした」
実は背泳ぎに負けたことよりも、むしろ水上を進む巨大なおっぱいのほうに驚いたのだが、それはナイショにしておこう。
「ミチノリさん、次号は『ダビデ敗北、水泳部部長に返り討ちにされる』という見出しでどうでしょう?」
どうやら、広報部のヨシノさんに、また新聞ネタを提供してしまったようだ。
ちなみに、4月号の「ダビデ降臨」に続き、5月号が「ダビデ転生」これは、髪を切ってもらったとき。6月号が「ダビデ最強」これは中間試験の成績発表のときだ。僕がこの学園で楽しく過ごせているのは、この新聞のお陰でもある。
「ヨシノさん、この学園には僕以外のネタは無いんですか?」
「そんなものは、ございません」
「ふふふ……、その見出しだと、私が悪役になってしまいますね」
3人でしゃべっているうちに、4年生の残り半分がプールに入る。
馬場さんから
「位置について……、よーい……、スタート!」
会話を切り上げて、競泳を観戦する。同じレーンの馬場さんに応援してもらったので、僕も応援してあげるのが礼儀というものだろう。
馬場さんを含め、8人中4人が平泳ぎ。残り4人がクロールだ。
お互いが周りに合わせているような感じのスローペースから、中盤やや前に出たのは、クロールの2人。
一番遠くの脇谷さんと、馬場さんの隣のレーンの
わずかに南出さんのほうが先にゴールしたように見えたが、どうだろうか。
天ノ川さんが南出さんに手を貸して、プールから上がるのを手伝っている。
南出さんは、106号室にお住いの書道部員。クールな感じのお嬢様だ。向こうから僕に話しかけてくることはないし、僕からも話しかける用がないので、接点はあまりない。
僕が応援していた馬場さんは6着。
クロールの4人には
僕は天ノ川さんを見習って、馬場さんに声を掛けて右手を差し出す。
「お疲れ様です」
「ありがとう」
馬場さんは、素直に僕の右手を
「はーい、1年生も4年生もこちらに集まってくださーい!」
長内先生が、再び生徒達を呼び寄せる。
「1年生で、50メートル泳げる人、手を挙げてー」
1年生達はキョロキョロと、お互いの顔を見合わせる。
なんと、手を挙げた子は誰もいなかった。
「では、小学校で水泳の授業が無かった人は?」
今度はパラパラと手が挙がる。
1年生の見学者3名を除いた15名中、3名が手を挙げた。
「実は、水着を着るのは今日が初めてって人もいたりする?」
その3名のうちの2名が手を下ろし、1名が手を挙げ続けた。
手芸部の
どうやら、1年生の中には「全く泳げない子」どころか、小学校にプールが設置されておらず、「生まれて初めて水着を着た」という子までいるらしい。
「というわけなので、1年生はまず水に慣れるところから始めまーす。お姉さんは妹についてあげてくださーい。姉妹が見学中の人は、相談して代わりの人とペアを組んでくださーい。危ないから深いところには1人で入らないでねー」
僕は、小学校には必ずプールがあって、授業も必ずあるものだと思っていたが、全国的に見ると、そうではないところもあるらしい。
「ポロリちゃんは、どのくらい泳げるの?」
「ポロリはね、25メートルなら平泳ぎで泳げるの」
僕のかわいい妹は、水泳が苦手という訳ではないようだ。
「それなら安心だね。プールのどこに居ても自力で出られるわけだから」
「でもね、足が着かないところは、おっかないの」
「それは、僕でもおっかないよ。だから、一番浅いところで練習しようか」
「うんっ!」
「お姉さま、ボクも浅いところがいいな」
「そうですね。ネネコさんでも足の着く、浅いところにしましょう。特訓は浅いところでもできますから」
ネネコさんは、水泳部の部長から特訓を受けるらしい。
「うそっ! リボンは水着になるの、生まれて初めてだったの? いったい、どういう人生を歩んだらそうなっちゃうの? ねえねえ、ダビデ君はどう思う?」
花戸さんから、なぜか中吉さんの水着について意見を求められた。
中吉さんは、花戸さんをそのまま一回り小さくした感じで、学年相応の標準的な体形であることに関しては、2人ともほぼ同じだ。
「プールが無いなら水着も必要ないんじゃないですか? オトコとしては生まれて初めての水着姿を見せてもらえる分には、嬉しいとは思いますけど……」
「ネコのカレシに見せるために着ているわけじゃないけどね。でも、お姉ちゃんよりは、私の方がかわいいでしょ?」
「そんなわけないでしょ! それに、先輩をそんなふうに呼ぶのは失礼だからやめなさいって、何度も言っているでしょう?」
この姉妹は、2人とも自分の姉妹より自分の方がかわいいと思っているようだ。
「まあまあ、2人ともかわいいですし、よく似合っていますからケンカしないでください」
「だってさ。よかったね、お姉ちゃん」
「あんまり生意気だと、溺れても助けてあげないからねっ!」
花戸さんと中吉さんは、相変わらず賑やかだった。
その後は、ポロリちゃんがクロールを教わりたいと言うので、僕の教えられる範囲で、手取り足取り泳ぎ方を教えてあげた。
僕がポロリちゃんの両手を取って、まずはバタ足の練習から。
バタ足が出来るようになったら、横に並んで腕の回し方。
授業が終わるころには、ある程度は泳げるようになったが、どういうわけか息継ぎに失敗すると、そのまま勢い余って仰向けにひっくり返ってしまうようだ。
失敗して、ひっくり返ったときの恥ずかしそうな顔があまりにもかわいいので、僕の顔は緩みっぱなしだった。
「えへへ、息継ぎは難しいけど、だいぶ泳げるようになったの」
「うん、もう少しで25mだね。次はもっと泳げるようになると思うよ」
プールから上がり、ポロリちゃんと一緒に並んでシャワーを浴びる。
次のプールでの授業も楽しみだ。
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