8.思いの形

 工房の卓上には綺麗な穴が開いた小札こざねが並べられていました。

 いよいよ打ち出し、小札に丸みをつける作業が始まります。

 これは数日がかりの難しい作業でした。


「やみくもに叩くんじゃないよ。打ち過ぎると鉄が薄くなって競技の規格から外れる。十かんがえて一叩くくらいでちょうどいい」


 花山翁は言いながら木台のくぼみに小札をあてがい、さらに上から鉄の棒を当てて、木槌きづちで叩いてゆがませます。


「どういう曲がりをつけたいか、どう叩けばそれに近付くか。一回でやろうとしなくていい、こういう風に」


 鎚が振るわれるたび、真っ直ぐな鉄板が花びらのように自然な曲線を描いて行きます。

 四夏と朔は手本になる先代のパーツをなんども見ながら、手元でそれを再現しようと努めました。


「けっこう太いですよね、指」

「うん」


 先代パーツの中指部分のカーブをながめて言う朔に、四夏は同意。


「手、大きいんだ。わたしと関節ひとつぶんくらい」

「へぇー。そういうとこですよセンパイ」

「え、遠慮しなくていいって言ったからっ」

「分かってます。でもウザかったので」

「うざ……っ!?」


 絶句する四夏とそれを見て溜飲りゅういんを下げたように忍び笑う朔。

 さらに工程はすすみ、指ごとに並べた小札を皮帯にリベット(鋲)で固定します。

 みぞのないネジみたいな鋲を小札と皮帯の穴に通して反対を叩くと、つぶれて抜けなくなるのでした。


「正味の話、デザインなんてのは図面をひいたときにもう決まってる。あとはどれだけ丁寧に良い仕事をするかってだけだ」


 見本にするため打ち留めたリベットを横から確認しつつ翁。その目は真剣で少しの粗さすら見逃さないよう。


「仕事がいいほど長持ちする。怪我から剣士を守ってくれる。いい仕事をおやりなさい」


 コツコツと文字通り少しずつ鋲をいきながら、四夏は想像します。

 つぶしが充分かどうか、もし直上から斬られたときリベットが指に痛みを与えないか。


(あぁ、そっか)


 どうして壊れたガントレットを見た時、これしかないと思えたのか分かった気がします。

 それは確かにお姉さんが求めるもので、四夏自身がこうありたいと思う形でもあったのだと。


(わたしは――)


「あっッッいたぁーっ、指うったぁ!」


 隣の朔がバタバタともんどりうって転がります。


「だっ大丈夫!?」


 慌てた四夏が身を寄せると朔はそれを追い払うように赤い指先をぶらつかせました。


「ヘーキです、軽く先っぽ叩いただけなんで」

「見せて」「見せな」


 二人に詰め寄られてしぶしぶ翁に手をゆだねる朔。

 翁は険しい顔でそれを診ると、すぐに首を振りました。


「ダメだ、冷やしといで。腫れて姉ちゃんみたいなツメになっちまうよ」

「いや、あれネイルだし……なんですかもーセンパイまで」



 ――そんないくつかトラブルもあったものの、大きな事故も失敗もなく三週間後。

 ようやく完成したそれを前にして四夏と朔は言葉をなくします。


「できました、ね」

「うん、ホントに完成したね……」


 ぴかぴかと光るガントレット。親指から中指までを朔が、薬指から手首までを四夏が担当した。

 鎧の鈍い灰色が、丹念な打ち出しの凹凸によるものだと四夏は初めて理解します。

 感動する二人の前へ、棚から何かを下ろした花山翁がやってきて言いました。


「さて、そんでこっちがあたしの仕事だ」


 右手甲のとなりに、久しくその姿を見ていなかった左手甲が並べておかれます。破れほつれにいたるまで見違えるように修復された。

 にもかかわらず長年使われてきたような風合いだけが保たれていて、何百年も生きた亀みたいだと四夏は思いました。自分たちのはせいぜいブリキのカメです。


「すごい……」


 朔もそれを見て思うところがあったのか、じっと鼻先を近づけて観察しています。


「どうだい、驚いたろう」


 心底楽しそうに花山翁は言いました。


「ま、参りました」


 ひひッと笑って翁。


「なに、お前たちのもそう悪いもんじゃないさ。どの指もすんなり曲がって隙間が無い。良い仕事だよ」


 言われ四夏は感じ入ります。当たり前だと思っていたものが、どれだけの技術と丹精たんせいに支えられていたのかを知って。


「あの、ありがとうございました!」


 花山翁に向けて正座し、頭をさげます。


「わたし忘れません。教わったこと」

「アタシも、っていうかもっと覚えたい! これから全部!」


 朔の申し出に翁はおどけたようにのけ反って。


「そりゃあ大ごとだなぁ」

「真面目に言ってる、お母さんも説得するし!」

「ますます大ごとだ、イッヒヒ」


 そんな二人のやりとりが、どうか朔の望む方へ転がればいいなと四夏は見守ります。



 出来上がったガントレットは結局、出発直前のレッスン日である29日に渡すことに決まりました。

 二人の合作となった以上パーティの日に渡すわけにもいきません。

 今日で最後になる玄関先で、見送りに出てきた朔が宣言します。


「アタシはやっぱり電話で言います。その方が伝えたいこと、ちゃんと言える気がするんで。プレゼントを渡したあと番号を聞くつもりです」

「……いいの?」


 それだとタイミング的に、瀬戸家のパーティが先になります。


「一応、応援しますって嘘でも言っちゃったんで。そのかわり、先に結果を聞かせてくださいね」

「そ、れは、もしダメだったときでも……?」

「はいっ」


 にっこりと有無を言わさぬ顔で言われて四夏はしぶしぶ頷きました。失敗したらとても惨めな思いをしそうです。


「まあまあ、もう当たって砕けるしかないじゃないですか。お互いに」

「そう、だね」


 鎧作りではないですが、もはや絵図は決まっています。あとはどれだけ真剣に慎重に実行できるかというだけで。


「後悔しないようにしましょうね」

「……うん」


 二人は握った拳をコツンと打ち合わせて別れました。

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