7月の出来事

第94話 競泳用の水着は諸刃の剣らしい。

 次の時間は体育。

 7月中に限り、体育の授業は雨天時を除き全て水泳だそうだ。


 当然、僕も水着姿のお嬢様方と一緒に授業を受けることになるのだが、週に3回ある体育の授業は、全て他の学年との合同授業なので、クラスメイトの水着姿のみならず、全校生徒の約3分の2のお嬢様方の水着姿を拝むことができる。


 それだけでも僕にとっては最高の楽しみだ。


 今日の授業は柔道の替わりなので、1年生との合同授業。

 僕以外の4年生は、先に教室を出てプールの横にある更衣室へ行ってしまった。


 1人で着替えるのにも慣れたし、気楽ではあるが、教室で全裸になる事には抵抗があるため、一応腰にタオルを巻いてから着替える。


 万が一、誰かが入って来た時に対して備えておく事も、ここでは必要だ。


 水着は学校指定の競泳水着で、中学校のときの水着と比べてかなり体にフィットする。僕は剛毛ではないので、ハミ毛に対しての心配はないが、形は分かってしまうので、かなり恥ずかしい。比較される対象がいないのが、せめてもの救いだ。


 水泳帽をかぶり、タオルを持ってプールへ向かう。


 上半身ハダカで廊下を歩くと、いつも以上に目立つようで、2年生の教室の前を通る時に「ダビデ先輩!」と教室の中から手を振られた。


 あの2人組は、入部いりべさんと尾中おなかさんだ。僕も右手を上げて軽く挨拶あいさつを返す。

 こんなふうに、後輩達から笑顔を向けられるのも嬉しい事だ。


 渡り廊下を通りプールの入り口に着いた。僕は更衣室には入れないので、脱いだ上履きはその場に置き、タオルをフェンスに掛けてから中に入る。


 プールサイドには見知った小さな子が2人。ポロリちゃんとリーネさんだ。特に恥ずかしがる様子もなく、こちらに気づいて手を振ってくれる。2人とも競泳水着だが、前から見た限りでは小学生が使うスクール水着とほとんど変わらない。


「ポロリちゃんがネネコさんより早いなんて、珍しいね」


 柔道の時は、いつもポロリちゃんよりネネコさんのほうが先に着替え終わっていたし、部屋で制服に着替えるときも、ネネコさんのほうがポロリちゃんより先だ。


「ネコちゃん、プールは苦手なんだって。いつもはポロリを置いて先に行っちゃうのに。だからね、今日はポロリがネコちゃんを置いて先に来たの」


「そういえば、ネネコさんはお風呂が苦手だって前に言っていたような気がする」


 プール掃除のときも、他のお嬢様方と違って、楽しんでいる様子ではなかった。

 もしかして、水に入る事が苦手だったりするのだろうか。


「ミチノリさん、リーネの水着姿はどうかしら?」


 水着姿の本人から感想を求められたので、じっくりと審査する。


 リーネさんの身長はポロリちゃんより少し高く、ネネコさんとほぼ同じくらい。体の厚みも2人とほとんど同じで、起伏もゆるやかだ。手脚も細く、華奢きゃしゃである。


 水着は学校指定なので、特に他の子たちと変わらない。


 リーネさんの意図がよく分からないので、僕は無難な感想を述べる事にした。


「似合っていますし、かわいいですよ」

「そう……、ならいいわ」


 少し顔を赤くして目をらすリーネさん、顔を横に向けると長い綺麗きれいな髪が――と思ったが、これは予想外だ。僕は驚いて改めて感想を述べた。


「いや、すみません、気づかなくて。これは大変ですね」

「えへへ、リーネちゃん、『えいりあん』みたいなの」


 あれだけの長い髪をそのまま帽子に全部入れるとこうなるのか。これは、ポロリちゃんの言う通り、たしかにエイリアンみたいだ。後頭部が長すぎる。


「ポロリちゃん!」


 リーネさんは泣きそうな顔でポロリちゃんの顔を見る。


「ごめんね。でも、リーネちゃん、面白いんだもん!」

「笑っちゃ失礼だよ。リーネさんは、天ノ川さんを参考にしたらどうですか?」

「そうね。後でミルキー先輩にどうしたらいいか聞いてみるわ」


 リーネさんは、天ノ川さんをミルキー先輩と呼んでいる。これは、リーネさんのお姉さまであるヨシノさんが、天ノ川さんをミルキーと呼んでいるからだ。


 まもなく、更衣室からお嬢様方が着替え終わった順にぞろぞろと出てきた。


 天ノ川さんは、普段より頭が少し大きくは見えるが、リーネさんのように頭が長くは見えなかった。長い髪は帽子の中でお団子状に巻かれているようだ。


 そして、好奇心旺盛おうせいなクラスメイトたちは、こちらを遠くから観察しながら間合いを詰めて僕を取り囲む。多勢に無勢だ。僕の視線など全く問題にされず、皆の視線が一点に集中する。


「あははは、甘井さん、すごい水着だね! ねえヨシノ?」

「なんであたし? ミチノリさん、チハヤの言う通り目のやり場に困りますのう」


 102号室の2人、宇佐院うさいんさんとヨシノさんが、僕の水着の感想を述べる。


「あれ? ダビデ君、前に見せてもらった時と形が変わってない? あとで、また写生させてよ」


 続いて脇谷わきたにさんの爆弾発言。


「モエさん! それはセクハラですよ!」


 天ノ川さんが僕を気遣って、すぐに抗議してくれる。


「それって、モエさんがミチノリさんに射精させたことがあるって事?

 もうちょっと、詳しく聞かせてもらっていい?」


 ヨシノさんは、新しい新聞のネタに目を輝かせている。


「やだなヨシノさん、4月にデッサンさせてもらった時の事だよ」


「あははは、2人ともエロ過ぎ」


 一部のお嬢様方が下ネタで盛り上がっているようだが、一応、こちらも観察はしているので一方的にやられっぱなしというわけではない。これはお互い様だ。


 宇佐院さんとヨシノさんは、平均より小振りなサイズ。ポロリちゃんとリーネさんは、ささやかで控え目なサイズ。脇谷さんは平均よりは大きめなサイズ。天ノ川さんだけが、飛び抜けて巨乳である。


 そして、胸の平らかなネネコさんは、お姉さまの後ろでしょんぼりしている。


「ネネコさん、そんなにプールが苦手なの?」

「うん、こんなに大きなプール、ボクには絶対泳げないよ」


 プールの大きさは縦50メートル。小学校にある25メートルのプールと比べると、たしかにかなり大きい。それに、ネネコさんの身長だと足が着かない深さだろう。一番深いところなら、もしかしたら僕でも足が着かないかもしれない。


「ふふふ……、ネネコさん、心配いりませんよ、私がついていますから」


 ネネコさんとは対照的に、天ノ川さんは自信満々だ。


 なるほど、あの大きな胸は陸上では足かせにしかならないが、水中では浮袋の代わりになりそうだ。ネネコさんも「おっぱいは水に浮く」と言っていた。


 陸上部員であるネネコさんは運動神経は抜群なのだが、体脂肪率が低すぎて水中での活動には向かないのかもしれない。


「はーい、みんな集まってー。いつも通り2列でねー」


 聞き慣れた高い声がプールサイドに響き渡る。

 招集をかけているのは長内おさない先生だ。


 長内先生も水着姿で、着ている水着も生徒と全く同じ競泳水着だ。生徒たちと違うのは、全身筋肉質で硬そうに見えるところ。腹筋も割れているのが水着の上からでも分かるくらいだ。


「見学の子は好きな場所でいいからねー。お腹が痛かったら、寮に戻って休んでいてもいいですよー」


 柔道の授業と同様に水泳の授業も見学者は多く、1年生と4年生合わせて4人ほど。全員そろう事はほとんどない。


 先生が見学者と参加者を数えて全員いることを確認し、いつも通り準備体操。

 天ノ川さんが隣にいるのもいつも通りなのだが、いつも以上に刺激的だ。


 視界にはネネコさん、有馬城ありまじょうさん、磯辺いそべさん、大間おおまさん……、出席番号順にずらりと1年生の背中が並んでいる。競泳用の水着は、前から見る分にはスクール水着と変わらないのに、後ろから見てしまうと、お尻以外は、ほぼ裸である。


 僕は心の中で「老人介護、老人介護……」と鎮静の呪文を唱える。


 ここで眠っている亀を目覚めさせてしまうわけにはいかない。

 水着から亀が少しでも頭を出したら大問題だ。


 競泳水着とは、嬉しくも恥ずかしい諸刃もろはつるぎだった。

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