7.リベット穴

 数分後。


「ひっ、ひっ、まいったヒクッ、まだ仕掛けはっ、あるんだがヒッ」

「おじいちゃんもうやめて! アタシたちこんなのじゃ諦めないから!」


 涙ながらに言いすがる朔をみて流石に省みるところがあったのか、じょじょに落ち着いていく花山翁の呼吸。

 ごろりと横倒れになると天井を見上げてひとりごち。


「……いやァでもなぁ、朔に変なこと教えるなって清美きよみさんがおっかなくてねぇ」

「お母さん? お母さん怖がってここまでしてたのっ?」

「聞きな朔、台所を押さえたもんが一番強えんだ。だから料理を勉強しな」

「やだ聞きたくなかったそんな理由!」


 四夏は【#7119】の準救急ダイヤルを準備していた電話をしまってから口を開きます。


「あの」


 こちらを向く翁の顔。


「それ、わたしは関係ないですよね」


 スッと逸らされる目。


「いやいや、一応な、お前さんも女の子なんだから」

「どうして二人そろって人を準女の子扱いするんですか?」


 そりゃいかにも女の子女の子した朔に比べればガサツかもしれないけど、と四夏は内心ヘコみます。


「いやいや、でもな片っぽに教えてもう片っぽには教えないんじゃ可哀想だろう」

「それでわたしにムカデとネコとヤモリを?」

「悪かったと思ってるよ……わるかったと…………」


 翁は首をすくめるように腕組みすると、それきりうつむいてしまいました。

 その肩をゆする朔。


「おじいちゃん、起きて。……あの、あんまり難しいこと言わないでください」

「なにもっ、むずかしいこと、言ってないっ」


 四夏は無性に時間を浪費ろうひしている気がして、でもどうすることもできず膝の上で拳をにぎります。


「……わたしは、自分の気持ちを形にしたいんです」


 なんとなく見当はついていました。

 プレゼントが決まらないのは自分の心が定まっていないからだと。贈り物に託すモノが曖昧あいまいなままだからだと。


「人任せじゃ駄目なんです。その気持ちが何なのかまだ分からないから。自分で、向き合わないと」


 だから諦めようとは思えませんでした。

 ガントレットを見たとき感じた形やイメージは今、四夏の胸の想いをかたどるものでもあるのです。


「…………」


 白い眉毛の下でしばたいた目がじっと凝らされました。


「感動しましたっ!」


 やにわに駆け寄ってきた朔が四夏の手をとります。


「アタシ応援しますセンパイのこと! ぜひお手伝いさせてください、それならいいでしょおじいちゃんっ?」

「ん、んん、そうさな」


 親しげな笑みに不穏さを感じて身を引くも、がっちりと両手は包まれて離れません。

 いつの間にか作業にまで加わろうとしている朔を四夏はにらみ。


「……ちょっと」

「ゴネないでくださいよ、本当に初心者一人で一か月なんて無茶ですから。アタシ大体の手順は見て知ってますし」


 顔を寄せて囁かれ、その小器用こきようさが問題なんだと眉を寄せました。もし四夏より上手く作業されようものなら立つ瀬がありません。万が一、不出来な自分の工作と左右で比べられでもしたら。

 懸念をよそに花山翁はやれやれといった様子でうなずきます。


「わかった。壊れがひどいのは右手だけ、左はバラして部品交換すれば充分だ。右手をお前たち二人で作るんなら何とかなるだろう」

「「え」」


 四夏と朔は互いに顔を見合わせました。





 次の日からは連日、花山翁の工房に詰めることになりました。

 いくらか片づけられた座卓で、翁が数センチ四方の金属板をつまみあげます。


小札こざねは指一本につき五枚。指の各甲に一枚ずつと、関節に一枚ずつ。それぞれ指に合わせてカーブを付ける」


 まだ一枚だけのそれが戻されると、部屋のすみから小人のテーブルみたいな木の台が引き出されてきました。

 表面にクレーター状の丸いくぼみが大小彫られています。


「このへっこみに小札を当てて、上から木槌で叩く。元のパーツを見ながら、おんなじ曲がりになるまでね」


 翁のわきにはバラバラに分解された左のガントレットが並べられています。


「手の甲と手首もおんなじ。小札は三枚、指と合わせると二十八。線は引いたからあとは金切かなきりバサミで切り出すだけなんだけど、やるかい?」


 パンにのせるスライスチーズより分厚そうな鉄板が差し出されます。裁縫さいほう型紙かたがみみたいにサインペンで形が描かれていました。

 ぴっと先んじて手があがります。


「アタシやりたい!」

「朔には聞いてないよ、そっちが優先だ」


 改めて水をむけられ、四夏はぐっと姿勢を正しました。


「やります」


 初めてさわる、画用紙よりずっと重い鉄板と、複雑な機構のついたゴツいハサミ。


「指の鎧は剣士の命だ。1ミリ足りなきゃ肉に食い込むし、広けりゃ引っかかって邪魔になる。丁寧にね」


 口内をきゅっと引き締めた四夏は、慎重な動作でハサミを動かします。1ミリ以上はある鉄板がまるで厚紙のように分かれていくのが不思議でした。


「ねえおじいちゃん、アタシもやっていいでしょ? いいよね?」


 一枚を切り抜いたとき、ついに焦れた朔が抗議。

 二本目のハサミで作業しはじめた彼女の手元を、やれやれと花山翁はのぞいています。


「早くやろうとするんじゃないよ。朔はせっかちなんだから」

「はーい、わかってまーす」


 調子軽く返事をする朔。


(本当かな……)


 こうなっては百歩譲って一緒に作るのはやむを得ません。が、お姉さんに渡すものなんだからちゃんとして欲しいと四夏は横目にそれを窺います。

 けれどそんなよそ見をしていると。


「ぁ」


 鉄板の黒い型線をわずかに割り込んだ自分のハサミを見下ろします。

 小さな悲鳴をききつけた花山翁がやってきて、それに目を近づけました。


「これはやり直しだ。ゆっくり集中しておやり。半人前が二人いたって一人前にはならないんだからね」


 反省。自分だって上手くできるかわからないのに、人にそれを求めるのは傲慢ごうまんです。四夏は二人へ向けるつもりで頭をさげました。


「はい、ごめんなさい!」

「いい返事だ」


 鉄板の余った部分に同じ線を引いてもらい、改めて作業にかかります。

 午前中をほとんどいっぱいに使って二十八枚の切り出しは完了しました。切り抜いた総数は四夏が十三枚、朔が十五枚。手首まわりの大きなパーツを担当したとはいえ、差をつけられて四夏は気合を入れ直します。

 花山翁がいいました。


「リベット(鋲)を打つための穴を小札に開けるけれど、これは危ないからあたしがやろう。ドリルを当てる場所を先にでへこませておく。それはお前たちがやっとくれ」


 小札の両端に一つずつ、太い釘みたいな工具をあてがいハンマーで叩いてくぼみをつけていきます。


「軽くでいいよ。指を叩くのもばからしいから」


 最初は緊張していたものの慣れればそう難しくはありません。コツッと打つだけで簡単にくぼみがついていきます。

 そのうち対面で同じく作業していた朔がぐーっと体をのばしました。


「う~っ首いたぁ、センパイ休憩しませんかぁ」

「いいよ、休んでて」


 自分が言いだしたことという自負もあって四夏は手を止めません。まあ実際は少しでも担当する作業を増やしたいという涙ぐましい下心でしたが。


「あっそうですか、じゃお昼の準備してきまーす」


 立ち上がった朔はパタパタと部屋の外へ。いつのまにか時間は正午を回っていました。

 ――――。



「どうぞ、お素麺そうめんですけど」


 ガラスのボウルの水底で、迷路みたいな白い麺が渦を巻いています。

 ものの十数分で座卓に並んだそれを見て四夏は空腹感におそわれました。付け合わせは錦糸タマゴとハム、キュウリ。薬味はのりにショウガ。


「あぁ、こりゃあうまそうだ。朔はいいお嫁さんになれる」

「やだージジくさー」


 三人で手を合わせた後、ちゅるちゅると吸い込むと優しいダシとゴマの香りが広がります。


(おいしい)


 四夏も料理はできますが、朔は一年前の自分よりずっと手際がいいと感じました。

 その時。

 横からバサバサと音がしてそちらへ目をやります。

 花山翁がそうめんをひたしていました。ただしめんつゆではなく薬味のきざみのりの山に。

 その両目はうつろで、四夏は一瞬その様子を凝視してしまいます。


「おじいちゃん、違うよ。おつゆはこっち」


 ひょいと横から手をのばした朔が指さすと、翁は少し混乱した様子ながらもうなずきます。


「こっちにつけて……うん、おっけー。黙って食べてね、口開けないで」

「ん……ウン、朔はァいいお嫁さんになるなァ」

「ふふん、かもねー」


 口の端からこぼれた素麺をふきんで拭いながら、何でもない風に相槌あいづちをうつ朔。その目が四夏へ向けられました。


「あっすみません。テレビとか観ててもらえます?」

「へ、あ、うん」


 リモコンを渡され、小さな画面に映るワイドショーをぼうっと眺めながらも四夏は後ろの様子が気になって仕方ありません。

 食べ終わるころになってそっと振り向いてみると、花山翁はさっきみた姿が幻だったみたいに普通に食事をしていました。

 その後、午前の続きの印付けを終え。


「あとはあたしが穴を開けておくから、また明日おいで」


 しっかりとした口調の翁に見送られ、四夏たちは工房を後にしました。

 見送りに玄関先へ出てきた朔が口を開きます。


「祖父はときどきああなっちゃうんです。びっくりしました?」


 なんと答えていいかわからず、かわりに聞き返す四夏。


「赤根谷さん、ふだんはお爺ちゃんと二人だけ?」

「いえ、だいたい母がいるんですけど。日曜はアタシが留守番なことが多いです。土曜は姉で」


 分担ですね、と言って朔は、四夏の戸惑いを見透かしたように付け加えます。


「まあ、鎧を作ってる時は大丈夫ですから。たまに曜日を間違えたりはしますけど」

「……そっか」

「だから教わりたいんです。もし祖父が何か忘れちゃっても、アタシが覚えてれば依頼もうけられるんで。もちろん誰かさんの抜け駆け阻止のためでもありますけど」


 見返すもすでにそっぽを向いている朔。

 四夏は彼女が想像よりずっとしっかりした考えをもっていることに驚いていました。

 感心と同時に罪悪感が胸におこります。四夏が隠していたのはプレゼントのことだけではありません。


「あの、えっとね……まだ赤根谷さんは知らないかもしれないけど、」


 四夏は打ち明けました。お姉さんが来月末にはドイツへ帰ってしまうこと。その直前に自宅へ招いてパーティをすることを。

 ゆらりと瞳を揺らした朔はしかし、強く目元をぬぐって四夏を見上げます。


「ヨユーですねセンパイ。ひょっとしてアタシのことなめてますか」


 不機嫌なその表情に意表をつかれ、四夏もついカッとなります。

 せっかく教えてあげたのに、どうしてこう可愛げがないのでしょう。


「ちがうよ、騎士たるもの公正でないといけないでしょ」

「ぜんぜん公正なんかじゃないですよ」


 朔の食い気味の反論にのけぞり。


「センパイはアタシに比べて、ずっとあの人に近いじゃないですか。大事にされてるじゃないですか。それを棚に上げて対等にやってますみたいな顔するの、ズルいですよ」

「それは……」


 とっさに言葉が出ない四夏を見て、彼女は気まずそうにツインテールを触ります。


「スミマセンえっと、だから、言いたいのは」


 ぴょこぴょこと左右に振れる髪束が朔の動揺を表しているようで、不思議と四夏は言い合いをする気持ちでなくなってきました。

 朔は少しだけ熱をおびたいつもの口調で。


「同情なんかいらないってことです。そのまま勝ってる気でいてください。だし抜きますから」


 挑むように言いました。

 その含むところを四夏は完全に理解できたわけではありませんでしたが、


「う、ん、わかった。いや、だし抜かれるのはイヤだけど」


それでもそこが朔にとって譲れない一線だというのは感じられて、頷きます。

 朔は可愛げない企むような笑みを浮かべると。


「そうなりますよ、センパイ鈍いですもん」


 すっかり胸に溜まった空気を吐き出すように言い切りました。

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