第10話 セーラー服はとても地味らしい。

 食堂で朝食をとった後、4人で101号室に戻り、洗面所で2人ずつ横に並んで歯を磨く。


 先に歯を磨いているのは、天ノ川さんとネネコさんの姉妹だ。僕はポロリちゃんと一緒に世間話をしながら、少し離れた所で洗面台が空くのを待っている。


 女の子の歯磨き――それは今までの生活では絶対に目にすることのできない美しい光景だった。歯磨きにはパジャマ姿がよく似合う。決して歯ブラシと連動する天ノ川さんの胸の揺れに惑わされているというわけではない。……ということもないかもしれないが、これが制服姿だったら、おそらく違和感があるだろう。


 パジャマのままで朝食をとるのは「はしたない」行為なのかもしれないが、その後に歯磨き、着替えの順に行動するのならば、これはなかなか合理的だ。


 早起きして早めに食事すれば食堂も空いているし、食後の時間には余裕がある。

 常にゆったりと行動するのなら、服装もゆったりとしていたほうがいい。


「ふふふ……、お待たせしました。どうぞ」


 天ノ川さんとネネコさん、姉妹の歯磨きが終わり、兄妹で場所を譲ってもらう。


 2人で仲良く横に並んでシャカシャカと歯を磨き、ときどき鏡越しにポロリちゃんと目が合う。僕にとっては、とても新鮮な感覚で、いやされる気分だ。


 全員が歯を磨き終えると、次は着替えだ。


「僕はこっちで着替えていますから」


 みんなと同じ部屋で着替える訳にはいかないので、僕はハンガーに掛けてあった制服の上下と、引き出しからワイシャツとTシャツと靴下を持って3人に部屋を譲り、逃げるように洗面所兼脱衣所に戻る。


「ごめんなさいね。気を遣わせてしまって」

「いえいえ、気にしないでください」


 脱衣所の奥には先ほど干したばかりの衣類が頭上にずらりと並んでいる。天ノ川さんは「すぐに慣れますよ」と言ってくれたが、視界に入ると気になってしまう。


 本当に慣れるのだろうか。もし、この光景に慣れてしまったなら、それは残念な事なのではないか。……そんなことを考えつつ、天ノ川さんのカラフルな下着を眺めながら、僕は学ランに着替える。


 詰襟が硬くて首に当たると痛い。中学のときもずっと学ランだったけれど、学ランを着るたびにそう思う。やっぱり慣れるのって大変な事だと思う。


「ミチノリ先輩、準備できた?」


 早々とセーラー服に着替え終わったネネコさんが、洗面所に入ってきた。


 当たり前だが、天ノ川さんが昨日着ていたセーラー服と全く同じデザインだ。学年によってリボンの色が違うということもない。濃紺のセーラー服に黒いリボン。このまま葬式に行っても違和感がないような、実に地味な制服だ。


「どう? ヘンじゃない?」


 ネネコさんが大きな鏡の前でくるりと回ると、ひざの下まである長めのスカートがふわりと広がる。制服に着替えただけでお嬢様っぽくみえるのは不思議だが、決して変ではない。


 ネネコさんは言動や雰囲気が男の子っぽいだけで、この学園の美しいお嬢様がたに交じっても、埋もれてしまう事がないほどの美少女なのだ。とてもよく似合っていると思う。


「うん、かわいいし、よく似合ってるよ」


「よかった。でも、スカートって苦手なんだよね。ボク、普段こんなの、はかないから、お尻がスースーして落ち着かないよ」


 お嬢様としては残念な発言に、友達としては、ちょっと安心する。


 お姉さまの指導で「ボクっ子」になっても、お嬢様学校の制服を着ていても、中身は昨日のネネコさんのままだった。


 ちなみに僕は自分の事を僕「↓↑」というが、ネネコさんはボク「↑↓」だ。

 イントネーションは逆である。


「ボクっ子」を声に出して読んだときに「っ子」を取ったのが僕だ。

 この説明でお分かりいただけただろうか。


「ネネコさん、リボンが少し曲がっていますよ」


 続いて入ってきた天ノ川さんは、昨日と同じ慣れた着こなしで、妹の服装を整えてあげている。微笑ましい光景だ。


「ありがとう、ミユキお姉さま」


 最後にポロリちゃんがそばまで来て、僕に制服姿を見せてくれる。


「あの~、お兄ちゃん……ポロリはどうでしょうか?」


 当人は自信なさげではあるが、3人の中で、この地味なセーラー服が最も似合うのは間違いなくポロリちゃんだ。同じ服を着て可愛らしさを競った場合、体のサイズが小さいほうが圧倒的に有利である。


 ひざはスカートの奥に完全に隠れ、手のひらもそでに隠れ、髪型も小さな女の子ほどよく似合う短めのツインテール。まさに完璧といっていいのではないか。


 どこからどう見ても小学生にしか見えないが、ポロリちゃんはそれでいい。

 いや、それがいいのだ。


「似合ってるよ。すっごくかわいい!」


 お世辞や気の利いたセリフが言えない僕でも、何の躊躇ためらいもなく自然にこんな言葉が口に出てしまう。ポロリちゃんの可愛らしさは、それほどに抜きんでていた。


「お~っ! さすがロリだな! ボクよりずっと似合ってるよ!」

「ネネコさんもすごくかわいいですけど、鬼灯ほおずきさんには誰もかないませんね」


 2人も同意見のようだ。僕の目に狂いはない。


「そ、そんなことないよぉ」


 ポロリちゃんは小さな手のひらを2つこちらに向けてぷるぷると震わせている。

 本人は気づいていないのだろうが、そんな仕草がさらにかわいい。


「あの、あの、ポロリはちょっと、トイレをお掃除してくるの……」


 ポロリちゃんはルームメイト全員から褒め殺しにされて、真っ赤な顔でトイレに逃げてしまった。


 ――これ、イジメじゃないですよね。


「では、私たちは先に体育館へ行きましょうか? 甘井さんは新入生ですが、編入扱いなので4年生の席です。


 ネネコさんは鬼灯さんと一緒に8時半までに体育館入り口の新入生の集合場所まで行けばいいから、遅刻しないようにね」


「はい、わかりました。センパイ、お姉さま、いってらっしゃい!」


「いってきます」


 ネネコさんに見送られ、天ノ川さんと僕は先に体育館へと向かう。


「ポロリちゃん、いってきます!」


 部屋を出る前に僕がトイレに向かって挨拶あいさつをすると、ポロリちゃんはすぐに部屋の外まで出てきて「いってらっしゃい」とかわいい声で挨拶してから、笑顔でこちらに手を振ってくれた。

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