第42話 陸上部は自由に走るだけらしい。
着替えが済んだのでネネコさんと一緒に校庭へ向かう。体操着を1日に2回着ることは想定していなかったので、少し汗臭いかもしれない。
いい天気だが夕方の風は少し肌寒いので、僕は体操服の上に学校指定のジャージを着る事にした。
ネネコさんも同じワインレッドのジャージを着ているが、下は短パンのみで、とても脚が長く見える。
「おーい! こっち、こっち!」
遠くで大きく手を振っている体操服姿の女の子が見える。
顔までは良く見えないが、
「陸上部って3人だけなの?」
考えていることは同じで、僕が知りたいことを先にネネコさんから質問された。
「どうだろう。でも今日はネネコさんと僕がいるから合わせれば5人だね」
僕は準備運動の代わりに軽く走りながら宇佐院さんに近づいた。ネネコさんも僕に並走している。
宇佐院さんの隣の2人組はどちらも見覚えがあった。
1人は今日の朝食を一緒に準備した2年生の
もう一人の小柄で少し日焼けした太眉の子が、お昼に握手した1年生の
「甘井さん、来てくれてありがとう。ネネコちゃんも一緒なんだね。ありがとう」
「今日はよろしくお願いします」
「よろしくお願いしまーす」
宇佐院さんが僕たち2人を歓迎してくれたので、ネネコさんと一緒に挨拶する。
「甘井さんの事はみんな知っていると思うから、まず部員を紹介するね。こちらが2年生の――」
「上田
「朝はいろいろと教えてくれてありがとう。ここでも、よろしくお願いします。こちらは1年生の――」
「
ネネコさんが宇佐院さんと上田さんに挨拶し、小笠原さんにも挨拶する。
ガジュマルというのは小笠原さんの愛称なのだろうか。
「1年の
小笠原さんが握手を求めて来たので、昼と同じように握手をした。
「ガジュマルはミチノリ先輩と知り合いだったの?」
「お昼に食堂で挨拶したよ。その前に美術室でも遠くからアレ見せてもらったし」
アレ……ね。まあ、1年生のほとんどの子に見られちゃいましたからね。
「あっ、忘れてた。ついでにネネコもよろしく」
「えーっ、ボクはついでなの?」
「そう、ついで」
「まあ、いいけどね。それで、宇佐院先輩が部長さんなの?」
「あー、部長はあそこで寝ている人。ちょっと待ってね。起こしてくるから」
宇佐院さんは、トラックの横の地面で死んだように眠っている人を指差した。
なんであんなところで寝ているのかは不明だが、日当たりがよく暖かそうだ。
宇佐院さんが部長さんを呼びに行っている間に、ネネコさんはジャージを脱ぎ、
「ミチノリ先輩、ちょっとこれ持ってて!」
と脱いだジャージを僕に預け、小笠原さんと2人で先に走りに行ってしまった。
宇佐院さんは部長さんの体を揺すって起こしている。
「ここの部長さんはいつもあんな感じっスよ。あんまりやる気はないみたいっス。甘井先輩はどうなんスか?」
上田さんからの質問だ。これは意気込みを問われているのだろうか。
「僕は宇佐院さんに誘われて見に来ただけなんですけど……」
「連れの子はヤル気満々みたいっスね」
「……そうみたいですね」
ネネコさんはトラックの向こう正面で小笠原さんの直後をぴったりとマークするように縦に並んで走っていた。背は小笠原さんの方が少し高いが、足の長さは同じくらいに見える。小笠原さんの力強い走りに対してネネコさんのほうは軽やかだ。
目の前の最後の直線で、先行する小笠原さんをネネコさんが外から鮮やかに差し切ったところがゴールラインだった。
「ほら、ボクのほうが速かったじゃん!」
「はーっ、はーっ、負けたー。ネネコやるなー。ついでとか言って悪かった」
「いいよ、べつに。50メートル走は、ガジュマルのほうが速かったし」
なるほど、50メートルでは小笠原さんのほうが速いけれど、300メートル勝負ならネネコさんのほうが速かったという事なのか。だとすると、おそらく体力測定の持久走もネネコさんのほうが速かったのだろう。2人はお互いを認め合うように握手をしていた。
「おおっ、1年生が2人も来た。これで私も安心してまた昼寝できます」
「眠っちゃだめですって。ほら、甘井さんも来てくれましたよ」
宇佐院さんが眠っていた部長さんを起こして連れてきてくれた。着古したボロボロの体操服を着ており、胸にはかすれた文字で「しかばね」と書いてあった。髪の毛もボサボサだった。
「よろしくお願いします。4年の甘井ミチノリです」
「新聞見ましたよ~、ダビデさん。こちらこそよろしく。私が部長の
いや、さすがに「
続いて部長さんに気づいた2人が挨拶する。
「1年の小笠原ガジュです。入部希望です」
「1年の蟻塚ネネコです。ボクも入部希望です」
「2人とも、ありがとう。手続きしますので、後でサインくださいね~。ダビデさんはどうなさいますか?」
どうやら小笠原さんと意気投合したようでネネコさんも入部するらしい。
僕はどうしようか。とりあえず様子をみることにしよう。
「すみません、他からも誘われているので保留でお願いします」
「了解しました。じゃあ、今日は6人なので、2人ずつ組んでやりましょう。1年生の2人は仲が良さそうだから、今みたいに2人でメニューを決めて自由にトレーニングしてください。ダビデさんは宇佐院さんとペアで、上田さんは私と一緒に高跳びの練習をやりましょう。それじゃ、活動開始ね~」
「じゃ、早速準備します」
「半周150メートルで勝負だな!」
「そんなのボクが勝つに決まってるよ!」
上田さんと部長さんは体育館へ、小笠原さんとネネコさんはトラックの向こう側へと行ってしまった。ネネコさんのジャージは僕が預かったままなのだが。
「いつも、こんな感じなんですか?」
「そう。うちの部は、体を動かしたい人が自由に参加しているだけだからね」
宇佐院さんがジャージの上を脱いでベンチの上に置いたので、僕もジャージを脱いでネネコさんのジャージと一緒に隣へ置いた。
「僕は何をすればいいんでしょうか」
「まずは準備運動しよう……」
宇佐院さんと一緒に、
「背中も伸ばしてあげる。甘井さん、今日はいろいろと大変だったでしょう?」
宇佐院さんは僕の後ろに立ち、背中合わせに両腕を取って自分の背に僕を乗せて体を伸ばしてくれる――背中が温かく、とても気持ちがいい。
「ありがとう。僕は人に囲まれたりするのは苦手なので、ここなら安心です」
今度は僕が体を前に倒し、宇佐院さんを背負う――意外と軽い。
「あぁっ、きもちいい」
至近距離で色気のある声を出されたので、驚いてすぐに下ろしてしまった。
「あははは……ごめんね、へんな声出しちゃって」
宇佐院さんが再度背負ってくれたので力を抜いて体を預ける。
「いえ、僕も気持ちいいですから」
再び体を前に倒し、宇佐院さんを背負う。
「あーっ、ありがと。もういいよ。じゃあ、軽く走ろうか。外回りでいい?」
「持久走で走ったコースですね。いいですよ」
楽しんで走るのが宇佐院さんの走り方らしい。考えてみたら、僕は今まで走らされることはあっても、自分から走ろうと思った事は無かったような気がする。ただ走るだけではつまらないが、宇佐院さんと一緒なら、きっと楽しく走れるだろう。
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