第16話 部活動はどこも部員不足らしい。

 3人を見送った後、僕は1人で部屋風呂に入る。


 昨日とは違って誰も待たせていないので、念入りに頭と体を洗ってから、ゆっくりと湯船にかって考え事をする。


 寮生活2日目。小さな失敗はあっても大きな失敗はなく、今のところ順調だ。


 だが、これはルームメイトに恵まれたからであって、僕のコミュニケーション能力は、まだ全然足りていない。みんなが僕に合わせてくれているだけなのだ。


 ネネコさんは、僕を友達として見てくれていて、一緒にバカ話もしてくれる。

 ポロリちゃんは、こんな頼りない僕を、本当の兄のように慕ってくれている。

 天ノ川さんは、僕にとても親切で、さらに1年生の指導までしてくれている。


 このまま甘え続けてはいけない。僕もみんなの為に、何かしなくてはならない。

 天ノ川さんの負担を少しでも減らすために、今の僕に出来ることは何だろう。


 ポロリちゃんが風呂の準備をしてくれていたように、ネネコさんがアイロン掛けの予習をしていたように、とにかく僕に出来ることをするだけだ。


 風呂から上がり、歯を磨いた後、早速行動を開始する。

 脱衣所で見つけた長い棒――フローリングワイパーだ。

 これなら僕にでも使い方が分かる。


 近くに置いてあったシートをワイパーにセットして、リビングの小さなテーブルとその周りにある座布団代わりの丸いクッションをどける。


 あとはワイパーを持ってシートの面で床を拭くだけ。とても簡単だ。


 一見綺麗きれいな床だったのに、シートはすぐに大量の髪の毛で真っ黒になる。

 中には50センチから60センチくらいの長い髪の毛もあるようだ。

 天ノ川さんの髪か、それともリーネさんの髪だろうか。


 どんなに綺麗な黒髪であっても、抜けてしまうと、ただのゴミになってしまうのが、僕にはとても不思議な事に思えた。


 シートを取り換えて、勉強机の下や、ベッドの脇、洗面所の中まで拭き終えたので、シートを捨ててワイパーをもとの場所に戻す。


 最後にテーブルとクッションを元通りに並べれば清掃完了だ。


 ちなみに、洗面所兼脱衣所の入り口には長めの暖簾のれんが掛けられているだけで、床には敷居どころか段差すらない。洗面台を使っている人の足元は部屋から丸見えだし、奥の脱衣所も下からのぞきこむだけで簡単に中を確認できる。


 どうやらここではプライバシーというものは存在しないようだ。




「ただいまー」


 しばらくしてパジャマ姿の3人が大浴場から帰ってきた。


「おかえりなさい」


 僕がリビングまで出迎え、そのまま4人でテーブルを囲んでクッションに腰を下ろす。3人ともよく温まってきたようで、部屋全体が少し暖かくなった気がする。


「あら、床がとても綺麗になっていますね。ありがとうございます」


 天ノ川さんだけがすぐに気が付いて、僕をねぎらってくれた。誰にも気付かれないと思っていたので、ちょっと照れくさい。でも、褒められるのは嬉しい。


「いえ、暇だったので。どうでしたか、大浴場は」


「いいお湯でしたよ」


 天ノ川さんは普段から入っている人の普通の反応だった。


「あのね、広くてね、天井が開いててね、お星さまが見えるの」


 風呂上りで、いつもよりほおの赤いポロリちゃんが、嬉しそうに報告してくれる。


「露天風呂なんだ、それはすごいね」


「それよりさ~、ロリが大人気だいにんきでおどろいたよ」


 小さくてかわいい女の子は同性からも人気なのだろうか。

 ネネコさんもポロリちゃんのお願いには逆らえないみたいだし。


鬼灯ほおずきさんは地元の有名人だったのですね。私も知りませんでした」


 地元の有名人……ってことは、昨日聞いた「ぽろり食堂」のことか。

 天ノ川さんは真面目そうだから、外食したりはしないのかもしれない。


「そんなことないよぉ。たまたま知っている先輩に会っただけなの」


「でもすごいよ。料理部の部長さんが大浴場までスカウトしに来るなんて」


「それは、ポロリが料理部に入りたいって、先輩にお願いしていたからなの」


 たまたま知っている先輩というのが部長さんだったのか、それともその先輩が部長さんを呼んだのか……どちらにせよ根回しも万全だったというわけか。


「それで、ポロリちゃんはもう部活は料理部に決定なの?」


「うんっ! 早速明日から部活なの。でもね、明日の部活動はお料理じゃなくて種まきなの。お野菜を作るところから始めるみたい」


 ――野菜を作る?


「ここって畑もあるんですか?」


 ポロリちゃんも詳しくは分からなそうなので天ノ川さんに尋ねる。


「もちろん、ありますよ。園芸の授業で使いますから。この学園では畑仕事も必修科目です」


「そうだったんですか。それで料理部も野菜から作るんですか」


「6年生の先輩から聞いた話では、4年前までは独立した園芸部があったそうですけど、料理部が部員の少ない園芸部を吸収合併して畑を手に入れたそうですよ」


 吸収合併か。うちの近所のコンビニは同じ看板の店ばかりになってしまった。僕は消えてしまったマイナーなチェーンのほうが好きだったのに。


「そういえば天ノ川さんはどこの部なんですか?」


「私は科学部の部員です。ケミストリーじゃなくてサイエンスのほうです。科学部も生物部と化学部、ややこしいですけど、こっちはケミストリーのほう。それに天文部を加えた三つの部が合併して出来た部です」


 なるほど。天ノ川さんが科学部の部員というのはちょっと意外な感じだけど、天文部なら似合っているかも。


「お姉さま、部には入らないといけないんですか?」


「いけないわけではありませんけど、部に入らないと他にすることがないから、みんなどこかの部には所属していますよ。ネネコさんはどんな部活動に興味があるのですか?」


「う~ん、格闘技とかかな?」


 格闘技か。柔道やレスリングならムッチリして体重のある子のほうが有利な気がする。スリムなネネコさんには空手か少林寺拳法あたりが似合いそうだが、お嬢様学校には格闘技の部なんて、きっと存在しないだろう。


「私たちが生まれる前くらいまでは合気道部があったそうですが、今は残念ながらありません。薙刀部や弓道部とともに消えてしまったそうです。教えてくれる先生もいらっしゃらないし、もともと運動が得意な子がほとんどいないから、球技などの団体競技も部員が集まらなくて無理なようです。今では運動部は陸上部と水泳部しか残っていません」


 合気道、薙刀、弓道、お嬢様には似合いそうだが、競技人口は少ないのだろう。


「ほかにはどんな部があるんですか?」


「文化系の部は料理部と科学部の他にもけっこうありますよ。手芸部、文芸部、美術部、声楽部、茶道部、書道部……あとは、普通の部活とは少し違いますが、広報部と管理部があります」


「ああ、ヨシノさんは広報部だったんですね。仕事って言っていましたけど」


「広報部は校内放送と校内新聞を担当していますから、部活というよりは委員会のような役割ですね。同じように管理部は売店の運営と、荷物や人の出入りの管理をしています」


 委員会か。去年まで通っていた中学で、僕は満場一致で美化委員に推薦された。実際はただの掃除係で、掃除を全て押し付けられただけだった。イヤな思い出だ。


「お兄ちゃんはどこの部に入るの?」


 会話が途切れたところで、隣でじっと話を聞いていたポロリちゃんが僕に質問してきた。


「僕はまだ何も考えてないよ。それに、僕がどこかの部に入りたいと思っても歓迎してもらえるかどうかも分からないし」


「だいじだよ。リーネちゃんだって、ホントはお兄ちゃんの事好きだし……」


「そうなのかな? 興味は持たれているのかもしれないけど……」


 ポロリちゃん、ごめんなさい。僕、リーネさんは苦手です。


「それにね、さっき、お風呂で6年生の先輩から言われたの。『お兄ちゃんは一緒じゃないの?』って」


「それは、からかわれているだけでしょ? ポロリちゃんだけ相方が男だから」


「ポロリもそう思ってね『お風呂はお兄ちゃんと一緒じゃないの』って言ったの。そうしたらね『ここは女湯じゃないから一緒でもいいのよ』って言われたの」


「いや、それはいくらなんでも……」


 男子校に女の子がひとりだったら大歓迎だとは思うが、逆はありえないだろう。


「どこにも『女湯』って書いてなかったよ。混浴ならミチノリ先輩も入っていいんじゃないの?」


「それは書く必要がないからでしょ?」


 この学園のトイレは教職員用を除いて、生徒用のトイレは全て男女共用だ。できるだけ寮の部屋のトイレを使うようにはしているが、校内のトイレでも今のところ特に困ったことはない。


 しかし、それは個室に入ってしまえばお互いが見えないからであって、更衣室や風呂となるとは話が違ってくる。たとえ男女共用だったとしても、みんなと一緒には入れない。


「ミチノリ先輩、大浴場に入りたいなら今のうちだよ。来年もし男子がたくさん入学してきたら『女湯』になっちゃうかもよ。今ならサービス期間中じゃん!」


 混浴の露天風呂に興味はあるが、いくらネネコさんが勧めてくれても、他の子たちは許してくれないだろう。


「僕は、怖いから遠慮しておきます。ところでネネコさん、部活はどうするの?」


「う~ん、どうしよっか?」


「いろいろと部活を見学してから決めてもいいのですよ。それに部活には正式な部員でなくてもゲストメンバーで参加していい事になっていますし、どこも部員不足ですから、どの部も歓迎してくれると思います」


「そっかあ、じゃあ、ボクは明日、部活を見て回ろうかな」


「僕もそうしてみます」


「あっ!」


 方針が決まったところで、ポロリちゃんが声を上げた。


「ネコちゃん! おみやげは?」

「ああ、そうだった。ボク、すっかり忘れてたよ」


 ネネコさんはパジャマの左胸のポケットから何かを取り出した。


「はいっ、ミチノリ先輩。これ、大浴場のおみやげ」


「あっ、どうもありがとう」


 わざわざ僕のために自販機で買ってきてくれたのか。

 ストローのついた黄色い紙パックには『レモン』と書かれていた。


 無果汁の乳飲料――朝食のドリンクにあったアレだ。

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