3.Fort du Mont Alban


「――それじゃ皆さん、調べ学習は班ごとに立てた日程で進めること」


 先生の言葉を最後に、帰りの会が終わって放課後。

 てっくてっくと足音たかく帰路をゆく四夏は勇ましげでもいら立たしげでもあり。

 理由はもちろん先の敗北です。


「なんであんなに早く……こっちが早いはずなのに……でも……」


 ひとりブツブツとつぶやきながら、拾った小枝で試すように空を切る四夏。

 本来なら、受けた剣を逸らしつつ突きへと繋ぐはずでした。武器を触れ合わせてからの押さえ合いバインドは四夏の得意とするところですし、いかに【はたき切り】が高速の技であろうと四夏が目前の面を突くより早い道理はありません。

 けれどほんの一瞬の接触のあと、パティの剣は逆面へと打ちこまれていたのです。


「すぐに突けば届いた? 寸止めだったから……」


 もとよりあんなギリギリの寸止めをするつもりはありませんでした。もし当てるつもりだったならパティよりこちらの剣が先に届いたのでは?


(うん、きっとそう。勝ってる、本当は)


 ふすふすと鼻をふくらませながら自身を納得させる理屈をひねりだします。そうしなければ済まないくらいショックな出来事でした。

 気分転換に『マスタージョエルのドイツ剣術』の動画シリーズでも帰って観ようと足をはやめたとき。

 道路わきにダークブラウンのミニクーパーが停まりました。ドアが開くと同時ウェーブした黒髪が翻ります。


「こんにちは、お嬢さん」


 降りてきたのは背の高いスーツ姿の女性。その目がまっすぐ自分を見ているのに気付いて四夏はぴたと足を止めます。


「……どちらさまですか?」

「君のパパの知り合いさ。お父さんに君のことを頼まれた」


 ピキィン――と四夏の脳裏にこれまでに観た『よい子の下校』『気をつけよう不審者』等々の毎年恒例注意ビデオがオムニバス形式で緊急上映されました。

 この国籍不明感ただようお姉さんは子どもをさらって海外へ売り飛ばす組織の人間に違いありません。

 ゆっくりと後ずさりながら手にした小枝をお姉さんへ向けます。


「ふむ、果敢だね。まるで湖の騎士ランスロットだ。だけどいいのかな? 私は君より大きいし力も強い。ランドセルにつけてあるそれは飾りじゃあないだろう?」


 お姉さんは不審者めいた足取りで距離を詰めつつ、四夏の背中の防犯ブザーを指さしました。

 じっとその目を睨んだまま四夏は答えます。


「……騎士は助けなんて求めない」

「なるほど、キョーイチローが案じるわけだ」


 お姉さんは呆れたように嘆息するとすっと胸に手を当てて。


「――主の恩寵おんちょうが君の上にあるように。私は騎士ブラダマンテ。君の父、瀬戸せと恭一郎きょういちろうから君のことを頼まれた者」


 四夏がはっとしたその一瞬、どんな歩法によるものか目と鼻の先へひざまずいたお姉さんはその手をとり、そっと口付けたのでした。


「ぬわっ?」


 かあっと首の後ろが熱くなり固まる四夏。ただの一撃で前後不覚、何をすべきか分からなくなってしまいました。


「うそ、は金髪」

「はて、髪色についての記述はなかったように思うが? まあ叔父のカール大帝はだいたい金髪で描かれるから……いや、呼び名なんてなんだっていい」


 騎士ブラダマンテは四夏の好きな『シャルルマーニュ十二勇士』に出てくる女騎士の名前。騎士道の体現者でありながら自らの愛をも貫いたその在り様は、四夏がもっとも憧れる騎士といっても過言ではありません。

 その名を「なんだっていい」ことに使われて四夏はムッとしつつ我に返ります。


「とにかくまあ、少々恐がらせてやってくれとの注文なんだ」


 真面目くさった態度も一瞬。こちらを試すような笑みとスタイルの良さは、ブラダマンテというより中国カタイの王女アンジェリカといった風。勇士たちを幻惑する身勝手な王女のキャラクターが四夏は好きではありませんでした。

 でも、お父さんの知り合いというのは本当みたいで、礼を尽くす相手にそれを返さないのは不徳のなせるわざです。

 お姉さんは車の後部座席を開けると四夏をうながして言いました。


「乗りたまえ小さな騎士どの。ちょっとした冒険に招待しよう。もっともその勇気があるなら、だが」


 またもムッとした四夏は挑発にまんまと引っ掛かり、どこへ行くとも知れない車へ乗り込んでしまうのでした。



 20分ほどで車が二人を運んだのは、細い路地が絡みあう住宅街の一角。

 マンションの一階が宅配便の集配所になっており、その敷地の奥に大きな倉庫がいくつも見えます。


「ここだ」


 お姉さんはマンションを素通り。奥へと乗り入れます。

 開けた視界に四夏は目をぱちぱちとしました。集配所の倉庫にまじって目を引く、ゴールド臙脂レッドの中世カラー。


「私たちの城、“Fort du Mont Albanフォーデュ モンアルバン”」


 2階のある建物。玄関の石壁と木の大扉。そこに大きくペイントされた、黄の盾に十字架を抱いたワシの紋章。


(動画で見たままだ……!)


 そこはこの競技をフォローする人なら知らないはずはない、本拠地でした。


「10年前、日本へアーマードバトルを広めるために私の師はここを造った」


 JABL――ジャパンアーマードバトルリーグはじまりの地。四夏も何度お父さんに連れて行ってとせがんだことか。当然子ども向けのレッスンなどあるはずもなく、もっと大きくなったらとすかされ続けてきたのに。

 先に降りたお姉さんが外からドアを開けてくれます。


「ようこそ。歓迎するかどうかはこれからの君の振る舞いしだいだが」


 ごくりとツバをのみこむ四夏。けれど舞い上がった心は早く早くと体をせかしていて。

 ぴょんと勢いをつけて飛び降りると、お姉さんのあとについて大きな扉へと向かいます。

 ――この向こうにずっと憧れていた、動画や紙面越しにしか見られなかった世界がある。壮麗で高潔で、誇り高い騎士たちの城。

 ガチャンと大きな音をたてて開いた扉の先から、それが鈴の音に聞こえるほどの撃音げきおんが響きました。


「っ!?」


 びくーんと背筋を伸ばし腰をひく四夏。中へ目を凝らせば、すぐそこに金網が。

 天井近くまで張られたフェンスに、鈍色にびいろの背中が押しつけられています。

 まごうことなき個人戦デュエルのリングでした。そびえたつようなフルプレートアーマーの長剣使いが、それよりやや小柄な騎士をフェンスへとはりつけているのです。


停止ホールドだ!」


 オオカミが吼えたような声に四夏は爪先つまさき立ち。

 大柄な騎士が離れると、抑えられていた騎士はふへえ、と安堵の息を吐き出します。

 振り向いたヘルムの目窓が四夏とお姉さんをとらえました。

 直後、悲鳴。


「おお神よ! ウソだ! 父親は誰ですか!?」

「隠し子じゃない!」


 お姉さんが即座に怒鳴ります。

 おおきい方の騎士がアーマーを外しながら訊ねました。


「その子がキョイチローの子どもか?」


 あらわれた立派な鼻と金髪、髭面ひげづらに四夏は覚えがあります。いえ、もっと言えば脱ぐ前からその装いは見慣れたものだったのです。

 アーマードバトルの鎧はひとつひとつが手作りのオーダーメイド。一つとして同じではありません。


「……モンアルバンのジョエル選手と、春山シュンザン選手」


 日本アーマードバトルの情報サイト『JABL TOP』にたびたび写真が載る名物プレイヤー。とくにジョエル選手はJABL創立の第一人者としてもはや伝説的な存在です。


「えっボクのこと知ってるの? ホントに?」


 続けてヘルムを脱いだ春山選手が目を細めて破顔します。それを、


「待てっ、おもてなしモードに入るんじゃない。客として招いたワケじゃないぞ!」


とお姉さんは腕を振って追い払いました。

 四夏はさっきまでの緊張もどこへやら。有名選手を間近で見た興奮に、すっかりおあずけをくらった子犬の気分で彼らとお姉さんへ交互に目を注いでいます。


「マスタージョエル、中庭を使わせていただいても?」

「もちろん構わないが。あとでちゃんと紹介してくれよ?」


 お姉さんに手を引かれ、同時に後ろ髪もひかれる思いでリングの脇を通り抜けます。

 せめて握手を、せめてひと言「ファンです」とだけでも伝える時間をくれればいいのにとお姉さんを恨めしく思いました。

 じろり、とお姉さんはそんな四夏を流し見て。


「すみませんが、彼女の心掛けによってはお約束できかねます」


 にべもなくそう応じると、入ってきたのとは反対のドアへ手をかけました。

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