3.カウンテッド・ブロウズ
「じゃあ、さいしょにやりたい人っ」
「はーーいっ!」
四夏ちゃんの声かけに元気に手を挙げたのは杏樹ちゃんでした。
ですが凜ちゃんもその隣でしれっと手を挙げています。彼女の鎧は四夏ちゃんのものとよく似ていますがモヒカンのような突起ヘルムについています。切り抜かれた目窓は横に長く、視界も広そう。
杏樹ちゃんと凜ちゃん、ふたりの視線がバシリ。
「りんちは後でいいじゃんー」
「アンジュちゃん、昨日最後にやったでしょ? 順番はわたし」
睨みあいになりかけた二人。四夏ちゃんは確定しているのがちょっと不思議です。もしかすると二人には対抗心のようなものがあるのでしょうか。
「あっ、じゃ、じゃあ、あたしは後でいいよ」
あわてたように四夏ちゃんが二人をなだめると杏樹ちゃんは「ほんとに!?」と嬉しそう。逆に凜ちゃんはばつが悪そうに黙ってしまいました。
そそくさとヘルムを脱いでしまう四夏ちゃん。
「あたしはお姉さんにルールを教えるから」
その笑顔に何も言えなくなったのか、凜ちゃんも同意して広い場所へと移動します。途中、職員室の窓から園長先生と目が合いました。会釈されあわてて返します。
「二人とも、説明するから言うとおり動いてねー」
小さなグラウンドで対峙した二人へ呼びかけて、四夏ちゃんはこちらへ向きなおりました。
「これからやるのは【カウンテッド・ブロウズ】っていうルール、です。五回相手に攻撃を当てたら勝ち」
「シンプルですね?」
「うん、他のルールもあるけど、分かりやすいから」
ここまで話していて分かったことですが、四夏ちゃんは誰よりもこの遊び……失礼、競技に真剣です。それについて語るときはふだん頑張っている敬語もひかえめ。
ひょっとしたら杏樹ちゃんや凜ちゃんはそんな熱意にひかれて集まったのかもしれません。
「攻撃を当てていいのは【頭】【胴】【両腕の手首より上】【両足の膝から上】【喉】でそれ以外はカウントしない。当てられたらグッド、って叫ぶ。アンジュちゃん、軽く当てるフリしてみて」
おっけーと応じた杏樹ちゃんが昨日と同じ長い棒を振りかぶります。
「ちぇえりゃあーーっ!」
ボゴスッとかなりいい音がして凜ちゃんのヘルムが揺れました。こめかみに打ちこまれた棒を押しのけて彼女がつぶやきます。
「……軽く、フリ、って言った」
「あっそうだっけ? ごめんごめん!」
杏樹ちゃんがあははと笑いました。凜ちゃんの不機嫌オーラがヘルムからあふれんばかりです。
「りんちゃん、グッドって言って」
説明で頭がいっぱいなのかマイペースに四夏ちゃん。
「…………グッド」
たっぷりの間をかけてボソッと凜ちゃんが言うと、満足げにうなずきます。
「そしたら、あたしとお姉さんで一人ずつそれをカウントし、ます」
「当たったかどうかは自分で言うんですか?」
思ったより簡単そうでちょっと拍子抜けです。
「そう、シンシのスポーツ、だから」
どこか誇らしげに四夏ちゃんはうなずき。
良心にまかせるということでしょうか。さっきの凜ちゃんはものすごい不承不承でしたけど。
「あ、あと、武器を落としたら五秒のうちに【拾う】か【ダガーを抜く】か【敵の武器を奪わ】ないとしぬ」
「ひえぇ」
紳士というには荒っぽいんですよねえ。武器を放した時点で勝ち目なんてないと思うんですが戦うんですかそうですか。
「ダガーというのは、その?」
鎧の右腰に輪ゴムで吊られた短剣をさしてたずねます。短いといっても手から肘くらいの長さがある、十字架のような剣。
「そう、ダガーはいざという時だいじ。騎士の生命線。いちばん近く、いちばん速い。実戦では転ばせた相手の鎧のスキマをこれで刺す」
「う、うわあ、とっても紳士的ですね!」
うっかり皮肉が飛びだすくらいに女子高生であるワタシには刺激の強い話でした。
「なー、まだー?」
杏樹ちゃんの催促にはたと気付いた様子の四夏ちゃんが、
「じゃあ、あたしはアンジュちゃんのを数え、ますね」
とワタシへ促します。
「分かりました。ワタシは凜ちゃんを」
向き合った二人。
凜ちゃんの武器はヒザから頭くらいまでの長さがある剣です。ロングソードというのでしょうか。
「――
「マイレディ」
「マイレディ」
四夏ちゃんが二人の間に黄旗をさし伸ばして宣言すると、両名は正面へ武器を掲げそれに応えます。
「ファイト!」
二人が構えました。円を描くように横移動する凜ちゃんと、それに棒の先を合わせ続ける杏樹ちゃん。
思ったより静かなスタート――そう思ったとたんに変化は起こりました。
「ちゃあーっ!」
ふいに足を止めた凜ちゃんに杏樹ちゃんが突きをくりだします。鋭いとはお世辞にも言えませんがそこは園児。凜ちゃんは大きく上体を動かしてそれをかわします。
かと思いきや長剣の柄に右手、刃の中ほどに左手を添えて前に出ました。
「【ハーフソード】っ」
持ち方の名でしょうか。四夏ちゃんがつぶやきました。
凜ちゃんは剣で棒を外へ外へと押しだすように前進しながら、その切っ先を相手の顔面めがけて突き込こみます。
あたった位置はヘルムのちょうど目窓のあたり。
「っぐ、グッド……っとあ!?」
後退した杏樹ちゃんがグラつきます。
そのわけはすぐに分かりました。一気に距離を詰めた凜ちゃんがその片足を踏んで動かなくしていたのです。
バランスを失った杏樹ちゃんに二撃、三撃とくわえられる同様の突きこみ。まさかとは思いますが本当に目窓をこじらんばかりの勢いです。
「ぅ、グッド、グッド、ぐっどぐっど!」
「デッド! ウィナー、りんちゃん!」
六発目をふりかぶっていた凜ちゃんはそれでぴたりと動きを止めます。仁王立ちして剣を下ろすとフンスと胸を張り。
「らくしょう」
「すごいすごい、大人の選手みたいだった!」
興奮する四夏ちゃん、凜ちゃんもどことなく得意気です。
ワタシはといえば展開の速さと激しさに心を奪われるばかりでした。もしジャッジ対象が逆だったらちゃんと止められたかどうか。
「う~、足かけるのズルいよぉ」
棒を放して尻餅をついた杏樹ちゃんが哀れっぽくもの申します。
「りんちゃんってスポーツチャンバラもやってたんだよね?」
「うん、クラブじゃハヤブサの剣って呼ばれてたかな、やっぱ」
あとの二人がそっちのけで盛り上がっているのも面白くない様子。
「ズルい! ず~~る~~~い~~~!」
杏樹ちゃんは泣きの入った声で駄々っ子モードに突入です。
終わってみればあっというま。結果を見れば0-5。良いトコなしです。もっと遊びたかったという気持ちもあるでしょう。恥ずかしながらワタシにも覚えがあります。
「あ、こ、アンジュちゃん……ゴメンね、もういっかい、今度はあたしとやろう?」
四夏ちゃんがあわてて駆け寄りました。手を差し出して杏樹ちゃんを引き起こします。
「うん……」
杏樹ちゃんがヘルムの上から目をこすろうとして、それを脱ぐのを手伝ってあげる四夏ちゃん。
なんだか姉妹のようですね。その様子を凜ちゃんがぽつねんとして見つめています。
「じゃ、りんちゃんはあたし、お姉さんはアンジュちゃんをジャッジしてくれますか?」
「……ん」
「分かりました」
その後の試合では、うってかわって猛烈に杏樹ちゃんが攻め込みました。
片手剣よりリーチが長い棒(ポールアームというそうです)の、
「グッド!」
四夏ちゃんが二の腕を打たれ叫びました。スコアは4-0。
間合いは互いを押し合うほど近くなり、杏樹ちゃんは棒を左右均等に持ってひらすらに連打の態勢に入っています。
わき腹を狙う打撃を四夏ちゃんがなんとか剣で防ぎました。
「っ」
ガシャンと後退した背中がフェンスへ追い込まれた、その瞬間。
側頭部へ振るわれたポールアームごと、四夏ちゃんの盾が杏樹ちゃんの腕を殴りとばしていました。
「う、わっ」
続けて盾で視界を塞がれ、たたらを踏んだ彼女を追いかける四夏ちゃんの斬撃。それはけっしてポールアームの間合いへ離されまいとする目の覚めるような攻めでした。
ひとつ、ふたつと浅いながらも腕や胴を切り裂く片手剣。でも。
「とっ、たっ、このぉっ!」
前へとのびきった太ももへ、杏樹ちゃんが鋭いうち下ろしをみまいました。
「グッド!」
四夏ちゃんが宣言して脱力します。ふっと肩の力を抜くと深呼吸。
やや間をおいて、凜ちゃんが旗をあげました。
「……デッド。ウィナー、アンジュちゃん」
「ぃいやったあー! フゥー! らくしょう!」
地面に膝立ちになると両手をあげ快哉をさけぶ杏樹ちゃん。さっきまでグズっていたのが嘘のようです。
「うーん、負けちゃった」
ヘルムを脱いで苦笑する四夏ちゃんはやや息があがっていて。
「アンジュちゃんはおっきな武器をたくさん振り回せてすごいねぇ」
「ふっへへ、だろぉー? えっへへへぇ」
「うん、オルランドみたい!」
「お、おる……何?」
一見してそれは競技のあとの和やかな一幕に見えたのですが。
「知らないの? りんちゃんも? ……りんちゃん?」
一人もくもくと鎧を脱いでいる子がいました。彼女はすっかりそれを傍らのおもちゃ箱に放り込むと、じっと四夏ちゃんを見返します。
「しなつちゃんのそういうとこ、わたし嫌い」
「ぇ……?」
一瞬、四夏ちゃんは何を言われたか分からないようでした。続けて凜ちゃんは言います。
「そんなのは優しさっていわない」
「ちょっと、なにさいきなり?」
かわりに食って掛かった杏樹ちゃんに目もくれず、くるりと
「わたし、今日は習いごとがあるから。もう帰る」
そのとき、計ったように園門で静かなエンジン音がしました。滑り込んできたのはあまり見かけないエンブレムのついた高そうなクルマです。
凜ちゃんは振りかえることも「またあした」と言うこともなくそれに乗り込んで行ってしまいました。
「なにあれ!? しなつ、大丈夫? 泣かない?」
「う、うん……でも、りんちゃんどうしたのかな……?」
ワタシはなんとなーく事情が見えましたが口を噤んでおくことにします。青春ですねぇ。
「しらないよ。ね、それよりだったらさ、今日はずーっと二人で遊べるってことじゃんね!」
「え、え、えーっと……ふ、二人だけだと事故があったとき大変だから……」
「小鳩ねーちゃんがいるじゃん、ねっ?」
「あ、そ、そうだね?」
二人の顔がこちらを向きます。まぁ、リポーターとしては見せていただける分にはありがたいのですが。
「いいですよ、ワタシでよければ引き続きジャッジを」
請け負うと、二人はおしゃべりやじゃれ合いを挟みながら打ち合いに興じました。ワタシもちょっとだけそれに混ぜてもらったりして。
けれど時おり四夏ちゃんが園門のほうを眺めて見せるつらそうな表情は、お迎えが来るまで無くなることはなかったのでした。
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