5.十戒

 四夏ちゃんが一歩踏み出した瞬間、その鼻先で破裂するような撃剣げきけんの音が響きます。

 先んじて足を出したのは四夏ちゃん、ですが攻撃したのはリーチの長い凜ちゃんでした。

 ワタシの三本目の指がピクリと曲がります。


浅いライト!」


 頭とロングソードの間に片手剣をかませて防いだ四夏ちゃんは、無効の申告と同時にさらに大きく踏み込み。


  『――Ten Commandment』


 ふと、先ほどの言葉が脳裏によみがえります。

 十の戒め。同時に昨日きいたその内容も。


  『――かみさまを思うこと(信仰)』


 片手剣での斬り下ろしはロングソードの刃を滑り、凜ちゃんの頭を唐竹割からたけわりに襲います。

 防ごうとした凜ちゃんの腕はしかし、もう一方のバックラーにより抑えつけられていました。


  『――かみさまの気持ちを感じること(宗教的倫理観)』


 真正面へめりこんだ片手剣は文句なしの有効打。

 両者の動きは事前にとり決められたように鮮やかで、今度は四夏ちゃんが相手を形にはめたのだと分かります。


  『――やさしいこと(弱者への敬意と慈愛)』


 凜ちゃんは抑えられた腕を一度ほどき、片手ロングソードとなってその押さえ合い(バインド)から逃れました。

 追撃を半身になってかわし、持ち直した長剣で切り付けます。手首を返した剣の十字鍔クロスでそれを受ける四夏ちゃん。


  『――みんなを大切に思うこと(愛国心)』


 やや窮屈なバインドを流れるようにバックラーで引き継ぎ、再び自由になった片手剣で頭部へ一撃。

 ねばりつくような、まるで内へ内へと巻き込もうとする二つの歯車のごとき剣と盾。


  『――なるべく逃げないこと(退却の拒否)』


 凜ちゃんが短く呼気を発します。頭上へと引き上げた柄で片手剣を腕ごとカチ上げ、一歩引きながら四夏ちゃんの泳いだ内ヒジを切りつけました。

 カウントは凜ちゃん有利の2-3。ロングソードの間合いです。


  『――よわい気持ちにまけないこと(異教との戦い)』


 斬り下げた凜ちゃんへ、四夏ちゃんは果敢に踏み込みます。バックラーを前に、対手あいての切っ先を押さえにいくように。

 ただこれは悪手でした。ゆらりと横へスライドした凜ちゃんがその手の内で刃を返します。


  『――パパとママの言うことをきくこと(封主への服従)』


 四夏ちゃんの突進をすかすと、その伸びきった左腕をすくい斬りに。さらに斬り下ろしへと派生。

 2-4。すれ違い背中をさらした四夏ちゃんに斬り下ろしを防ぐ術はありません。


  『――やくそくを守ること(誓いの固守)』


 四夏ちゃんが大きく前傾して長剣の切っ先から逃れます。

 倒れ込むような急加速は距離を開けるのに十分でしたが、それは即ちまたロングソードの間合いを越えなければ負けるということでもありました。


  『――よくばらないこと(多くを与えること)』


 一瞬の静止。

 たとえ相打ちでも負け、という状況で四夏ちゃんは構えを変えます。

 奇妙な構えでした。盾を胸の正面に、そして逆手にもった片手剣をまっすぐ相手に向けみぞおちの下あたりへ備えます。

 昨日は使っていなかったはず。どこか戸惑うような凜ちゃんからしても特殊なものに違いありません。

 直後、無造作にすら思える一歩を四夏ちゃんは踏み出しました。

 

  『――そのぜんぶを守れるように、つよくなること(正義の厳守)』


 凜ちゃんからその出足を狙うとみせかけた変化の上段突きが放たれます。

 四夏ちゃんはピクリと下の剣を反応させたものの、即座にバックラーでその刺突を押し逸らし、大きく踏み込みました。

 つまりは二重防御。バックラーが上半身、片手剣が下半身をカバーし、どちらでさばいてももう一方が――。


  『――これは、騎士のジッカイ十戒


 バインドから逃れようとする長剣。それを頭上へと追いつめたバックラーを追うように、片手剣を捨てた右手が凜ちゃんのロングソードの柄を握ります。


「っ」


 それはロングソードを放棄しないかぎりどうしようもない、両腕を吊られた体勢。

 四夏ちゃんの左手が盾を放し、かわりに凜ちゃんの右腰からダガーを抜き取りました。

 わき腹、腕下、どちらも鎧の隙間にひと刺しずつ。次いで切っ先が凜ちゃんの喉へ突き付けられます。


「りんちゃん。ホンキだよ、あたし」


 カウントは5-4。四夏ちゃんの勝利。


「ホンキの騎士道だから。りんちゃんたちにはケンカしてほしくないし、泣いてる子にはやさしくしなきゃだめ、だから」

「……っそんなの」


 一度は堪えた何かがあふれるように凜ちゃんが口を開きます。その声は湿っているよう。

 でもその前に、彼女のすそを引く手がありました。杏樹ちゃんです。

 

「りんち」

「…………」


 凜ちゃんの手が振り払おうと動く気配。

 けれど寸でのところで止まったのは、その声が誰よりぐずぐずに濡れていることに気付いたからかもしれません。


「ゴメンね」


 しゃくりあげながら袖を掴む杏樹ちゃんをみて、やがてうろたえたように辺りを見回します。

 そんな凜ちゃんの肩をそっと押す四夏ちゃん。杏樹ちゃんへ向き合わせるように。


「……もう気にしてない」


 杏樹ちゃんはふるふると首を振ります。ヘルムを脱いだ凜ちゃんにさっきまでのあふれるような怒気はもはやなく。


「っぅぐ、あ、たしも、りんちにエンリョしちゃってた、から」

「……は?」


 ぴたりとその顔が固まります。

 こいつはなにをいっているんだ、という表情。


「ひくっ、これからは、ちゃんとっしてほしいコト、言うようにするからっ」


 すがりつき泣きじゃくる杏樹ちゃんの頭を横からなでる、四夏ちゃんのガントレット。


「うん、そうだね」

「そうだね違う」


 例えるなら時計鎖と鼈甲櫛べっこうぐしを互いに贈り合った矢先、乱入したネコがそれをくわえて行ったような乱脈に、不本意ふほんいの極みといった色を浮かべる凜ちゃん。


「だからっ、だからまた一緒にあそぼうよぉぉぅええぇぇ」


 勝手に自分だけの理屈で納得し、反省し、号泣する友人にまずどこからツッコんだものか。途方にくれるその横で四夏ちゃんもヘルムを脱ぎます。


「……ね?」

「なにが」


 八つ当たりめいた怒りがわくほどに、ひとりニコニコと笑顔な彼女に問い返すと。


「あたしりんちゃんのそういう顔みるの、たのしいよ」

「っ」


 普段になくからかうような口調で返されて、ぷいと顔を背けてしまうのでした。


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