第87話 関係者以外立ち入り禁止らしい。

 校舎内の売店に到着すると、お客さんが誰もいない店内で「管理部」と書かれた腕章をつけた搦手からめてさんが、手際よく商品の位置を整えていた。


「搦手さん、すみません、だいぶ遅くなってしまいました」

「ダビデ先輩、みんなもう集まってるよ。ほら、こっちこっち」


 搦手さんに、両手で背中を押され、バックルームに案内される。この部屋が管理部の部室である管理室らしい。入り口のドアには「関係者以外立ち入り禁止」と書かれたプレートがってあった。


 管理室の広さは教室の半分ぐらい。部屋の手前側には商品の入った段ボールが積み上げられており、奥のスペースに液晶ディスプレイや各種機器の乗った事務用の机と、食堂にあるような長方形のテーブルが置いてある。


 副部長の足利あしかが先輩と2年生の安井やすいさんは、テーブルにこちら向きに並んで椅子いすに座り、お菓子を食べてくつろいでいた。


「メブキ先輩、ダビデ先輩が来てくれましたよー」

「足利先輩、遅くなってすみません。今日からよろしくお願いします」


 僕は搦手さんの横に並び、足利先輩と安井さんに頭を下げる。

 搦手さんは、その場で着席し、お菓子に手を伸ばしていた。


「甘井さん、こちらこそよろしくお願いします。こちらが妹のアイシュです」

「2年しぇーの、安井愛守やしゅいあいしゅでしゅ。よろしくお願いしましゅ」


 安井さんは足利先輩の妹さんらしい。舌足らずな話し方だが、この人はどういうわけか、わざとこうした口調にしているようだ。


「5年生の甘井道程みちのりです。よろしくお願いします」

「ダビデしぇん輩、しょれって、もしかして血でしゅか?」


 安井さんから指摘され、自分の服を確認する。

 制服のズボンには、リーネさんの血がついてしまっていた。


「あーっ、ズボンについちゃってましたか。気付きませんでした」


「ダビデ先輩、今まで何してたんですか?」


 搦手さんが、怪訝けげんな表情で僕の顔を見上げる。

 ズボンに血が付いているのだから、怪しいと思われるのはしかたない。


「1年生の真瀬垣里稲ませがきりいねさんって、知ってますか?」


「知ってますよ。前髪パッツンのちっちゃい子ですよね?」

「リーネしゃんは、ヨシノしぇん輩の妹しゃんでしゅ」


 搦手さんと安井さんはリーネさんと面識があるようだ。


「1年生の子の血液が、甘井さんの服に付着してしまった。という事ですか?」


 足利先輩はリーネさんとは面識がないような感じだ。


「はい。今日の昼休みに誘ったら、あっさりOKしてくれたんですけど、先ほど寮の部屋でいきなり泣き付かれてしまいまして……」


「抱き着かれて、どうなったの?」


 搦手さんには「抱き着かれて」と聞こえたようだが、実際に泣きながら「抱き着かれた」わけだから、間違ってはいないか。説明を続けよう。


「最初は涙をボロボロと流しながら、痛い痛いって泣いていたのですが、痛みに耐え切れなかったみたいで、そのまま倒れてしまいました。せっかく入ってくれたのに、生理が重いらしくて、今日はもう無理みたいです」


「ひどい……」

「しぇい理中にしょういうことしゅるのは、かわいしょうでしゅ」


 搦手さんと安井さんは失望したような顔をしている。

 知らなかったとはいえ、生理中に部活に誘ったのは、やはりマズかったようだ。


「僕も知らないで誘ってしまったので、悪かったとは思います」


「そうですね。あまり野暮な事は言いたくありませんが、お相手が1年生なのでしたら、もう少し気遣ってあげたほうがよろしいかと思いますよ。甘井さんから誘われて、舞い上がってしまっていたのでしょうから」


 足利先輩からは、アドバイスを頂いた。


 たしかに気遣いは必要と感じたが、リーネさんが舞い上がっていたという事はないだろう。むしろ勧誘に成功した僕の方が舞い上がってしまっていた気がする。


「そこまで大変なこととは、知りませんでした。でも勧誘は無事に成功しましたので、リーネさんが元気な時に連れてきますから、よろしくお願いします」


「勧誘?」

「リーネしゃん、ここに来てくれるんでしゅか?」


 僕は最初から1年生を勧誘したという話をしているつもりだったのだが、どうやら上手く伝わっていなかったようだ。


「カノジョさんと一緒に入部して下さるわけですね。それは助かります」

「いえ、カノジョってわけでは……」


「カノジョでもない子を誘って、痛がっているのに無理やり入れちゃったの?」


「えっ? 無理やり入れたつもりはないですよ。僕が思っていたよりは、あっさり入ってくれましたけど」


 そもそも、カノジョじゃないと部活に誘ってはいけないという事はないと思うのだが。僕、また何か誤解を招くようなことを言ってしまったのだろうか?


「カンナちゃん、愛の形は人それぞれです。たとえ痛みを伴っても、生理中であったとしても自分の体をささげられるというのは、素晴らしい事かもしれませんよ」


「リーネしゃん、1年しぇいなのに、しゅごいでしゅね」


 足利先輩と安井さんのリーネさんに対する評価はすでに高いようだ。


「体をささげるって……、管理部の仕事って、そこまで大変なんですか?」


「……全然大変じゃないですよ。生理じゃなければ……ね」


 搦手さんは下を向いて、ぼそりとつぶやく。なぜか1人だけ先ほどからずっと機嫌が悪いようだ。


「搦手さん、もしかしてリーネさんと仲が悪かったりします?」


「リーネさん……か。私は搦手さんなのに……いえ、何でもないです。学年トップ同士、お似合いだと思います」


「どうしちゃったんですか? 昨日はあんなに楽しそうだったじゃないですか」

「いいんです……。私の事は気にしないでください」


「はあ」


 搦手さんは、自信満々で、いつも明るい人なのかと思っていたが、実は気難しい人なのかもしれない。


「甘井さん、そろそろ仕事の説明に移りたいと思うのですが、よろしいですか?」

「はい。お願いします」


「アイシュはカンナちゃんと交代してあげて。カンナちゃんは、しばらく休憩ね」

「はい。カンナしゃん、腕章はアイシュがお預かりしましゅ」

「はい。アイシュちゃん、続きをお願いね」


 安井さんが搦手さんから管理部の腕章を受け取り、左腕に装着する。

 足利先輩は腕章を着けていないようだ。あの腕章は1つしか無いのだろうか。


「売店の仕事はたくさんありますから、簡単な方から順に覚えていってください。最初の仕事は、掃除と品出しです。時間は指定しませんので随時行って下さい」


「空いた時間や、ここを通りかかったときでいいわけですね」


「はい。24時間、いつでも結構です。掃除は、ホコリの目立つところがないようにお願いします。道具は、こちらのラックのものを使って下さい」


 清掃用ラックにはモップやハタキ、バケツなどが置かれている。これらを使って掃除すればいいようだ。


「売り場に商品がなくなったり、残り少なくなったら、この段ボールを開けて補充します。こちらも随時行いますが、まずは商品の前出し――これは手前の商品が売れたときに奥の商品を前に出す作業です。その作業で配置を頭に入れて下さい」


 どこに何があるかが分からなければ、商品の補充も難しそうだ。逆に、覚えてしまえば難しくはなさそうである。僕も早く覚えないと。


「品出しの際に注意しなければならないのは温度帯です。食品には常温のものと冷蔵のもの、そして冷凍のものもあります。商品を確認して間違えないようお願いします。ここの段ボールは全て常温のお菓子とカップ麺ですから間違えようが無いのですが、紙パックの飲料やプリンなどのデザート類は全て冷蔵です。これから暑くなってくるとストッカーにアイスの在庫も持たないといけませんので、溶かさないように特に注意してください」


「分かりました」


 普通のコンビニだと「レジ担当」の人がいるはずだが、この店は無人レジで、買う人が自分でレジを通すため、「レジ担当」の人はいないし、レジ袋も無い。決済は学園内専用の電子マネーである「JOCAジョーカ」のみなので、お金を数える必要すらないのだろう。


 しばらくは、掃除と商品の補充か。これくらいの仕事なら僕にでもできそうだ。

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