5.甲冑師
7月26日。
夏休みに入った高揚感もさめやらぬ体に、初夏の日差しはサイダーの泡みたいに刺激的で。
ギュッ、ギュッと足がペダルを踏むたびに、ハンドルへ前がかりになった身体はぐんと上昇します。
ついさっき通り過ぎた川の
§
「鎧の作り方?」
インストラクターのヨコさんは四夏の質問に目を丸くして、それからニッと白い歯をみせて笑いました。
「分かるよその気持ち。西洋鎧なんて国内じゃほぼ作られてないし、競技の規格に合わそうと思ったら海外の匠工にオーダーするしかない。だったら自分で作った方が早いってね」
うんうんと頷き。けど、と。
「鎧作りはメチャクチャ大変なんだ。鉄工作に慣れた大人でも一領作るのに一年以上かかったりする。そもそも君はヘヴィバトルにいくつもりかい?」
「わ、わたしじゃなくて、その、プレゼントに……ドイツへ行っちゃう前に何かあげたくて……」
ボロボロになったお姉さんのガントレットを見た時、四夏はこれしかないと思いました。海外大会へおもむくお姉さんには何よりも身近で実用的な贈り物になるはずです。
「あぁ、なるほど。でもなぁ」
「どこか一部分だけでもいいんです。わたし、夏休みで時間もあるのでっ」
「そう言われても、設備だっているんだよ。ここにある鎧だってほとんど海外製だ。さすがにあんなのは違うけど……」
と、壁際に並んだ透明なボックスのうちの一つを指しました。
その中に見えるのは、時代劇に出てくるような日本の
「……そう言えばその
思いついた様子でヨコさんは携帯をとりだしました。
――――。
§
いい加減長すぎる坂道にふくらはぎが
むっとするような空気が上から流れてきて、それをかきわけるように登る自転車。
それでも目的地までもうすぐだという感覚が疲れを麻痺させていました。
『 ――〔
存在自体は知っていました。ビジュアルもあいまって知名度の高い団体で、お城で和甲冑や刀剣を見かけたらそれは大体〔銀一門〕のメンバーのもの。
四夏は騎士剣術一本で東洋武術にはあまり興味がなく、有名選手の顔くらいしか分かりません。
『そこと直接関係はないんだけど、実戦に耐える
一も二もなく四夏は了承しました。地図と住所と電話番号をもらい、一夜明けた日曜の朝にはこうして出かけています。
プレゼントに一週間悩みつづけた四夏にとってはまさに光明。自分が作った鎧を着て戦うお姉さんを想像するだけで、空想は花のフレームと光の粒に彩られるのでした。
(きっと喜んでくれるし)
これまで考えたどのプレゼントもしっくりきませんでした。
女性向け、恋人に、などと謳われてはいても、それを受け取ったお姉さんの顔がちっとも浮かびません。でも、これなら。
キッと強くブレーキを握ります。気がつけば目的地を過ぎていました。
(……工房なんてあったっけ?)
大きく登って下る坂道の一番上。名前は〔花山〕。その案内に従って数メートルをバックで戻ります。全身で切っていた微風すら失って、汗がぽたぽた。
「ここ?」
白くてそこそこ年季の入ったベランダのある建物でした。
スレートの屋根に地デジのアンテナ、車庫にはゴルフバッグやピンクのキックボード。つまりは普通の一軒家。
場所は間違いありません。が、せめて何か甲冑師らしい要素を探そうとして表札に目をとめます。
【赤根谷】
「いっ……」
思わずのけぞりました。
偶然の同姓、という可能性に一
「あれ、もう来たんですねセンパイ」
紅い
真っ白なワンピースがくるりと
「上がってください。あ、その前にタオルとか要りますね?」
◇
クマの置物が乗った靴箱、あふれかけの傘立て、届いたばかりのようなダンボール。
生活感しかない玄関を朔の後について過ぎた四夏は、落ち着きなく廊下へ目を走らせます。
「汚いんであんま見ないでくださいねー」
「ひゃ、はいっ」
半分だけ振り向いた朔に言われて背筋をピンとする四夏。
「そんなに緊張しないでいいですよ? 取って食おうなんて思ってませんし」
その態度に気を良くしたように朔は口端を吊り上げて言いました。
再びその背中を三歩あとから追いかけます。
「あの、ここ赤根谷さんのおうち、だよね?」
「ですね。他の何かだと思ってました?」
淡々と返してくる言葉には微妙なトゲがあり、ただ歓迎されてはいないだろうという四夏の推測を裏付けています。
「わたし甲冑師のハナヤマって人を探してるんだけど」
「それ、祖父ですよ。赤根谷
なかば予想していたその答えを、四夏はそれでも驚きとともに受け止めます。
じろり、と先をいく朔が視線だけをこちらへ向けました。
「たしか大人の女性用の手甲を作りたい、でしたっけ。いったい誰のためのものですかねー?」
「う」
そこまで割れているならもはや疑いようもありません。
作戦失敗。お姉さんへのプレゼント計画を知られれば警戒されるのは目に見えています。最悪ジャマされる可能性も。
答えあぐねる四夏をしばしニヤニヤとなぶるように見詰めたあと、朔はフイと歩みを再開します。
「ま、分かりますけど。そんなカンタンなものじゃないですよ。鎧も祖父も」
やがて突き当たったドアを彼女はノックしました。
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