4.防御

 “Fort du Mont Albanフォーデュ モンアルバン”の裏は小さな空き地になっていました。

 建物に三方を囲まれ、日光に乏しそうな地面にはひょろっとした草がまばらに生えるのみ。台車や梱包こんぽう材などが置かれているのを見るに、荷物の出し入れに利用されているのだと分かります。

 比較的日当たりのいい場所まで歩いて、お姉さんは振り向きました。


「さて質問だ。さっきの二人、どちらかとでも戦って勝てると思うかな?」


 二人とはマスタージョエル、春山シュンザン両選手のことでしょう。

 ふるふると四夏は首を振りました。この人は何を言っているんだという感じです。


「いいだろう。だが私も彼らの次くらいには強い。もし私が悪い人間だったなら君はいまごろ外国に売り飛ばされているよ」


 おどかすようにお姉さんは声を低めて言いました。なんで悪い人はいつも子供を海外に売り飛ばしたがるのでしょう。四夏はふと疑問に思います。大きなサーカス団でもあるのでしょうか。

 ともあれこれには反感も手伝って納得できません。お姉さんは確かに背が高いですが、その身体つきは騎士ナイトというより歌姫ディーバといった印象ですから。


「あなたは、動画で見たことない、です」


 裾野すそのが広がったとはいえ、いまだ男性選手が多数を占めるアーマードバトルにおいて女性騎士は注目を浴びやすいもの。実力があるというならなおさら情報サイトに載るはずです。

 お姉さんは少しだけばつが悪そうに長い髪へ触れ。


「女だてらともてはやされるのが苦手でね。逃げ回っているのさ」


 ごまかすように本棟の扉へ引き返し、掛けてあるソレを引き抜きました。


「一度見せよう。これは持てるかい?」


 渡された剣を両手に抱えたとたん、ズシリと全身に重みが伝わります。

 ダンボールソードのような、棒に十時鍔クロスがついただけの簡素な形。刃の部分には銀色のテープが巻かれ、フニフニと柔らかい表面をしています。ただ、芯には硬く重い素材が使われているようでした。


「ラタンソード、稽古けいこ用の木剣だよ。好きに打ちかかってきて構わない」


 お姉さんは片手用のそれを自分も抜いて腕を広げます。四夏も片手に構えようとして、その重さに断念。ロングソードのように両手で掲げます。

 四夏はみたびムッとしていました。昼間の敗北も尾をひいています。


「……でも、防具は。ケガとかしたら」

「馬鹿な。子ども相手に打ちこむものか」


 ぷっちーん。

 四夏のなかで何かがきれます。自分が打たれるとは想定すらしていないその認識、あらためさせずにはおけない気持ちがわき上がります。


「もし私が君に資格があると認めれば、この城で練習することも叶うだろう」


 ラタンソードはズシリと重く、けれど四夏もいたずらにホウキを振っていたわけではありません。


「――マイレディ」


 正面に剣を掲げたあと、上段上向の【屋根】の構えをとりました。

 お姉さんは少し目を見開いて、ついで面白げに細めます。


「なるほどサマになっているね。マイレディ」


 剣をぞんざいに四夏へ向けると片手中段に。それは構えと言えるかも怪しいものでした。

 四夏は思いきって踏み込みます。斜めに、相手の正面を避けるように前進しつつ太ももを狙う切り下げ。腕が地面と平行になった状態でギリギリ切っ先が届く、四夏の最も遠間とおまからの攻撃でした。


「甘い」


 ガツッと硬い手ごたえにそれが阻まれます。剣でそれを受けたお姉さんは涼しい顔。ですが。


「おっと、甘、あまっ、ぉおっ?」


 直後その表情が驚きに変わります。バインドした四夏の剣はそれ自体が意思をもつようにぐねり、お姉さんの剣を押しのけ切っ先を向けようとします。

 拮抗するのはお姉さんの手首の力と、四夏の上半身すべての力。いかに体格差があろうとこじ開けるのは容易なはずでした。

 にもかかわらず。


「っ……!?」


 ぎしりと四夏の剣は止まります。いかに角度を変えようと思うようにお姉さんの剣を動かせません。

 お姉さんは鍔元つばもとで暴れる四夏の剣を、ヘビの首でも押さえるように留めています。


「驚いた。確かにいいセンスをしている」


 四夏が切っ先を強く押し込もうと重心を動かした瞬間、お姉さんは剣を引きました。つんのめった四夏とすれ違うようにするりと距離をあけます。

 もはや四夏の間合いではありませんでした。


「剣の【切っ先】は速く、【鍔元つばもと】は重い。重さとは《力の込めやすさ》だ。敵の切っ先を鍔元で受ければ押し負けることはそうない」


 最初と同じように剣を提げ持つお姉さん。


「問おう、防御の序列ランクとは?」


 四夏は本で読んだ知識をひっぱり出します。


「――一番に『攻防一致こうぼういっち技』、二番に『回避攻撃一致かいひこうげきいっち技』。その次が『受け流し』、最悪が『受け止める』こと」

「その通り。安全を確保しながら、かつ先に仕掛けるのがドイツ剣術の理想だ。これは『攻めている方が安全』という考えからきている」


 お姉さんは感心したようにうなずくと、ゆらりゆらりと剣を上下して見せました。


「全身をくまなく守る構えなんてものはないからね。後手に回ればそのぶん危険が増える。だから敵の正面を避け、剣の攻撃線みちを塞ぎながら先手を打つ」


 その動きを誘いとみて四夏は仕掛けます。


(【ウサギ斬り】!) 


 今度は最初から剣先を狙って、叩き落とすように。

 相手の側面へ踏み込みながら、裏刃を兎が跳ねるようにお姉さんの胸へ飛び込ませる算段。技名はオリジナル。


「しかし、」


 押さえた剣先は拍子抜けするほどあっさりと沈み込みました。

 お姉さんは手首を返すと柄を顔の高さへ引き付け、跳ねあがろうとした四夏の剣を正面から抑え込みます。


「それは剣術の理想であって騎士の理想じゃない。さらに問おう、騎士の八徳とは?」


 速さを追求した四夏の技は、真っ向からのバインドに対抗できません。お姉さんに体ごと踏み込まれると、簡単に窮屈な姿勢へと追い込まれてしまいます。


「っ……力、勇気、高潔コウケツ誠実セイジツ寛大カンダイ信仰シンコウ、礼、トウそ、つ」


 かくんと膝が地面に着きました。のけぞらされた姿勢に耐えかねてのことでした。


「どれだけ意味が分かっているものかな。その中でもっとも大切なのは?」


 お姉さんは淡々と問いを重ねます。四夏もショックを悟られるのが嫌でそれに答えました。


「……力?」

「いいや、信仰だ。神へのおそれなき力は必ず己を滅ぼす」


 よくわからずお姉さんを見返します。それは四夏にとって一番フワッとしていて、また重要とも思いにくいものでした。


「十字架にいのれと言うわけじゃない。信仰は人それぞれ、けれどだからこそ形を確かにしなければ揺らいでしまう」

「君の神様はどこにいて、何を望まれる? まずはそれを考えなさい」


 剣を引くお姉さん。四夏は膝立ちからぺたりとお尻を着きます。

 ぼうっとその言葉を頭の中で転がしながら、背を向けたお姉さんを見上げたとき。


「八つの徳はどれが欠けても騎士としては失格だ。君はまだそれを名乗るには早い」


 それまで直視しないようにしていた敗北感が全身を包みました。

 一日に二度も負けたくやしさと自分への不信。たしかに自身をりっしていたはずの騎士道を、まるで片手落ちと断じられた恥ずかしさ。

 それらがないまぜになって四夏に目を伏せさせ、下まつ毛を震わせます。


「今日はここまでにしよう。――そこの二人!」


 厳しい声にびっくりして顔をあげると、窓から顔をだす春山選手とジョエル選手。

 ばつが悪そうな二人にこれ見よがしのため息をつくと、お姉さんは言いました。


「レディは傷心です。挨拶はまたの機会に」





 帰りの車中。薄暮うすぐれの街路が窓の外を流れていきます。

 運転席からひょいと差し出された紙切れを四夏は見つめました。


「これは私の連絡先。明日また答えを聞こう。もっともりて、騎士は諦めるというなら話は――」


 四夏は無言で手からそれをむしりとります。

 背もたれの向こうで苦笑したような息遣い。


「そう、なら言われたことをよく考えなさい」


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