第41話 電気アンマは実はご褒美らしい。
午後の授業が終わると、今まで僕に無関心だったクラスメイトたちまでもが、一斉に僕の近くまで集まってくる。ちょっと怖い。いや、とても怖い。
天ノ川さんいわく「マスコミを味方に付けてしまえば怖いもの無し」らしいが、強力すぎて、僕は完全に「ダビデ君」という人気キャラクターになっていた。
放課後は陸上部の練習に誘われていたので、
「ただいまー」
寮の部屋に戻ると、なぜかネネコさんが制服を着たまま、1人で勉強机に向かって座っていた。どうも、いつもより元気がないようにも見える。
「おかえり。ミチノリ先輩ひとりなの?」
「天ノ川さんは、今日も部活があるみたい」
僕は返事をしながら、ネネコさんの左隣の自分の席に座る。
「そうだよね。ロリも部活だし」
やっぱり、どこか様子がおかしい。いつもの無邪気な感じではなく、何か悩みでも抱えていそうな表情に見える。
「ネネコさん、今日はどうするの? 僕は宇佐院さんから陸上部の練習に誘われたんだけど、一緒に行く?」
「ミチノリ先輩は平気なの? どこへ行ってもダビデ君なんでしょ?」
僕がここまで注目されているのだから、おそらくネネコさんやポロリちゃんにも影響は及んでいるのだろう。
「さすがに、ここまで大騒ぎになるとは思わなかったけどね」
「ごめんね。ボクのせいで……」
ネネコさんは僕を美術部の見学に誘った事を後悔しているのだろうか。
「そんなの気にしないでいいよ……」
ネネコさんらしくない――と言いかけたが、それは失礼かと思い、口に出す事はやめておいた。
「あのとき、ミチノリ先輩が倒れたあと、ロリが泣いてたんだよ。自分がひどい事を言ったせいだって。ボクなんか、部長さんからミチノリ先輩のハダカを見たいかどうか聞かれて『見たい』って言ったんだから、もっと悪いのに……」
たしかに、あの一言には僕も耳を疑ったが、ああいう場面でも正直なところはネネコさんの美点でもある。ポロリちゃんが泣いていたという件に関しては、みんなに心配かけて申し訳なかったと思う。
「べつに悪い事じゃないし、それはお互いさまだよ。ネネコさんは口に出しちゃっただけで、僕は口に出さなかっただけだから」
僕は『ネネコさんがモデルにされてしまったらかわいそうだな』とは思ったが、口に出して止めようとまではしなかった。それは、僕自身がネネコさんのハダカを見たくないわけではなかったからだ。
「えっ? どういう事?」
「部長さんに言われてたでしょ? 『きっと甘井クンも大喜びだ』って」
「うん、先にボクが誘われたとき、部長さんがそんなこと言ってたね」
「そのとき僕は何も言わなかったけど、僕だってネネコさんのハダカに興味がないわけじゃないから」
「ええーっ! マジで? ボク、おっぱい無いのに?」
「そんなの関係ないよ。僕だっておっぱい無いでしょ?」
「う~ん、たしかにそうかも」
「だからネネコさんは全然悪くないよ。それに僕はネネコさんに感謝してる」
あの後よく考えたのだが、やはり一昨日のあれは自然現象ではないだろう。
あの日の夜、
「何のこと?」
確認するならネネコさんと2人きりの今しかない。こんなこと、天ノ川さんやポロリちゃんには聞けないし、もし間違っていたとしても、ネネコさんなら、きっと正解を教えてくれるだろう。
僕は思い切って直接ネネコさんに聞いてみることにした。
「僕が倒れて眠っている間に……ネネコさん……僕に何かしてくれたでしょ?」
「あれ? なんで分かったの?」
養護担当の子守先生が一緒だったとはいえ、前代未聞の出来事なので僕も半信半疑ではあったのだが、ネネコさんはあっさりとそれが事実であることを認めた。
「やっぱりそうなんだ。風呂に入ったら、なぜか
「痛くなかった?」
ネネコさんは、自分の行為を否定したり
「あの日の夜は少しだけ痛かったけど、今はもう何ともないよ。……ありがとう。ネネコさんのお陰で、僕は一皮
「精子もたくさん出たもんね」
あれは夢精ではなくて剥かれた刺激で出てしまったという事なのだろうか。
どちらにせよ生理現象とはいえ、迷惑行為であったことには違いない。
「それに関しては、ごめんなさい。本当に申し訳ない。子供がオネショしたのと同じ……いや、もっと酷いか。もしかして、ネネコさんにかかっちゃった?」
「ボクは無事だったよ。ロリに任せた後だったから」
「ポロリちゃんは無事じゃなかったの?」
「むけたところをふいてあげてたら突然ドロドロなのが噴水みたいに吹き出てきて、驚いて声も出せなかったって。お姉さまが気づくまで固まってたらしいよ」
それほどの大惨事があったというのに、みんなの態度はいつもと全く変わっていなかったのだ。僕の為に「しかたない、まあいいか」で済ませてくれたということか。そう思うと、また涙が出そうになる。
「それは悪い事をしたね。あとでポロリちゃんに土下座して謝らないと」
「それはやめといたほうがいいよ。『絶対にナイショだよ』ってロリから何度も言われたから」
「えっ? ……それなら、僕にも言っちゃダメだったんじゃないの?」
「そうだけどさ。ダチに隠し事したくないからね」
「ネネコさんがそう言ってくれるのは心の底から嬉しく思うけど、みんなには絶対にナイショにしておいてね。ものすごく恥ずかしいから」
「そんなの分かってるよ。ロリだけじゃなくて子守先生からも、お姉さまからも言われてるし」
「ありがとう。それなら安心だ」
「よかった。……じゃあ、今度はボクがミチノリ先輩に質問していい?」
「いいよ。どんな質問?」
「ミチノリ先輩は、いつごろ生えたの?」
「ヒゲもワキゲもオヤシラズもまだだけど、もしかして、もっと下の方?」
「そう、『ぞうさん』の毛のこと」
「お陰様で、もう『ぞうさん』じゃないけどね。僕は2年くらい前だったかな」
「そっかあ。なら2年生のころか。ボク少し安心したよ」
その反応に僕も安心する。今のネネコさんは3年前の僕と同じだったのだ。クラスで一番背が低かった3年前の僕は、声もボーイソプラノで、身長も今のネネコさんより少し低いくらいだったと思う。当然、下の毛もまだ生えていなかったのだ。
「もしかして、ネネコさん、まだ生えてないの?」
「うん。ロリはもうお姉さまと同じくらい生えてるのに、ボクはまだ生えてこないから気になっちゃって」
そう言われてみるとポロリちゃんは背が低いだけで、ネネコさんや僕よりずっとオトナなのかもしれない。
毛深いポロリちゃんは、あまり想像したくはないのだが……。
「べつに生えてこなくてもいいんじゃないの? 特に困らないでしょ?」
「お姉さまもそう言ってた。長いと水着になるときにお手入れが必要だって」
下の毛をお手入れするお嬢様か。
その場面も僕はあまり想像したくはないのだが……。
「僕も毛深くなったら
とても他人に聞かせられないような馬鹿話だが、僕がこんなふうに腹を割って話が出来る人は、今のところネネコさんだけだ。
「いいんじゃないの? まだそんなに毛深くないし」
ネネコさんの表情もいつの間にか、いつもの明るい顔に戻っていた。
「そうだね。ほかに何かある? 聞きたいこととか困ったこととか」
「そういえばマセガキがさあ」
ませがき? お隣の部屋の
「リーネさん、また何かしたの?」
「『今度は
「いいんじゃないの。ポロリちゃんは部活で忙しいみたいだし、ネネコさんもクラスメイトなんだから、遊びに行ってあげれば?」
「それがさぁ、『またやって』って言うんだよ。お姉さまに禁止されたから断ったんだけど……」
ネネコさんがお姉さまに禁止されていて、リーネさんが「またやって」欲しい遊び――禁断のあの技の事か。まるでお仕置きになっていなかったわけだ。
「ああ、そういう事ですか」
たしかにあの時のリーネさんは「やめて!」とか言っていた割には喜んでいたようにも見えたし、危険な状況ではなかったから僕は黙って観戦していたのだが、別の意味で止めるべきだったようだ。
僕はそこまで考えが至らなかったけど、天ノ川さんは、ちゃんとそこまで見越していたということなのだろうか。
「ミチノリ先輩、ボクの代わりに行って、やってあげてくれない?」
「いや、さすがに僕がやったら犯罪でしょ」
「平気だよ。ミチノリ先輩は禁止されてないから」
「いや、まずいって。まずいからお姉さまに禁止されたんでしょ? 禁止されたからやらないというのは正しい判断だけど、なぜ禁止されたのかも考えないと」
「そっかあ。じゃあ、ミチノリ先輩ならどうするの?」
「僕は……あんまり関わりたくないかも。危険だし」
僕の場合、女の子に電気アンマなんかしたら退学になってしまうかもしれない。
「えー、何の解決にもならないじゃん!」
「僕の手に負えることではないからね。ヨシノさんか宇佐院さんに……あっ!」
「どうしたの?」
「今日は陸上部の練習に誘われているから、宇佐院さんに相談してみるよ」
「そっか、真瀬垣と同じ部屋だもんね」
「急いで着替えないと」
「それならボクも一緒に行くよ」
ネネコさんはいつものようにニッコリと笑い、机の下のカバンから素早く体操服を取り出すと、その場でいきなりセーラー服を脱ぎ始めた。もちろん下にはTシャツを着ているが、これは僕をからかうためにわざとやっているのだろう。
僕はネネコさんのほうを見ずに脱衣所へ駆け込み、一度着たあとそのまま干しておいた体操服へ着替えたのだった。
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