第82話 靴下は衣服に含まれないらしい。

「では、いつものルールで始めましょうか」

「らじゃあ。いつものルールですね」

「はーい!」


 もしかして、これって全財産をけて身ぐるみがれるパターン?

 いや、ここは学園の寮だ。いくらなんでもそんな事はないだろう。


「あのー、恐れ入りますが、いつものルールって何でしょうか?」


 不安なので確認してみる。

 質問のしかたやタイミングは、我が妹、ポロリ先生に伝授してもらった。


「ダビデさん、ここは私が解説しましょう」


 升田ますだ先輩は僕の目を見ながら、左手でメガネの位置を整えた。


「お願いします」


麻雀マージャンには様々なローカルルールがありますが、ルール自体はごく普通のアリアリルールです。スマホの麻雀ゲームと同じ……と思っていただいて結構でしょう」


「ルール自体はスマホの麻雀ゲームと同じなんですね」


「はい。それで、スマホのゲームでの点数は2万5千点持ちの3万点返し……っていうのは分かりますか?」


「トップの人が、4人分×5千点で2万点もらえるっていう意味ですよね?」


「その通り。でも、これは賭け麻雀用の点数で、雀荘ジャンそうの場代をトップの人が払っていた時代の名残。つまり、ノーレートの競技麻雀では全く無意味なのです」


「ノーレート?」

「ダビデ先輩。ノーレートって言うのは、お金を賭けないって事ですよ」


 僕の疑問に、搦手からめてさんが得意げに答えてくれた。


「ああ、たしかにそうですね」

「なので、ここでは3万点持ちの3万点返しです」


「トップ賞がないわけですね」

「その通り。トップ賞はないし、お金も賭けない」


「さすがに、寮で賭け麻雀はマズイでしょうからね」


「だが、それで白熱した勝負が出来るだろうか?」

「できませんよねー? 先輩」


「何か、イヤな予感しかしないんですけど……」


「そこで、この麻雀パイと共に昭和の時代より伝承された、この寮だけの特別ルールが適用されるのです。さて、そのルールとはいったい――」


「脱衣麻雀ですよ。先輩」


 ――なるほど、脱衣麻雀か。


「つまり、負けた人が服を脱ぐんですね……って、いいんですか? お嬢様方が、そんな『はしたない』マネをして……」


「いいじゃないですか。女の子同士で、キャッキャウフフするだけなんですから」

「あのー、僕、オトコなんですけど……」


「ダビデさん、だからこそ白熱した勝負ができるのですよ」

「まさか逃げ出したりしないですよねー? 先輩」


 なんか、2人ともヤル気満々で目つきが怖い。


「ダビデさん、ここにいる3名は、私を含めて『ダビデ記念日』に美術室に入れてもらえなかった『ダビデ難民』なのです。どうかチャンスを与えてやってください」


 下高したたか先輩が深々と僕に頭を下げる。いつの間にか記念日が制定されていたのには驚いたが、先輩に頭を下げられて逃げ出すわけにもいかない。


「分かりました。そういうことでしたら、正々堂々と受けて立ちます」


 だが、脱衣麻雀というルールで最も得をするのは、どう考えても僕の方だ。


 僕は既に全校生徒の約半数にハダカを見られているので、いまさら3人増えたところで誤差の範囲だ。麻雀なら棚ボタで勝てる可能性もゼロではないわけで、そうなると逆に僕がこの3人のハダカを見せてもらえることもあり得る。


「やったー! ありがとう、さすがダビデ先輩」


 搦手さんは、もう勝ったつもりでいるようだ。自信満々でうらやましい。


「それでは、念のためルールを詳しく教えて下さい」


 僕はルールの最終確認をとった。


「脱衣は1局ごと。点数に関わらず、失点した人は衣服を1枚脱ぐ」

「誰かがツモったら残りの3人が脱ぐってことですか?」


「その通り。流局時の1人テンパイも同じように3人が脱ぐ」

「2人テンパイなら2人が脱いで、3人テンパイなら脱ぐのは1人だけだよ」

「なるほど」


「逆に得点した人は、点数に関わらず1枚着ることが出来る。ただし、それは自分が着ていた衣服、つまり、それまでに失点して脱いだ衣服に限る」


「分かりました」


「全裸で降参が可能。全裸の状態でも降参しない限りゲームは続行。全裸の状態で失点したら、ゲームセット。その場合は、得点した人のお願いをひとつかなえてあげること」


「全裸からでも逆転は可能なわけですね」


「だが、衣服に関係なく半チャンはナン4局までです」

「分かりました」




 こうして、僕は流されるままに脱衣麻雀に参戦することになった。


「17個ずつ、2段に積むんですよ。こんなふうに」

「まず牌で山を作るんですね」


 正面の下高先輩と左の升田先輩は既に自分の山を積み終わっている。

 僕は残った牌を集めて見様見真似みようみまねで自分の山を積む。


「このまま少し前に出して、手前の牌を持ち上げて上に乗せるの」


 搦手さんが自分の山を積みながらコツを教えてくれた。僕より手が小さいはずなのに17枚の牌が一気に上に乗る。3人とも手先がとても器用だ。不器用な僕は慎重に半分ずつ上に乗せて、最後に両手で崩れそうなところを整えた。


「お待たせしました」

「右側をもう少し前に出してみて下さい。――そう、そんな感じ」


 搦手さんに言われた通りに牌の山を前に出す。なるほど、みんな少しだけ右側が前に出ているようだ。


 続いて搦手さんがサッと細い腕を伸ばし、卓の真ん中から自分の山に当てるようにサイコロを2つ振る。目は2と4だ。


 下高先輩が無言でサッと回収して、同じようにサイコロを自分の山に当てる。目は4と5。


 下高先輩は「東」と書かれたプレートを卓の右隅に置いて、再び2つのサイコロを自分の山に当てる。目は1と6。サイコロはそのままで、僕の積んだ牌の山に手を伸ばし、中ほどから右手で4枚つかみ、そのまま右手だけで自分の前に立てる。


 続いて升田先輩が流れるように隣の4枚を掴み、自分の手前に引き寄せる。


「この4つは先輩のですよ。そうしたら、ドラ表示牌をめくって、リンシャン牌を下ろすの」


 搦手さんは僕の分を4枚残して次の4枚を自分の手元に取り、続いて残った山の左から3枚目の牌をくるりと表に向けた。この【2萬】がドラ表示牌で、次の牌の【3萬】がドラらしい。


 そして、端の上段の牌――リンシャン牌――を隣に下ろす。

 そのままだと不安定なので、転がらないように先に下ろしておくようだ。


 僕の分の4枚を手前に引き寄せている間に、僕の積んだ山の左半分は既に無く、升田先輩の積んだ山には僕が取るべき牌が4枚セットで2組残されていた。


「先輩、あと1枚とってください。取らないと少牌ショーパイですよ」

「取るのが遅くてすみません。これでいいのかな?」

「はい。それで合ってます」


 3×4+1で13枚か。なるほど、スマホのゲームだとここまで全自動だが、実際は牌の山を積んで、そこからこうやって取るわけだ。かなり面倒な作業だ。


 下高先輩がゆっくりと【9ピン】を捨てて、返す手でサイコロを回収し、卓の右隅に置く。いよいよ対局開始だ。――とはいっても、僕は自分の手牌を見やすいように並べるだけでも結構大変なのだが。


 ツモってから捨てるまでのスピードは、スマホゲームほどは速くないようで、僕でもさほど慌てる必要はなかった。もしかしたら初心者の僕に合わせてくれているのかもしれない。


 このルールのポイントは「高得点を狙う必要がない」という事だ。1000点でも役満でも脱ぐ服は1枚。つまりスピードが重要ということになる。


「ポン!」


 僕は3巡目に下高先輩の捨てた【白】をポンした。


「えーと、こうでしたっけ」


 僕は自分の手牌から【白】を2枚横に出して表を向け、下高先輩の捨てた【白】を拾う。


「トイメンから鳴いたときは、真ん中のパイを横にするんですよ」


 ポンした【白】の置き方に迷っていると搦手さんがすぐに教えてくれた。


「こうですか」


 たしかにスマホのゲームでもこんな表示だった。そうか、1枚横になっていたのは、誰からポンしたのかを示す為か。今初めて気付いた。


 僕の手は、これでイーシャンテンだ。あと1回チーできればテンパイという形になった。


 4巡目に升田先輩が【6筒】を捨てたのでチーすればドラ筋待ちのテンパイだ。まあ、ドラなどあってもなくても変わらないのだが。


「チー!」

「ポン!」


 発声が見事に重なった。ポンをしたのは搦手さんだ。


「ごめんねー、先輩」

「いえ、ポン優先ですから」


 チーしようとしてポンされる事はスマホのゲームでもよくある事だ。


「ポンは切られてすぐに、チーは一呼吸置いてから発声すれば、重なることもありませんわよ」


 今までほぼ無言だった下高先輩が、貴重なアドバイスをくれた。


「はい、気を付けます」


 なるほど、たしかにそれなら手を読まれることもないだろう。


 5巡目、升田先輩が僕の顔を見ながら【9筒】をツモ切る。僕の手牌に【7筒】と【8筒】があるのを読んで、サービスしてくれたのだろうか。


「ポン!」


 僕はチーをすればテンパイだったが、こちらも搦手さんにポンされてしまった。下高先輩のアドバイス通り一呼吸置いたので、声が重なる事はなかったが、これで【9筒】はカラだ。


 次のツモがドラの【3萬】でテンパイ。【7筒】を切れば【8筒】と【北】のシャンポン待ち。【8筒】を切れば【6筒】と【9筒】のリャンメン待ちだ。


 【6筒】はあと1枚、【9筒】はカラ。【8筒】も【北】も残りはあと2枚。

 僕はここで【7筒】を切ってシャンポン待ちにしたのだが――


「ロン!」


 搦手さんは大喜びで残る7枚の手牌をパタリと倒した。


「12000点でーす」


 チンイツ、トイトイで【7筒】と【8筒】のシャンポン待ちだった。

 どちらを切っていても当たりだ。


「うわ、カンナちゃん、いきなりハネマンかい」


 升田先輩も驚いている。


「この1本しかない豪華なのと、赤い点のヤツを2本下さいね。あと、服を1枚」


 なるほど、この穴が多くてカッコイイのが1万点棒なのか。あとは、赤い点がひとつの千点棒を2本……と。


「はい、どうぞ。服は、靴下からでいいんですか?」


「靴下は衣服に含まれません。つまり、最終的にはハダカに靴下だけ穿いた状態になります。なぜなら、そのほうが恥ずかしいからです」


 僕の質問に対し、升田先輩から補足説明が入る。足元を確認すると、たしかに全員靴下を穿いているようだ。理由がマニアックなのは、升田先輩の趣味だろうか。


 靴下を脱いで素足を見られるのと、靴下を穿いたまま服を脱ぐのとでは、どちらが恥ずかしいのか。そのあたりの考え方は男である僕にはよく分からない。


 僕に理解できることは、全員のヒットポイントが2ポイント減って、決着が速くなるであろうという事だけだ。ならば特に問題はない。


「そうなんですか、分かりました。なら、ワイシャツで」


 靴下を除くと、僕の服はワイシャツ、ズボン、Tシャツ、パンツ。今ワイシャツを脱いだので、ヒットポイントは残り3だ。ハネマンを振っても1枚脱ぐだけで済む優しいルールなので、決して大ダメージではない。


 ――まだ勝負は始まったばかりだ。


 現在の途中経過(東1局終了時)

 搦手環奈  +12000

 下高音奈      ±0

 升田知衣      ±0

 甘井道程  ▲12000

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