第15話 お姫様抱っこは皆の憧れらしい。
「私たちは洗濯物を仕舞いましょうか」
ヨシノさんを見送った後、天ノ川さんの一声で、4人
「今日の洗濯物は、私の服だけ多くて申し訳ないですけど、役割分担は考えてありますので、慣れるまでは指示通りにお願いします」
たしかに干してある洗濯物は天ノ川さんの服だけが多い。おそらく僕たち新入生の受け入れ準備などで忙しく、洗濯する暇がなかったのだろう。
「アイロンがけは、1年生が授業で教わるまでは、私がやります。甘井さんは、干してある洗濯物を端から順に取り込んで、ネネコさんにどんどん渡してください」
「わかりました」
取り込み係なら簡単だ。僕は男としては背が低いほうだが、この4人の中では最も背が高い。適材適所といえるだろう。
「ネネコさんはアイロンがけが必要なものを私に、それ以外のものは
ネネコさんが仕分け係か。スピード勝負ならネネコさんのほうがポロリちゃんや僕より上だろう。これも適材適所だ。
「はい。お姉さま!」
「鬼灯さんは、洗濯物を
そして、ポロリちゃんが
「はい! よろしくお願いします!」
「準備はいいみたいですね。では、甘井さん。よろしくお願いします」
「はい。始めます」
物干し用のロープから洗濯バサミを外して、ネネコさんに乾いた洗濯物を渡す。
僕のワイシャツはネネコさんから天ノ川さんへと渡り、天ノ川さんは丁寧にアイロンをかけてくれているはずだ。ほかの服はポロリちゃんが綺麗に畳んで引き出しに入れてくれるだろう。2人とも、ここからだとよく見えないけれど。
服を取り込んでいて気付いたことは、女の子の服の種類の多さだ。男だと下着はパンツとシャツと靴下しかない。せいぜいパンツがトランクスかボクサーパンツかという違いくらいだが、僕はボクサーパンツしか
天ノ川さんは制服とブラの間に、肩紐のついたおへそが隠れる長さの下着をつけているようだし、ポロリちゃんはブラの代わりに、
「はい、これで全部です」
取り込み作業が終わったので、ネネコさんに合図をして脱衣所から出る。
部屋の中はクリーニング屋さんのような
「さすがお姉さま。ボクには出来そうにないや」
隣で一緒に見ていたネネコさんが、僕と全く同じ感想を口に出す。
「ネネコさん、アイロン掛けは1年生の家庭科の授業で習います。ネネコさんが覚えたら交代してもらいますからね。いい成績を取りたいのなら、この部屋で予習をしておくといいかもしれませんよ」
「え~っ! ボクにできるかな~?」
「出来るかな? じゃありません! やるのです!
――はい鬼灯さん。出来ましたよ」
「わー、フワフワなのにしわが全然ない。すごーい! ミユキ先輩、ありがとう」
ポロリちゃんは受け取った服をとても嬉しそうにハンガーに掛けた。
「どういたしまして。はい、これで終わりです。みなさんお疲れ様でした」
洗濯物の取り込みは無事終了。
アイロンがけは1年生で教わるらしい。言われてみれば、中学の時に教わったような気もするが、全く身についてはいなかった。
これは僕も1年生と一緒に覚えないといけない。1年生が出来ることを4年生の僕が出来ないと肩身が狭くなりそうだ。
洗濯物を片付けた後は、4人で食堂へ。
朝と同じテーブルに同じように座って夕食をとる。正面にポロリちゃん、左にネネコさん。そして斜め前の天ノ川さんはお昼も含めて3食とも僕の斜め前の席だ。
「ミチノリ先輩、もっとお皿こっちへ寄せてよ」
ネネコさんが
「お兄ちゃん、ご飯、もちっと入る?」(←注釈「もう少し入る?」の地元方言)
ポロリちゃんは特に好き嫌いはないみたいだが、量が多すぎるようなので僕が少し手伝う。僕は多めによそってもらっても物足りないくらいなので完全に利害が一致している。これも相性が良い証拠なのかもしれない。
「そういえば、さっきは何でロリが泣いてたんだっけ? あいつに何されたの?」
最初に食べ終わったネネコさんが思い出したように質問してきた。
「ネネコさんは事情も分からずにリーネさんにお仕置きしたのですか?
甘井さん、私も気になります。聴かせていただいてもよろしいですか?」
天ノ川さんも気になるらしい。正直なところ、あまり話したくない。ポロリちゃんは僕の気持ちを分かってくれているようで、何も言わないで静かにしている。
「すみません、僕がネネコさんを止めなければいけない立場だったのに何も出来なくて。ポロリちゃんが泣いていたのも僕が
「――はいはい、そこまで! もうこの話題は終了。誰にでも言いたくないことくらいあるよね~? ミチノリさん」
いつの間にかすぐ後ろまで来ていたヨシノさんに話を遮られる。助けてくれたようにも見えるが、顔がニヤニヤしている。何があったのかリーネさんから全部聞いたのだろう。それでリーネさんを連れて改めて
「はい、次はリーネの番」
ヨシノさんの後ろに隠れていたリーネさんが、僕のすぐ横まで来て深々と頭をさげる。長い髪が床に着きそうになるくらいに。
「ミチノリさん、ポロリちゃん、ごめんなさい。ミチノリさんがポロリちゃんのこと好きって言ったから、リーネのことはどう思うか試してみたくなったの」
たしかに言った覚えはある。「ポロリちゃんの事好き?」って聞かれたから「もちろん好きですよ」と答えて「かわいい妹ですから」というような会話だった。でも、こうして会話の一部だけ切り取られると誤解を生みそうな気もする。
「ミチノリ先輩、やっぱりロリのことが好きだったんだ~?」
ネネコさんがすぐに反応し、ヨシノさんと同じようなニヤニヤした顔で、さらに追い打ちをかけてきた。
「――そういえば、昨日はロリにお姫様抱っこしてあげてたもんね?
今日だって朝からロリのこと『すっごくかわいい!』とか言ってたし」
そして、ネネコさんに釣られたように、聞いていた3人が話に食いついてくる。
「お姫様抱っこ? 何その面白そうな話。ミチノリさん後で詳しく聞いていい?」
「いいなあ、ポロリちゃんは。リーネもお姫様抱っこしてほしーなあ」
「甘井さん、兄妹で仲が良いのは構いませんが、お姫様抱っこまではどうかと」
僕をイジメから守ってくれると宣言したはずのネネコさんから、何故かイジメられているようだが、まあこの程度のイジメなら無害だろう。もしネネコさんがポロリちゃんに
もちろん、ポロリちゃんが無事であることが前提なのだけれど。
「あのっ、ポロリはネコちゃんと一緒にみんなの食器をかたしますから、ヨシノ先輩は、ここの席へどうぞ。――お兄ちゃんのとなりも
「え~っ? しょうがないな~」
僕はネネコさんの皿に自分の皿を重ね、トレイも重ねてネネコさんに渡す。
「ネネコさん、ありがとう。じゃ、お願いするね」
ポロリちゃんは素早く天ノ川さんの皿を自分の皿と重ねてトレイに乗せている。
「ありがとう。鬼灯さんは気が利くわね」
「いえいえ。では、お先にいってみます」(←注釈「失礼します」の地元方言)
どうやらポロリちゃんは上手く脱出できたようだ。
しかも、さりげなく首謀者のネネコさんを道連れにして、隣の部屋の2人に席まで譲っている。顔は既に真っ赤だったが、この気遣いはさすがだ。
2人が空けた席にヨシノさんとリーネさんが座る。
ヨシノさんが僕の正面。リーネさんは僕の左だ。
「それではミチノリさん、インタビューいいですか? 『お姫様抱っこ』って、いつどこで?」
「話すのは構いませんけど……ヨシノさんは、なんでメモを取ろうとしているんですか?」
「これがあたしの仕事だからです。心温まる話なら、みんな喜ぶでしょ?」
「みんなって、どこのみんなですか?」
「ここのみんなです。食堂だけじゃないですよ。優嬢学園の全校生徒です!」
「それって校内新聞とか?」
「正解! さすがミチノリさん。
ああ、それで今日は真っ先に
そういえばクラスメイトで僕が普通に会話できた人って、同じ部屋の天ノ川さんを除けば、まだヨシノさんだけだった。
「いいですよ。僕でお役に立てる事なら何でも聞いてください。えーと、さっきのお姫様抱っこっていうのは、昨日の入寮式の前、バスに酔った状態で部屋に入って来たポロリちゃんを、ネネコさんと協力してベッドまで運んであげただけです」
「ふむふむ、なるほど。では、ポロリちゃんに告白したというのは?」
「いや、それは違いますって! リーネさんから『ポロリちゃんのこと好き?』って聞かれたから、素直に『もちろん好きですよ』って、続けて『かわいい妹ですから。リーネさんもヨシノさんと仲良しなんでしょう?』って聞き返したんです」
「ふむふむ。それでリーネは?」
「何も言わずだまりこんじゃって……」
「ごめん。やっぱりあたしのせいだったか。それって仲良しじゃないって言っているのと同じだよね。それでミチノリさんとポロリちゃんの仲がいいのに嫉妬して、ミチノリさんを侮辱するようなイタズラをしたらポロリちゃんが泣いちゃって、それを見たネネコちゃんにお仕置きされちゃったんだね」
「その通りです。ほかに聞きたいことはありますか?」
「いや、もう充分だよ。ミチノリさん、ミルキー、今日はありがとうね。
――リーネ、帰るぞー。あたしだって寝ていたお前を部屋までおんぶして運んでやったんだから、少しは感謝してくれよ。お姫様抱っこくらいなら、あたしでよければいつだってしてやるから」
「うん。ごめんね、お姉ちゃん」
リーネさんは、こちらにペコリと頭を下げてから、ヨシノさんと一緒に部屋へと帰っていった。
「ふふふ、私たちも帰りましょうか」
天ノ川さんと僕も
「ただいまー」
部屋へ戻ると、ワンピースの部屋着に着替えたポロリちゃんが出迎えてくれた。
「お兄ちゃん、ミユキ先輩、おかえりなさい」
「ただいま、鬼灯さん」
天ノ川さんはポロリちゃんと挨拶を交わすと、すぐに洗面所へ入っていった。
「お兄ちゃん、だいじだった?」
「もちろんだいじだよ。ポロリちゃんが気を利かせてくれたお陰だよ」
「ネコちゃんには『みんなの前であんな恥ずかしいこと言わないで』ってポロリからお願いしたの」
「全部ホントの事だから、嘘ではないんだけどね。ネネコさんは何してるの?」
「予習するって、ずっとアイロンの説明書を読んでいるの」
アイロンを触りながら取扱説明書を読んでいるネネコさんに、洗面所から出てきた天ノ川さんが声をかける。
「ただいま。ちゃんと予習していますね。いい心がけです」
「あっ、お姉さま! おかえりなさい」
「鬼灯さん、ありがとう。ちょうどいい湯加減ですね」
「ネコちゃんが頑張ってるから、ポロリも出来る事からやろうと思って」
「甘井さん、鬼灯さんがお風呂の準備をしてくれましたので、もう入れますけど、いかがですか?」
「はい。すぐに入らせてもらいます。ありがとう、ポロリちゃん」
「えへへ。どういたしまして」
「甘井さん、もしよろしければ、今日は1年生の2人を大浴場に案内したいのですが、許可をいただけますか?」
「もちろんです。3人でゆっくりしてきて下さい」
「わぁ! 大浴場だって。ネコちゃん、早く準備しよう!」
「ボク、昨日お風呂に入ったから今日はいいや」
「いいや。じゃありません! さあ、行きますよ!」
「ポロリが、お背中洗ってあげるね! ネコちゃん!」
「そんなのロリの好きにすればいいじゃん……」
「うんっ! じゃあ行ご! ネコちゃん!」(←注釈「行こう」の地元方言)
こうして3人は着替えとタオルを持って部屋を出て行った。
しばらくは1人になれる時間なので、ゆっくりと風呂にでも入る事にしよう。
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