8.信仰

 思わぬ再会の嬉しさと、泣き顔を見せたくない気持ちから四夏の足は速まります。

 後ろにつないだパティの手がきゅっと握られました。


「シナツ、もっとゆっくり」

「あ、ごめんねっ」


 先の出会いから数分。

 大人二人は親しそうに一言二言をかわすと、ジョエル選手の待つ本棟へ。四夏はここに初めて来るというパティの案内役を買ってでていました。

 お姉さんにはお父さんから伝えてくれるとのこと。

 いま昇っているのは、本棟隣の倉庫の階段。


「パティのお父さんってアーマードバトルの選手だったんだね?」

「そう。ヤクブ・スヴェルチェフスキ。有名よ」

「うん、動画で見たことある」


 パティはちょっと得意げ。

 倉庫は二人にとって宝の山に違いありませんでした。保管された沢山の武器と鎧。金床かなどこには作りかけの小札板こざねいたが掛かったままになっています。

 階段を昇りきると広い部屋に出ました。


「わあぁ」


 大きな鏡と吊られたサンドバッグ。壁にかかる武器防具。白い床には無数の足跡が擦り込まれて、戦士たちの鍛錬の厳しさを垣間かいま見るようです。


「トレーニングルームだよっ」

「すごい、すごい、ステキ!」


 四夏もお姉さんに連れられて一度来たきりでしたが、今ばかりは案内人として誇らしげに言います。

 パティは駆け出すと部屋をひと回りし、武器がかかる壁へ。ラタン製のポールアーム、先端に斧槍のついたいわゆるハルバードをよたよたと引き抜くと、それを持って鏡の前へ向かいます。

 四夏も使い慣れた片手剣を取ろうとするも、とっさにロングソードを手にして後を追いました。ちょっとの見栄みえです。


「フふふっ」

「えへへ」


 鏡ごしに合う二人の目。次に互いがどうするのか、自分のことのように分かりました。

 ガツッと二人の間で武器同士がぶつかります。握った手の内がすれるヒリッとした痛み。


「あはッ!」

「いひひひ」


 大人に隠れて、絶対に止められるであろうことをする。これもまた冒険で、二つの胸は高鳴ります。

 でも。


「ねぇシナツ、このまま戦わない?」


 続いたパティの言葉に、ひるむ心がありました。


「それは、さすがにちょっと……」

「今ならだれも来ないわ、平気よ」


 挑むようにポールアームを構える所作は、とても身長の三倍近い武器を持っているとは思えません。今にも先端の刃が襲いかかってきそうな迫力に、四夏は思わず【雄牛】へ構えました。


「やっぱり。シナツは戦士ね」


 恋するようにパティ。

 ブォン、と弧を描き振るわれるポールアーム。ざわりと体じゅうの毛穴が開く感覚を振りきって四夏は後ろへ跳びます。


「待って、本当に危ないから! もし当たったら死んじゃうかもしれないし!」


 事実、棍棒に等しいそれには生身の人間に対する十分な威力がありました。四夏には持つのがやっとのはずのその武器を、スムーズに構え直したパティが微笑みます。


「ワタシ、シナツになら、ころされてもいいわ」

「何を……っ!」


 どきんと跳ねる心臓。それを再び迫った斧槍のせいにしてロングソードで受け止めると、ぐにゃりとその切っ先が押し込まれます。重い!

 迫る刃から逃げるように跳んで側面へ。ふわりと体が浮いた感覚。


「やめようよ、わたしこんなことしたくない!」


 校舎裏で感じたパティの“光”が再び四夏を包もうとします。

 その先に得がたい何かがある、という予感は今も四夏をき動かそうとしていて、でも。


「ころす、なんて人に使っちゃだめ!」


 それはきっとパティだけの神様で、四夏のとは違うのです。あの光の向こうへ突きぬけてしまったら、それでもし大きなケガをしてしまったら、お父さんは悲しむしお母さんは怒るだろうと今では考えることができました。

 ふぅと切っ先を下げるパティ。


「そう思うわ」


 平坦な声は、何かを抑えているようでした。


「皆、ワタシと戦う、嫌がった。誰もワタシに勝てなかった」


 その目がまっすぐに四夏を見ます。すがるような、寄るない瞳。


「でもシナツ、ワタシと同じ。ワタシ、あなたと戦いたい。シナツ、違う?」


 ぐ、と喉まで出かかった言葉をのみ込んで四夏は口を開きました。


「違うよ。わたしはころされてもいいなんて思えない」

「……そう」


 一瞬、ひどく傷付いたようなパティの表情が心をえぐりました。

 ですがみたび振りかぶられた矛槍を見て即座に口元を引き締めます。


「なら、もう一度神様、見せてあげる。そしたら、シナツ、戦いたくなるわ」

「パティ、待ってってば!」


 振るわれたハルバードを、今度こそ四夏は確たる意思をもって止めようとします。

 ポールアームは本来、集団戦で真価を発揮する武器。その威力やリーチに一対一で応対する技がロングソードにはあります。

 ですがそれはあくまで武器のサイズが適正であればの話。四夏が見栄をはって持った長剣は、長さも重さもとても実戦で扱える物ではありません。もっともそれを言えばパティとてそうなのですが。


(なら……!)


 四夏は腕をいっぱいにつかって【ハーフソード】の形をとり斧槍を受けます。『剛さ』だけに重きを置いたはじき返す防御。

 直後、押し込まれたロングソードの裏刃がひたいをしたたかに打ちすえました。


(っっ、なん、で――!?)


 腕がしびれ、体が横へ泳ぎます。弾かれたのは四夏のほう。

 星が散った視界が平静をとりもどした時には、切り返し変化の大上段だいじょうだんが降ってこようとしていました。


「ちゃんと見て、シナツ!」

「んいぃっ」


 とっさに剣もなにもかも放り出して転がります。ズドン!と叩きつけられた床が震えました。

 起き上がりながらその動きのなめらかさに目をみはる四夏。

 ポールアームはロングソードよりさらに重いはずなのです。にもかかわらずパティの両足は根を張ったように踏ん張り、腰から上はまるでひとつの筋肉のように振り回すソレを制御しているように見えました。

 足腰と体幹の強さ、巧みさ。り上げられた流れ。あれだけの操法にどれくらいの練習が必要か四夏には分かりません。

 ――ポールアームは、正しく運用されないすべての他武器を圧倒する。

 四夏は書斎で聞いた古いことわざを思い出します。


「わざと外したの、今。だってシナツ、まだ本気じゃない、でしょう?」


 いっそ降参してしまおうかと思いかけた四夏は、パティのせつなげな表情に言葉をのみこみます。

 きっとそれは彼女を完全に突き放すこと。友達と言い合いになったとき、相手が泣いてしまえば一方は我慢するしかありません。たとえどれだけ胸に積もった思いがあろうとも。

 それは嫌だと思いました。パティとはちゃんと向き合いたい。でも言葉は通じず、このままではどちらかが怪我をするのは避けられない流れ。無理難題が頭の中を渦巻きます。


 『――ちょっとくらい忘れ物をしたって、四夏が一生懸命良い子で頑張ってきたのを知っている。だから平気さ』


 お父さんの言葉が思いだされました。

 例え褒められた方法ではないとしても、必死に考えたあとのことならば。


「……わかった」


 立ちあがった四夏は膝をはらい、武器のかかる壁へと向かいます。

 手に取ったのは鉄の小盾バックラーと片手剣、いいえ――


「ソードアンドバックラー……短剣ダガー?」


 怪訝な顔のパティを前に構えます。小盾を胸の前、逆手のダガーをおへその前へ。

 ごめんなさいお母さん、もう一度だけ。

 そう内心でつぶやいて盾越しに強く見据えると、パティの顔色が変わりました。


「Hah...シナツ、それがシナツの本気ねっ?」


 出会った時と同じ、花が咲くように上気した微笑み。けれどそれはそのまま断崖の先へ飛び出してしまいそうな危うさをはらんでいて。


「一回勝負、だよ。パティ」


 告げると悲しげにその眉が下がります。


「一回、だけ? そんな……ううん、構わない。きっと、一番ステキな一回だもの!」


 けれどすぐに気を取り直したように笑って、構え。


「マイレディ」

「マイレディ」


 踏み込んだのは同時でした。

 猛烈な打ち込みが四夏の左面を襲います。傾けられたバックラーはそれを受け止め、いくぶんか肩肘への衝撃を軽減。

 ですが足が止まります。踏みとどまるのに精いっぱいで当然バインドには繋げず。

 そしてそこから強烈な切り返しがあることも分かっていました。


「【竜殺しザビチェスモーカ】!」


 パティの全身がねじ切れそうな鋭さで回転し、ハルバードの石突き(後端)が四夏のももを打ちすえます。ギリギリですべり込ませたダガーもほとんど意味はなく。


「あっぐ!」


 石突きがダガーをかち上げました。さらにパティの背面には振りかぶられた斧槍。


 『――剣の【切っ先】は速く、【鍔元】は重い』


 今の四夏の力で自在に操れるのはダガーのみ。どれほど頼りなくとも、これが唯一『正しく運用できる』武器でした。

 柄が下がり、次いで高速の唐竹割からたけわりが頭上を襲います。


「っ、ば、もとぉ!」


 掲げたダガーの十字の交点でそれを受ける四夏。受けきれず押し込まれ、先に石突きで打たれた右ひざがガクリと落ちます。

 瞬間、四夏は無事な左足を引いて半身になっていました。鼻先をかすめ、右ひざの内側へ落ちる斧槍。


「っ?」


 その刃元が床へい留められていました。かぶせられたダガーの十字鍔クロスによって。

 床と十字が作る三角形に引っかかり押すも引くもかなわないハルバードを、パティは呆然と見つめます。


「なに、それ」

「おしまいだよ、降参して」

「そんなっ、そんなのっ!」


 パティがポールを手繰るように距離をつめ、四夏をどかそうと蹴りを出します。

 その膝裏を。


「い、い、加、減にしてっ!」


 斧槍を解放した四夏の腕がすくい上げていました。仰向けに転んだ体に馬乗りになり、その喉に手をかけます。

 パティはしばらくもがいていたものの、どうにも動けないことを悟ると脱力して四夏を見返しました。


「なんで……? シナツ、神様、欲しくないの?」

「っはあ、もう、いい。私にも神様はいるから。こんなことしちゃいけないってっ、言ってるからっ」


 パティの激しい神様とは似ても似つかないけれど。いつも四夏の中にあって、間違った道の前ではそでを引いてくれる。そんな誰か。

 その答えにパティはくしゃりと顔をゆがめて。


「っやっと、会えたと思った、のに」


 そう、呟いたとき。

 荒々しく階段を昇る音が迫ってきました。パティがびくりと身をすくませます。

 四夏もまた、その尋常ではない気配に振り向いていました。

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