6.騎士道

 奇妙な三人チーム結成から二週間弱。時間は矢のように過ぎていました。

 初心者の香耶乃かやのはもちろんのこと、ヘビィバトル未経験な四夏も同じ基礎トレーニングを受けなければならず。

 重いスチール鎧を着ての受け身や構えは思った以上にライトバトルと異なり、順応に手間取っています。

 大会は間近にせまっていて、四夏は毎日放課後返上でさくのシゴキを受けているのでした。


「今日もよく寝た……」


 放課後、あくびをかみ殺しながら教室を出ます。

 体力の温存と称して午後の授業で惰眠だみんをむさぼることは、四夏の実のない社会への不満をほどよく解消してくれました。今ならお父さんにも少しは優しくなれそう。

 いっぽうで先生たちは真面目だった四夏が唐突に振りきれたことに恐々としていたのですがそれはそれ。


「くぁ……ぁ?」


 ぽやっと廊下の日なたを歩いていた四夏が目をぱちくり。

 階段の陰で、見知った顔が追いつめられていました。


(杏樹ちゃん?)


 壁を背にした彼女を囲むのは二人の男子。身長は杏樹と同じくらい、中学生でしょうか。


「……!」「~~、~~っ!」


 外国の絵本から抜け出て来たような坊ちゃん刈りと、少年コミックから飛びだしたようなツンツン頭。どちらもなかなか美少年。

 二人は競って杏樹に詰め寄り、杏樹はオロオロとそれを押しとどめている様子。


(ひゅー、モテモテ)


 投げやりにはやして立ち去ろうとしたとき、絵本少年が杏樹の横の壁にドンと手をつきます。

 びくっとこわばった杏樹の顔をみて、四夏は嘆息。

 コミック少年が絵本少年をつきとばし、今度は自分が逆側に手をつきました。わちゃわちゃと数度入れ替わったあと、結局両者片方ずつ。

 弱りきった声を上げてしゃがみこんだ杏樹の前で、四夏は二人分の腕をねじりあげていました。


「うわっ」「ぐあっ」


 同時に足を払うと少年たちは二人そろって尻もち。この辺の要領は最近の特訓のたまものです。鎧を履いていない足の軽いこと軽いこと。


「四夏ぅ……!」


 ぱあぁ、と顔を明るくしてもぶれつく幼なじみをひきはがして訊ねます。


「お邪魔じゃなかった?」


 ぶんぶんと横振られた首がまたすぐさっと伏せられます。少年二人が立ちあがっていました。


「あなたは」「お前ッ」

「いいから、順番にきくから」


 くってかかってくるのを身長差で押しとどめ、話を聞くと。


「はあ、つまり勘違いさせちゃったと」

「うん……」


 目元を赤くしてうなずく杏樹。

 きけば少年二人は中学時代の部活の後輩で、杏樹が自分たちのことを好きだと信じて疑わなかったものの、進学するなり彼女は音信不通になり。

 高等部へ押しかけてみれば本人はそんなつもりは全くなかったと。


「だ、だって! 二人ともチヤホヤしてくれるんだもん、愛想あいそくらい良くしなきゃ悪いじゃん!」

「こういう子なんだ。怒りたくなるのもわかるけど悪気はないの。これ以上おどかさないであげてくれる?」


 一応フォローしたうえで杏樹の口からお断りの言葉をうながします。

 あきらかに不本意げな二人はそれでも渋々と帰っていきました。

 シュンとうつむいたままの杏樹にどう声をかけていいか四夏はわからず。


「えっと、杏樹ちゃんの中学の部活って」

「……声劇部。脚本よんだり即興で演技したりしてたの。だいたいあたしがヒロイン役で」

「あー」


 ずっと昔に聞いたような。それはなんというか、複雑な感情がうまれそうな気はします。妙に芝居がかった二人の態度にも納得。


「あたし、人間関係ヘタなのかなぁ。こんな失敗ばっかり」

「杏樹ちゃんの明るいとこ、わたしは好きだよ」


 かがんで目線を合わせようとするも当人は力なく頭をふるばかり。


「もっとちゃんとした自分がほしい、流されるんじゃなくてあたしはこう、って」


 ウェーブした髪へさし込まれた白い指が、爪を立てるように関節を浮かび上がらせます。


「頭の中が人の声でいっぱいになるの。親とか、友達とか。あたしの頭なのに、それしか、なくて……」


 座り込んだままうなだれる杏樹と、その背中をさする四夏。

 四夏は何年か前、すっかり立場が逆だった時を思いだしていました。


 急にお父さんに対していらだつようになり、ともなってお姉さんへの気持ちまでがとがっていったあのころ。

 自分の変化について行けずふさぎがちだった四夏に、ふと訪ねてきた杏樹はバレエのコンクールのチケットをくれたのでした。


「杏樹ちゃん、わたしね――」


 四夏は自分のここ半月ほどのことを話します。これからのことも。

 杏樹は驚いた様子で見上げました。


「大会……に、出るの? 剣術の? 四夏、もうずっとやめてたんじゃなかったの?」

「そうだったんだけどね。なんか急に。これも流されたっていうのかな、アハハ」


 我ながらぎこちない作り笑い。

 スンとまた表情を曇らせた杏樹を前にして、ヨコさんの言葉がよみがえります。


『――騎士道なんて格好つけたい時と誰かを助けたいときにだけ思いだせばいい』


 四夏は少しだけ意を決してもちかけました。


「杏樹ちゃん、ハンカチかなにか貸してよ。わたし、それ結んで試合に出るからさ」

「え……?」

「騎士の誓い。あなたのために戦いますっていう」


 杏樹の前に片膝をつくとその顔を正面にとらえて。

 ややあって、杏樹の耳がぽんっと赤みを増しました。


「な、なんっ、そん……っ?」

「一回やってみたかったんだよね。別に観にこなくていいからさ、駄目?」


 騎士が高貴な女性へ思いを伝えるための決闘トーナメント。それはひいては深窓の貴婦人の存在そのものを城の内外へ誇示するものでもあったといいます。


「ぃ、いいよ、いいけど」


 カバンから取り出される薄いオレンジのハンカチ。

 物言いたげな杏樹からそれを受け取る直前、四夏はその手を自分の両手で包んで言いました。


「杏樹ちゃんは杏樹ちゃんだよ。誰の声がしたって、そこから先は言うのもするのも杏樹ちゃん。だから」


 一転して不安そうな彼女からハンカチを抜きとると、軽く自分の右手首へ結びつけます。

 突き放すように立ちあがってから、その右手を差し出して笑いました。


「ありがと。これで頑張れると思う」

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