4.呪い
「同じ相手を好きな子がいるぅ?」
月曜日、鼻歌まじりに廊下を歩く杏樹を引っぱり込んで事情を話すと、何よりも先にそう詰め寄られました。
「う、うん。赤根谷さんっていう、あの、学校は違うんだけど4年生の……」
「なぁーんでそういうの早く言わないかなぁ。あー、オシャレからなんて
お姉さんが家に来るということで頭がいっぱいだった四夏には杏樹の焦りがよくわかりません。
「なにぽーっとしてんの! いつその赤根谷さんが愛しのお姉さんと付き合ってます報告してきてもおかしくないよ!」
「ぇえっ、それは……」
ない、とも言いきれません。少なくとも気持ちの整理において朔は四夏の先をいっています。
「ライバルがいると恋愛は倍速で進むの。焦ってむこうが自爆してくれればいいけど、もし成功したらその時点で
深刻な杏樹につられて四夏もいてもたってもいられない気になってきました。
「ど、どうしよう? どうしたらいいのわたし!」
「落ちつきなって。恐れを知らない勇気の騎士なんでしょ?」
「そういうのは今ちょっと預けてあるの! お城に!」
杏樹は要領を得ないといった顔で四夏を見たあと、まぁいいやと髪をかきあげます。きれいな耳から頬へのラインがあらわになりました。
「とにかく、時間制限ができたのは良かったかもね。お姉さんが出発する日は?」
「来月の三十日だって」
「夏休みの終わる前ね。それ、赤根谷って子は知らないこと?」
「たぶん……」
ふんふんと頷いて机に鉛筆で日程を書きつけます。四夏の机です。
「告白するならパーティの日しかないけど、それは?」
「こくは……っ、に、ニジュウハチ、ダケド」
とんとん拍子に決まっていく計画に疑問を挟むヒマもなく、ペースに引きずり込まれる四夏。
「特別な日や場所で告白すれば成功率UP間違いなし。恐いのはライバルに先を越されちゃうことだけど、向こうはまだタイムリミットを知らない。だから――」
ふせられていた杏樹の目が四夏を見上げ。
「夏休み中、敵に警戒されないくらいに距離を詰めつつ、二十八日に速攻をかける。理解してる?」
「な、なんとなく」
つまりは【寄せ足】と【ステップ】だと四夏はうなずきます。後ろ足を前脚へそっと寄せ、続く前脚の踏み出し(ステップ)で一気に間合いを詰める歩法はお姉さんの得意技でもありました。
「四夏ってまだ普通のスマホ持ってないの?」
「うん、6年生になったらってお父さんが」
「じゃぁ次の練習の日にはお姉さんに必ず謝って仲直りすること。あとプレゼントは早めに考えたほうがいい」
「えっと、お父さんと一緒に写真立てとか選ぼうかって話して……ぁいたっ」
デコピンに目をつぶる四夏。開けると呆れたような杏樹の顔。
「それとは別に用意するの、プロポーズに指輪わたすでしょ。アレと一緒」
「いいい一緒じゃないと思うけどっ!?」
「うるさい、赤根谷さんにとられてもいいの?」
ぴしゃりと言われ言葉に詰まる四夏。杏樹は苦笑。
「まったく、それで好きかどうか分からないなんて、変なの。とにかく早めに考えて準備した方がいいよ」
◇
それから数日は悩みの中で過ぎました。
お父さんのタブレットでこっそり〔大人 女性 贈り物〕と検索するところから始まり。
いつもなら絶対読まないようなライフスタイル誌を本屋さんで開いてみたり、アクセサリー店で0の多さに目を回したり。
クレイシルバーやビーズを使い自作する方法もあると聞いて、杏樹に材料を借り試したのは失敗でした。四夏はどうもその手のデザインに
これといった収穫もなく、土曜日。
「えっと、この前はごめんなさいっ!」
レッスン前の空き時間にお姉さんを捕まえて開口一番あやまりました。
「ん? あ、え? どうしたの、この前?」
混乱した様子のお姉さんが毛ほども気にしていなさそうなことに安堵しつつ、何とか思いだしてもらわないと格好がつかないため説明。
「ああなんだ、そんなことか。構わないよ、人にはいろんな好みがある」
お姉さんは笑って頭を撫でてくれました。
「あのワッペンはどっちかというと大人向けにデザインしたからね。四夏にはもっと子供らしいカワイイものが似合う」
ぺちんっ!
「ぁ」
「ん……?」
気付けば平手を振りきった四夏と、とっさに何をされたか理解できていない顔のお姉さん。
さあっと四夏から血の気が引きます。腕が勝手に動いてお姉さんの手をはたきおとしていました。
「あ、ば、馬鹿ッ!」
わたしの、という主語を抜かして叫んだ四夏は身をひるがえします。
とりあえず「子供らしいカワイイ」あたりで頭がカッとなったのは分かりました。思い返すと胸がもやもやします。でもどうして今更。
昔はしょっちゅう言われていたのに。ほんの少し学年が上がったくらいで急に大人になれるわけもないのに。
(呪いだ……っ)
自分がこんなに感情激しくなっていることに戸惑いを隠せません。
どうにかして胸に巣食ったコイツをやっつけるか飼いならすかしなければ告白なんて夢のまた夢です。
逃げるように飛び込んだ更衣室でロッカーに頭突きした後、心配したレッスンメイトに気遣われつつその日の練習を終えました。
その後。
「あれ、これ……ちょい待ち、四夏ちゃん!」
インストラクターのヨコさんが、トレーニングルームから帰ろうとした四夏を呼び止めます。
その手には見覚えのある――お姉さんの
「このあと会う予定とか、ないよね? ないかぁ」
どうやら忘れ物みたいです。
仕方ない、と取り置き用のボックスにそれをしまうヨコさん。
「けっこうボロボロだなぁ、まあ修理は大変だから後回しにする気持ちも分かるけどね」
その様子を四夏はじっと見つめます。
ずっと悩んでいたお姉さんへのプレゼント。ひらめきが降りてきた気がしました。
「あのっ、教えてほしいことがあるんですけど!」
それに続く内容を聞いたとき、ヨコさんは冗談を聞いたみたいに笑いました。
後で考えるとそれくらい大変で出来そうもないことだったのです。
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