第71話 3年前に大事件があったらしい。

 ――今から3年前、私が2年生になってしばらくしたころだったから、4月の半ばくらいだったかな。


 私は当時のルームメイトのユウナと一緒に、寮の食堂で夕食をとっていた。

 ユウナってのは、さっきの話に出てきた205号室の影口優奈かげぐちゆうなね。


 食事中に、近くでパチン! ……って大きな音が響いたんだよ。


「えっ? 何? 今の音は」

「平手打ちだよ。あそこでケンカしているみたい」


 ユウナと私は食事をほったらかして、ケンカを見に行ったの。


 そうしたら、食券の自販機の前で、当時3年生のジャイアン先輩が、隣の子の顔を思いっきり叩いたみたいで、その子のほっぺたにモミジのような真っ赤な手形が付いていた。


 しかも、着ていたパジャマの胸がはだけて、おっぱいポロリな状態だったの。


「なにあれ? イジメ?」

「あの子1年生でしょう? かわいそう。服まで脱がされちゃって」


 ここは普段たいした事件も起こらない平和なところだから、観客は一気に集まってきた。そして少し離れたところで、みんな思ったことを次々と口にしていたの。


「あのおっぱいの大きい子、ジャイアンに逆らったんじゃないの?」


「えーっ? あの子すごく大人しい子だよ。そんなことするわけないよ。ジャイアンがいつもイジメてるんだよ」


「そうだよね。あの子がイヤがっているのに、いつも勝手にあの子のおっぱい触っていたものね」


「胸が無いから嫉妬しっとしてたんじゃないの? あの1年生に」


「いや、あの1年生より胸が大きい子なんて、この寮にはいないでしょ」


「それにしても、あの子おっぱい大きいよねー。私はうらやましいなー」


「でも、なんでおっぱいポロリしているの?」


「ジャイアン先輩が脱がせたのよ。きっと直接触ろうとしたのよ」


「えー、なにそれ? こわーい」


「かわいそう。誰か助けてあげないの?」


「ジャイアン先輩には、あんまり関わりたくないよねー」


 ――とまあ、こんな感じだったかな。


 おっぱいをポロリしたまま、しゃがみこんでいた1年生はずっと泣いていたのに「触らぬ神にたたりなし」と、誰もすぐには助けに行かなかった。


 でも、しばらくして当時4年生だったホコリ先輩が慌てた様子で食堂に来た。

 同じ部屋の1年生が連れて来たみたいだった。


「ホコリ先輩、こっちです」


「ミユキさん! しっかりして、助けに来ましたよ」

「ホコリお姉さま……」


 おっぱいの大きい子はホコリ先輩からミユキさんと呼ばれていたの。


 そう、この子が天ノ川深雪あまのがわみゆきちゃんね。1年生の時から当時の6年生が誰もかなわないほど胸が大きくて、4年生になった今とほぼ変わらない体形だったんだよ。


 そして、ミユキちゃんのお姉さまが星野誇ほしのほこり先輩。


 私たち後輩から「スターダスト先輩」って呼ばれることもあったけど、本人はイヤだったみたいで、「ダストではなくプライドですっ!」って毎回訂正してた。


「トモヨさん、こんなことが許されるとお思いですか?」


 ホコリ先輩はジャイアン先輩を問い詰めたけどジャイアン先輩は謝らなかった。


「私は、悪くないもーん。――そのままポロリしてればいいでしょ!」


 そして、次の日。「優嬢ゆうじょう新聞4月号」が発行されたの。

 見出しは「暴君ジャイアン、新入生のおっぱいをポロリ!」


 事件に飢えていた寮生はみんな楽しんでいたみたいだったけど、これで、ジャイアン先輩は完全に悪者になってしまった。


「ほら、ミユキさん。正義は必ず勝ちますから。元気を出しなさい」

 

 ミユキちゃんは、お姉さまから、こう言われて励まされたんだって。

 でも、ミユキちゃんはその言葉を聞いて罪悪感で涙が止まらなかった。


 実は、新聞の記事は「優嬢新聞史上最大の誤報」だったの。


 ホコリ先輩は、泣いていたミユキちゃんをなだめて真相を聞き出すと、すぐにミユキちゃんの姉として、ジャイアン先輩の部屋まで謝罪に行ってくれたんだって。


 でも、ジャイアン先輩はホコリ先輩の謝罪を受け入れなかった。


「本人を連れて来ないと絶対に許さない」……って。


 ホコリ先輩は「必ず連れてきて謝罪させる」と確約して、ミユキちゃんを連れて再びジャイアン先輩の部屋まで頭を下げに行ったんだって。


 和解交渉はミユキちゃんの代理人であるホコリ先輩とジャイアン先輩で行われて、ミユキちゃんは罰を受けることになったの。罰というか誓約だけどね。


「ミユキさん、これで許してもらえるのですから、きちんと読み上げなさい」

「……分かりました。ホコリお姉さま」


「ふふっ、読むだけじゃ許してあげないからね。ちゃんと約束は守ってよ」


「はいっ……、ぐすっ……、ううっ……、


 ひとつ、あなたの体が私より小さくても、先輩として敬う事を誓います。

 ひとつ、あなたに呼び捨てにされても、文句を言わないことを誓います。

 ひとつ、あなたを怖がらず、一番の親友として仲良くする事を誓います。

 ひとつ、胸のボタンが飛ばないようにしっかりと補強する事を誓います。

 ひとつ、胸がくずれないように、夜も必ず下着を着用する事を誓います。


 ううっ、……ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」


 ミユキちゃんは泣きながら5つの誓いを読み上げたんだって。


 そう、実はおっぱいポロリはミユキちゃんの胸が大きすぎて、パジャマのボタンが飛んだのが原因だったの。


 飛んだボタンはジャイアン先輩の右目のすぐ上に当たって、ジャイアン先輩の背がもう少し高かったら失明していたかもしれなかったんだって。


 よく見ないと分からないけど、ジャイアン先輩の右の眉の中に今でもその時の跡が残っているらしいよ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る