第5話 入寮式にはご馳走が出るらしい。
「あっ! もう、こんな時間です。そろそろ食堂に行かないと、入寮式に遅れてしまいますね」
時刻は午後6時25分。天ノ川さんの一声で、僕たちは速やかに上着を着てからスリッパを履いて廊下に出る。他の部屋の生徒たちも、ぞろぞろと食堂に向かい始めており、辺りはだいぶにぎやかだ。
「入寮式って何するんだろうね?」
「ポロリはね、きっと、ごちそうが出ると思うの」
「マジ? チョー楽しみじゃん」
「ネコちゃんは、どんな食べ物が好きなの?」
「え~、オレはやっぱり肉かな。魚も好きだけどね」
ネネコさんとホオズキさんは、2人並んで楽しそうにおしゃべりしながら歩いている。もうすっかり打ち解けているようだ。
上の階からは先輩方が階段を降りてきている。
「ヤバ、今日から男子もいるんだっけ?」
「さすがに、この格好じゃまずいね。いったん戻ろう」
下着が透けて見えるような薄いパジャマを着た先輩方が僕に気づき、恥ずかしそうに部屋に戻ってしまった。
僕にとってはラッキーなイベントなのかもしれないが、先輩方から自由を奪ってしまったような気がして、なんだか申し訳ない気分になる。
「食堂ってオレたちの部屋が1番近くね?」
「うんっ、とっても近いの」
玄関前のロビーを通り、奥の部屋が食堂だ。ネネコさんとホオズキさんの言う通り、101号室からはとても近い場所にある。
天井が高く、教室3つか4つ分ほどの広いフロアには、部屋ごとに割り当てられた長方形のテーブルがあり、座る場所まで決められていた。
テーブルは縦に3列で各列9卓、つまり全部で27卓。各テーブルに4人ずつとすると寮生は全部で108人という事になる。
僕たちの席は一番右の最前列で、僕の左に天ノ川さん、向かいにホオズキさん、ホオズキさんの隣、僕の左斜め前にネネコさんが座る。
僕の席からの眺めは、視界に入る限り生徒は全員女子だった。しかも、全員の容姿が一定の水準を満たして整っており、見た目の悪い人や太りすぎに見えるような人は1人も見受けられない。
――これがお嬢様学校か。
ある意味とても素晴らしい環境で、雰囲気も悪くは無い。だが、ここに僕が居ていいのだろうか。そういった場違いな感じは
全員が席に着くと見覚えのある初老の女性が
「新入生のみなさんには初めまして、在校生のみなさんには改めまして本年度も寮長を務めさせていただきます
寮長の子守先生が頭を下げると皆一斉に頭を下げる。もちろん僕も下げる。
「さて、まずは真ん中の列から。2年生と5年生は姉妹との生活にも慣れ、緊張感が薄れる時期です。部屋が1階から2階に替わりましたが、間違えて新入生の部屋に帰ってしまう生徒が毎年必ずいますから、ここから帰るときは、よく注意してください」
左のほうの先輩たちがどっと笑う――たしかに部屋を間違える人はいそうだ。
「続いて、こちらの列。6年生はこの寮での最後の1年となり、3年生は先輩から教わることができる最後の1年となります。今まで以上に上品で優れたお嬢様になれるよう
2年生と5年生、3年生と6年生か――なるほど、どの部屋も同じ部屋の先輩と後輩は3歳差というわけか。
「最後にこちらの列のみなさん。1年生は入寮おめでとうございます。そして今年から、わずか1名ではありますが、4年生に男子生徒が加わりました。こちらの席に座っていらっしゃる方が、
――男子生徒は僕だけ?
たしか合格者は3名だったはずだ。ほかの2名は、どうしたのだろうか。
立ち上がってやや左を向いて会釈すると、この場に集まっている全生徒がこちらに注目し、拍手が沸き起こる。いやな気分ではないが、ものすごく緊張する。
「今日ここに来る途中に、彼を見かけて慌てて部屋まで着替えに戻った生徒が何人かいましたが、それも学園としての狙いのひとつで、初日から効果があった事は大変喜ばしく思います。
恥じらう心が無ければ人は成長しません。着替えに戻った人は彼のお陰で、少し恥ずかしい思いをすることによって成長できたということです。甘井さん、ありがとうございます。どうぞお掛けください」
子守先生がこちらに頭を下げる。僕も頭を下げてから着席する。
「ほかの4年生のみなさんは今日からお姉さんです。昨年度の卒業生に教わったことを、今度は新入生に伝えてあげてください。甘井さんはお兄さんとして男性の視点から気づいた点を指摘してあげてください。
今向かい合って座っている生徒同士が、同じベッドの上と下に寝る姉妹もしくは兄妹となります。このパートナーは2月に行われた入学試験の際の適性検査と、面接時に行ったアンケートの結果などを考慮し、最も相性が良いと判断された組み合わせになっておりますから、これから3年間ともに歩んでください」
前の席のホオズキさんと目が合う。僕と目が合った事が嬉しかったようで、ホオズキさんは少しはにかみながら小さな口を開けて「えへへ」と笑う。僕も笑顔で応えたつもりだが、慣れていないので多少顔が引きつっていたかもしれない。
ホオズキさんは僕が持っていないものを沢山持っている気がする。この子から僕が学べることは沢山あるだろうと思う。しかし、いったい僕がこの子に何をしてあげられるというのだろう……それでも何とかしないといけない。しかも3年間だ。責任は重大だ。
「以上を持ちまして私からの挨拶とさせていただきます。それでは食事の準備もできたようですので、全てのテーブルに行き渡るまで新しい家族と歓談しながらお待ちください」
どこからともなく拍手が沸き起こり、あたりは急に騒がしくなる。拍手がやんでも楽しそうな話し声はあちこちから聞こえてくる。
「やったあ! ミユキ先輩がオレのお姉ちゃんだって! すっげー嬉しい!」
ネネコさんが大喜びしている。おっぱいが大きくて面倒見がよくて、
「ネネコさん! 私の妹になるのでしたら、まずは言葉遣いから直してもらいます。今からオレは禁止です! 分かりましたか?」
天ノ川さんが早速指導を開始する。
「はいっ! 分かりました! ミユキお姉さま!」
ネネコさんはその命令に対し何の抵抗もなく素直に受け入れた。
「よろしい!」
――これが「相性が良い」という事なのか。正直驚いた。
ネネコさん相手にあんなこと、僕には絶対に言えないだろうし、仮に同じことが言えたとしても、素直に聞き入れてはくれないような気がする。
ほんの1時間ほど前に初めて出会ったとは思えないほどに、2人の息はピッタリと合っており、そんなことが簡単にできてしまう2人が、僕にはとても羨ましく思えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます