入寮3日目
第17話 姉は弟に起こして欲しいらしい。
3日目の朝。昨日と同じように、6時のチャイムで目が覚める。
今日は午前中に身体測定がある。土曜日なので午後は休みだ。
つまり授業は来週からという事になる。
隣のベッドを見ると、下段の天ノ川さんはいなかったが、上段ではネネコさんがまだ眠っていた。チャイムが鳴ったことに気づかないほど深く眠っているようだ。
僕の上段で寝ていたポロリちゃんの気配がないので確認すると、やはり、もぬけの殻だった。
僕は昨日の朝と同じように部屋着兼寝間着のスウェットのまま、とりあえず顔でも洗おうと、キッチンの裏手にある洗面所兼脱衣所に向かう。
洗面所には誰もいなかったので、そこで顔を洗っていると、トイレから水を流す音が聞こえてきた。
タオルで顔を
「天ノ川さん、おはようございます」
「おはようございます。今日もゆっくり休めましたか?」
「お陰さまで、ゆっくり休めています。今日は洗濯しないんですか?」
「パジャマも一緒に洗おうと思うので後にしておきます。それに、今日は
「ポロリちゃんはこんな早くからどこに行ったんですか?」
「食堂ですよ」
「もしかして朝食の準備ですか?」
「ええ、朝に強い子はあまりいませんから、早速お呼びがかかったようです」
「それで今日から?」
「そうみたいです。昨日、部長さんからスカウトされていましたから」
たしかに昨日、風呂上がりのネネコさんからその話は聞いていた。ポロリちゃんは料理部の部長さんからスカウトされて、料理部に入部することになったのだ。
「僕は、種をまく話しか聞いてなかったですけど……」
昨晩、ポロリちゃんは「でもね、明日はお料理じゃなくて種まきなの」と少し残念そうに言っていた。
「あまり心配かけたくなかったのではないですか?」
「僕に、ですか?」
「おそらく、そうだと思います」
食事の準備というのは、そんなに大変な仕事なのだろうか。どちらかというと、早く起きることの方が大変そうな気もするが、それは本人に聞いてみるのが一番だろう。
「今から行きませんか。食堂へ」
「そうですね。もう開いている時間ですし、そろそろ行きましょうか」
「それじゃ、僕はネネコさんを起こしてきます」
「よろしくお願いします。昨日は、なかなか起きなくて大変でしたから」
昨日のネネコさんは、なかなか起きなかったのか。それでも僕よりはずっと早く起きて洗濯を手伝っていたのだから、ネネコさんは偉いと思う。僕はネネコさんに何も言えない立場だ。
しかし、眠っているところを誰かに起こされるよりは、眠っている誰かを起こしてあげるほうが僕としては楽しい。相手がかわいい女の子なら、なおさらだ。
僕はベッドの
「ネネコさん、朝ですよ。一緒に食堂に行きましょう」
…………返事はない。ぐっすり眠っているようだ。
続いて天ノ川さんが、厳しく声をかける。
「ネネコさん! 起きないと置いていきますよ!」
…………それでも無反応だ。なかなか手ごわい。
仕方ない、奥の手を試してみよう。僕はネネコさんの耳元で、一昨日ネネコさん本人から教わった
「ネーちゃん、朝だぞ!」
ネネコさんは家ではこうやって、弟さんに毎日起こされていたらしい。
「えっ! トラジ! なんで?」
ぐっすり寝ていたはずのネネコさんが、驚いた顔で目をパッチリと開けてキョロキョロしている。どうやら上手くいったみたいだ。
弟さんと僕は、声が似ているのだろうか。
「おはよう、ネネコさん」
「なんだ、ミチノリ先輩か……」
僕と目が合ったネネコさんはとても残念そうな顔をした。僕では弟さんの代わりにはならないようだ。
「ネネコさん、朝食の時間です。食堂へ行きますよ」
「おはようございます、ミユキお姉さま。すぐに支度します」
それでも、お姉さまの指示にはすぐに従うようで、ネネコさんは急いで顔を洗って戻ってきた。
「それじゃ、行きましょうか」
3人で食堂へ向かう。
食堂に到着するとテーブルを拭いていた
「えへへっ、いらっしゃいませ、おはようございます」
「おはよう、ポロリちゃん」
「おはようございます。鬼灯さん、朝から頑張っていますね」
「ネコちゃん、今日はちゃんと起きられた?」
「ボクはまだ眠いよ。なんでロリはこんなに早いの?」
「ポロリは朝には強いの。その分、夜はすぐに眠くなるの」
「ボクは昼寝してもまだ眠いのに」
「食べれば目が覚めます。まずは座りましょう。昨日と同じ席でいいですね」
朝食をトレイに乗せて、昨日と同じ席に座る。
昨日と席は同じだが、今日の朝食は昨日と違い、パンではなくご飯だった。
ご飯、みそ汁、のり、玉子、納豆、焼き魚など、定番の品揃えだ。セルフサービスで選べて、おかわりも自由である。
「では、お茶をどうぞ」
ポロリちゃんが慣れた手つきで4人分のお茶を用意してくれた。
朝食準備の仕事は終わったそうで、そのまま仲間に加わり、僕の正面に座る。
「鬼灯さん、お疲れさま。割烹着がよく似合っていますよ」
「ロリは何を着てもかわいいからね」
「うん、よく似合ってる。今日はどんな仕事だったの?」
「ポロリは卵を割ってたの。こんなふうに」
ポロリちゃんは、自分のトレイにある生玉子をお皿の縁に軽く当てると、器用にパカッと2つに割り、中身だけ皿の上に落した。
「何個くらい?」
「たぶん50個くらい。そのあと、それをかんまして、焼いたのがこれなの」
ポロリちゃんは、僕のトレイに乗っている玉子焼きを指差す。
「かんまして」というのは「かき混ぜて」という意味だろう。
「そうだったんだ。早速いただいてみるね」
僕は玉子焼きを一口食べる。思っていたより甘い。
「けっこう甘いね。でも甘くておいしいよ」
「女の子は、みんな甘いものが好きですからね」
「なんでロリの分は生玉子なの?」
「ポロリがお手伝いした分の玉子焼きはね、みんなに食べてほしいからなの」
ポロリちゃんは、そう言いながら自分で「かんました」生玉子をご飯にかけた。
「朝は人手が足りないの? 僕も何か手伝えることがあれば協力するけど」
「えーとね、パンのときは、あんまり忙しくないみたいだけど、ご飯の時は大変みたい。お兄ちゃんもポロリと一緒にお手伝いする?」
「僕にでも手伝えそうな仕事があれば手伝いたいけど、どうだろう」
「私も朝食準備のお手伝いは何度かしたことがありますけど、力仕事も結構ありますよ。お米を運んだり、大根をすりおろしたりするのは、体力がある人の方が向いていると思います」
力仕事か……。特に体力に自信があるというわけではないが、ポロリちゃんよりは僕の方が力仕事には向いているだろう。
「なら僕も次は手伝わせてもらおうかな」
「うんっ、部長さんに、お兄ちゃんもお手伝いしてくれるって伝えておくね」
「よろしく。ところで、ネネコさん、また寝ちゃったみたいだね」
「あら、ネネコさんは本当に朝が苦手なようですね」
「ネコちゃん! 朝だよ。起きないと遅刻しちゃうよ」
同じ呪文は2回使えるのだろうか。周りにいる人に聞かれるとちょっと恥ずかしいので、僕は耳元でネネコさんだけにしか聞こえない小さな声でささやいてみた。
「ネーちゃん……朝だぞ……」
「あっ、ごめん、トラジ……なんだ、またミチノリ先輩か」
僕と目が合ったネネコさんは、さっきと同じ、とても残念そうな顔になった。
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