入寮6日目
第45話 イヌとタヌキは仲が良いらしい。
6日目の朝を迎えた。
5時になり、寮の廊下に明かりが
体力測定や部活動で普段より運動したせいで、昨晩は早い時間に眠くなり、そのまま早く寝てしまったら、今朝も早く目が覚めてしまった。昨日の朝、朝食準備に参加するために5時前に起きたことも影響しているかもしれない。
しかしながら、「僕が6時まで寝ている」という事が、この部屋では暗黙のルールになっているようなので、僕は布団のなかに入ったままだ。
その主な理由は2つ。1つ目は洗濯物だ。
天ノ川さんいわく「脱いだ下着を見られるのは恥ずかしい」とのこと。下着を洗濯するには使用済みの下着に手を触れなければならないので、僕は洗濯するという仕事を免除されている。
ただし「洗濯後の下着ならそれほど恥ずかしくはない」らしく、僕には洗濯物を干す役割と取り込む役割を与えられている。したがって、洗濯機の脱水工程が終わるまでは、僕に出番はないということになる。
もうひとつの理由は、おそらくトイレだろう。
4人で同時に活動を開始すると、どうしてもトイレに入りたくなる時間が重なってしまう。部屋にトイレはひとつしかないが、急いでいるのならば廊下に出て食堂まで行けば別のトイレがあるし、大浴場の脱衣所にもトイレはあるらしい。だから何も問題が無い――僕はそう思っていたのだ。
しかし、実際はそうではない。
直接言われたわけではないので想像に過ぎないのだが、誰かがトイレに入ったときに、なかなか出てこなかったとすると、それは「大きいほう」であると分かってしまう。それを、きっと天ノ川さんはクラスメイトでもある僕に気付かれたくないのだろう。もちろん、僕も気付きたくはない。
僕の予想では、ポロリちゃんは、ほとんど気にしないだろうし、ネネコさんなら全く気にしないだろうとは思っているのだが。
ベッドの中でこんなことを考えているうちに、洗濯機が静かになった。
どうやら脱水が終わったようだ。
起床時におけるオトコの生理現象も鎮まったので、そろそろ起きる事にしよう。
3人と朝の
続いて、ポロリちゃんから少し湿った洗濯物を受け取る。
今日は体操着を着る予定が無いので、僕の体操着も洗ってもらった。
ネネコさんとポロリちゃんは部屋着も洗濯したようだ。2人とも寝間着と部屋着を使い分けており、風呂に入る前まではパジャマではなく部屋着を着ている。
ネネコさんの部屋着はTシャツとショートパンツ。
部屋着のショートパンツはデニム生地ではなく、僕が着ているスウェットと同じような素材だ。おそらく綿にポリエステルがいくらか混ざっているものだと思う。ネネコさんはこの部屋着姿で昼寝もしていた。
ポロリちゃんの部屋着は
スカートは短めだが下には
ポロリちゃんの服はパジャマも含めて、体が大きい人は絶対に着られないし、仮に着られたとしても全く似合わないような、小さい子にのみ許されるキッズ仕様のかわいい服ばかりだ。
天ノ川さんは僕の隣で自分の服を干している。
やはり気になるのは下着の多さだ。
いったいどれだけ持っているのか分からないくらい種類も数も多い。寝ているとき用とか体育の授業用とか使い分けているようで、上半身に身に着ける下着だけで毎日3着以上は洗濯している。男の僕から見たら
すべての洗濯物を干したら任務完了。
4人で食堂へ向かい、いつもの席で、いつものように朝食をとり、そのまま食後の座談会に移行するのが、先週から続くいつもの流れだ。
ネネコさんはレモン牛乳が気に入ったらしく、ポロリちゃんと一緒におかわりして2杯目を飲んでいる。天ノ川さんはホットミルク、僕はホットコーヒーだ。
「ネコちゃん、あそこにタヌキさんがいるよ!」
「うそ? マジで? イヌもいるじゃん!」
2人の視線の先――少し離れたテーブルで、タヌキとイヌが向かい合ってパンを食べていた。着ぐるみのようだが、2人とも顔と手だけは見えている。
「えっ? あんなのアリなんですか?」
「ただの着ぐるみパジャマですから、とくに問題はありませんよ」
僕は初めて見たので少し驚いたが、そういうデザインのパジャマらしい。天ノ川さんにとっては見慣れた光景なのかもしれない。
「ネコちゃんも着てみる?」
「ロリも持ってるの?」
「うんっ、お
「ロリのはどんなヤツなの?」
「ネコさんとリスさんだから、ネコちゃんがネコさんでポロリがリスさんなの」
ネネコさんがネコでポロリちゃんがリスか。それは似合いそうだ。
「あそこの2人はいつもあんな格好なんですか?」
僕はタヌキとイヌにも興味があったので天ノ川さんに聞いてみる事にした。
「そうですね。あの2人は3年生ですけど、1年生のときからあんな感じです。ご紹介しましょうか?」
「いえ、そこまでしていただかなくても……」
天ノ川さんが立ち上がってタヌキとイヌに大きく手を振ると、2人が揃って近づいてきた。朝食は食べ終わっているようだ。
「ネコちゃん、タヌキさんとイヌさんが、こっちに来るよ!」
「すげー、さすがお姉さま!」
タヌキとイヌは横に並んで、天ノ川さんに頭を下げて挨拶をした。
「ミユキ先輩、おはようございます!」
「おはようございます~」
先に挨拶したイヌのほうが、機敏な感じ、後から挨拶したタヌキは、ややゆるい感じ。わざとそうしているのかもしれないが、イメージ通りだ。
「おはようございます。ではまず、こちらから紹介するわね。こちらが――」
「
天ノ川さんに促されたポロリちゃんが、さっと立ち上がって挨拶する。相手に言葉が届いたことを、目を合わせて確認してから、ペコリと頭を下げる。とてもしっかりとした挨拶だ。
「そして、こちらが私の妹です」
続いてネネコさんも立ち上がって挨拶する。
「ボクは101号室の
「わー、2人とも小さくて、かわいいね」
「着ぐるみが似合いそうです~」
「そして、もうご存知でしょうけど、こちらが――」
「101号室の
自分だけ座っているわけにもいかないので、僕も立ち上がって挨拶する。僕の目の高さくらいの身長なので2人とも150センチ前後だろう。
昨日の体育の時間は3年生と一緒だったので、2人とも顔に見覚えはあった。とくに会話はしなかったが、イヌの着ぐるみの子はたしか50メートル走で、
「ダビデ先輩。昨日は失礼しましたー」
「近くで見ると新聞のダビデさんと全く同じ顔です~。感激です~」
「では次は着ぐるみのお2人さん、自己紹介をお願いします」
「
なるほど、この名前だからイヌの着ぐるみを着ているのか。脚がすごく短く見えるのは気のせいではなく、着ぐるみのせいだろう。
「同じく301号室の
信楽さんも、同じ理由でタヌキなのだろう。話し方に特徴があり、語尾の「す」をしっかり「SU」と発音している。今気が付いたのだが、ほとんどの人の発音は「S」のみだ。
背の高さは鯉沼さんとほとんど同じだが、比較するとやや重心が低く見える。これもきっと着ぐるみのせいだろう。
ちなみに着ぐるみのタヌキは女の子用なので、信楽焼のタヌキとは違って、
「ミユキ先輩は、もうアレ着ないんですか?」
「一緒に着ましょうよ~。ツヅミも見たいです~」
「えっ? ……あっ、いや、それは……この子たちが着るらしいので、私は……」
「わー、この子たちも着るんですか? 楽しみ!」
「それはいいですね~。でもミユキ先輩も一緒に着てほしいです~」
「それは、ほら、私はもう高校生ですから。着ぐるみは現役引退です」
天ノ川さんが恥ずかしそうに、やんわりと断っている。
以前は着ぐるみパジャマを着ていたという事か。
「お姉さまも動物のパジャマ着てたの? ボクも見てみたいな」
「うんっ。ミユキ先輩も、きっと似合うと思うの」
天ノ川さんが助けを求めるようにこちらを見ている。もちろん僕も見てみたいのだが、本人がイヤがっているなら話は別だ。
ここはポロリちゃんから学んだ脱出作戦を試してみる事にしよう。
「すみません、僕まだ1時間目で使う笛を買っていないので、お先に失礼します。天ノ川さんに案内してもらいたいのですが、一緒に来てもらってもいいですか?」
「あっ、もうこんな時間。それなら急がないといけませんね」
僕がカップを持って席を立つと、天ノ川さんが少し大げさに同意し、一緒に席を立つ。僕たちが立ち上がったのを見て、釣られるようにネネコさんとポロリちゃんも席を立った。
「じゃあ、ワオンさんとツヅミさんは、また音楽室でね」
天ノ川さんは、3年生の2人に挨拶して脱出する。
僕は少し離れたところで一緒に頭を下げた。
「またねー」
3年生の2人は、1年生の2人に手を振る。1年生の2人は、手を振って挨拶をしてから、僕に付いてきてくれた。どうやら作戦は成功らしい。
「ふふふ、助けてくださって、ありがとうございます」
「正直に言うと、僕も見てみたいですけど……」
「さすがにあの格好で食堂には行けませんが、部屋の中でしたら構いませんよ」
「いいの? やったー! お姉さまの着ぐるみ、ボクも楽しみだな」
「お兄ちゃんのもあればよかったかなぁ……」
「鬼灯さん、心配ありませんよ。甘井さんの分も私が用意しておきますから」
「えっ? 僕も着るんですか?」
「えへへ、よかったね。お兄ちゃん」
どういうわけか、僕にも着用が義務付けられてしまったようだ。僕だけ見ているというわけにもいかないらしい……まあいいか。この3人のかわいい着ぐるみ姿を見せてもらえるのなら、そんなことはお安い御用だ。
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