第6話 かわいい妹は料理を学ぶらしい。

「あの~、みちのりお兄さま?」


 ホオズキさんがこちらの様子を探るように声を掛けてくれた。


 となりの姉妹にすっかり気を取られてしまったが、僕のパートナーは正面に座るホオズキさんだ。


「いや、お兄さまはちょっと……」


 僕は天ノ川さんと違って、さま付けで呼ばれるほどのことはしてあげられそうにないし、ホオズキさんも呼びづらそうだったので、やんわりと断る事にした。


 すると、ホオズキさんは少し考えてから、今度は自信満々に声を掛けてくれた。


「じゃあ、みちのりお兄ちゃん! ……でいい?」


 そんなにかわいい声で聴き返してこなくても、もちろんいいに決まっている。

 でも、僕はどう返せばいいのだろう? どういう返事が正解なのだろう?


 ――それは、今日ネネコさんに教わったばかりだった。


『オレが名前で呼んでるのは、オレも名前で呼んでほしいからなんだぜ!』


 そうか。ちょっと僕にはハードルが高いけど頑張ってみよう。


「かわいい妹ができて嬉しいです。よろしく、ポロリさん」


 僕は精一杯の対応をしたつもりだったが、ポロリさんは笑顔で首を横に振った。


「いや、ポロリさんはちょっと……」


 否定されたはずなのに、いやがっているようには全然見えなかった。


 ――ああ、そうか。これはきっと僕の真似まねをしているんだ。


 こうやって僕に波長を合わせてくれているのか。

 そういうことなら、僕もそのまま真似してみよう。


「じゃあ、ポロリちゃん! ……でいい?」


 声や表情の可愛らしさに関しては真似のしようもないが、さっきのポロリちゃんと同じように返すと、ポロリちゃんは大喜びで笑いながら返事をしてくれた。


「うんっ! よろしくね! みちのりお兄ちゃん!」

「よろしく、ポロリちゃん」




 挨拶あいさつは無事に出来たものの、そこから会話が続かない。


 かわいい女の子を前に緊張している――というわけでもないし、ポロリちゃんに全然興味がないというわけでもない。それなのに自分からは何を話していいのか分からないし、何を話せばこの子が喜んでくれるのかも全く見当がつかない。


 あまり人と話すのが好きではなかった僕には、そもそも自分から会話を切り出す技術というものが無かったのだ。


「お兄ちゃんはどこから来たの?」


 何を話そうか考えていたら、先にポロリちゃんから質問された。


「えっ?」


 聞いてなかったわけではないが、少し驚いてしまった。もしかしたら僕は迷子になった子供と同じような顔をしていたのかもしれない。


「おうちはどこなのかなって思って」


 そうか、共通の話題を見つけられないときは、こうやって相手に興味を示せばいいのか。


「僕の家は東京都内だよ」


「わー、東京から来たの? すごーい、お兄ちゃん都会の人なんだね」


「う~ん、東京という場所はすごいところなのかもしれないけど、僕自身は全然すごくないよ。ポロリちゃんはどこから来たの?」


「ポロリのうちは地元なの。この学校のバス乗り場がある、駅のすぐ近く」


「……ということは、さっき聞いたのは地元の言葉だったんだ」


「……ああ、ポロリ、さっきはお姫様みたくだっこされたっけ、安心したんさ」


 ポロリちゃんは少し恥ずかしそうに、最初に会った時の口調で返してくれた。


「そうそう、そんな感じだった。もっとしゃべってみてよ」


「だめだよぉ。ポロリは東京の言葉を覚えるんだから」


「大丈夫だよ。ポロリちゃんは東京の言葉も上手に話せているし、地元の言葉と両方しゃべれるんだから、僕なんかよりずっとすごいよ」


「ホントに、だいじ?」


「もちろん。ポロリちゃんなら、だいじだよ」


「あのね、これが通じれば地元の人なの。『だいじ?』とか『だいじけ?』って聞かれて大丈夫だったら『だいじだー』とか『だいじ、だいじ』って」


「なら、僕も仲間に入れてもらえるかな。ここには知り合いもいたりする?」


「うんっ、一緒に合格したお友達もいるし、先輩の中にも知っている人は何人かいるの。よくうちに制服を着たまま来てくれるから」


 うちに制服を着たまま来てくれる?


「それって、ポロリちゃんの家はお店か何かやっているってこと?」


「えーとねっ、お母さんが小さな食堂をやってて、ポロリもときどきお手伝いしてるの。お客さんにお水を出したり、注文を聞いたりするの」


「お母さんが」ってことは、お父さんはいないのかな。それは聞かないでおこう。


「偉いな~。ウェイトレスさんか。小学生でおうちの仕事手伝ってたんだ?」


「えらくないよぉ。まだポロリはお料理のお手伝い、ちっともできないし……。

 それでね、ここで『お料理を勉強しよう』って思ってるの」


 ポロリちゃんはしっかりと目標を持ってここに来ているのだ。花婿修業を口実に東京から逃げてきただけの僕とは大違いだ。


「いや、とっても偉いよ。ポロリちゃんが偉くなかったら、僕なんかどうしようもない人間で、今すぐ死んだ方がいいくらいだ」


「死んじゃだめだよぉ。お兄ちゃん、今度うちにお母さんの料理を食べに来て! そうすればきっと『生きててよかった』って思うから」


「そんなにおいしいんだ。それは楽しみだね。お店はなんて名前なの?」


「えへへっ……」


 ポロリちゃんは今までで一番嬉しそうに笑いながら店の名前を教えてくれた。


「ぽろり食堂っていうの。ポロリと同じ名前なの」


「うん。いい名前だね」


 ――僕はこのとき初めて気づいたのだ。


 ポロリちゃんの名前の意味が「おっぱいポロリ」ではなく「ほっぺたポロリ」だということに。

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