2.鎧を着る

 皆さんこんにちは、梢小鳩です!

 昨日、三人と約束した幼稚園にもう一度行ってみようと思います。

 日本では珍しい競技とその練習に励む未来の選手たち。ドキュメンタリー部門にピッタリの題材ではないでしょうか。

 調べたところによるとアーマードバトルはここ7、8年くらいのうちに発展したスポーツで、装備たる西洋甲冑は一式そろえると最低数万円、上をみればキリがない世界だといいます。そんな大人の娯楽を子供が工夫して、大人たち以上に楽しんでいるとしたら痛快でしょう。

 というわけで今日は最初から取材モードでいきますよ!


 人けのなくなった園庭ではあの三人だけが固まって遊んでいました。

 気付いた四夏ちゃんが元気よくお辞儀をしてくれます。凜ちゃんと杏樹ちゃんもこっちを見ました。


「おー、ジャッジきたー!」


 ぶんぶんと手を振りつつ杏樹ちゃん。審判ジャッジ? ワタシが?


「ちゃ、ちゃんとお願いしないとダメだよアンジュちゃん」

「あとお姉さん、所属と名前と撮影の目的を教えて」


 いさめるように杏樹ちゃんの服をひっぱる四夏ちゃんと、相変わらず幼児ばなれした危機管理意識をみせる凜ちゃん。

 ワタシが学生証を見せつつ取材目的を話すと凜ちゃん以外は分かったような分からないような顔をしました。


「……えっと、それで小鳩おねえさんには、二人目の審判をしてほしくて」


 強引すぎる話の戻し方をしたのは四夏ちゃん。この子は押しが強いのか弱いのかイマイチ分かりませんね。


「副審というやつでしょうか? でもワタシ、ルールも知らないんですが」


 だいじょうぶです、と四夏ちゃん。いそいそと鎧の準備を始めます。おっと、せっかくなので着る様子もカメラに撮りましょう。


「これが、コートオブプレート、です」


 そういって彼女が見せてくれたのは一見普通のスモックです。水色の、頭からかぶるだけのいわゆる園児服。

 けれどその裏側は色々な形に切られた段ボールが貼り付けてありました。裏地に装甲を張ることで防御力を高めた服、ということでしょう。

 それを服の上にかぶると、頭にタオルをほっかむりのように巻きます。


「ヘルムの上から叩かれると、こまくが破れるから」


 怖っ! そういえば剣道部も面の下に何か巻いていた気がします。

 ――ですが段ボールならいらぬ心配なのでは?


「……選手はみんな、そうしてるもん」


 ふくれっつらは昨日、ワタシが「喧嘩」という言葉をぶつけたときと同じ不満顔でした。

 どうやら四夏ちゃんは本気で競技者としてこの遊びに取り組んでいるようです。


「しなつぅ、ブレスト留めてあげるー」


 自分は下半身だけ鎧をつけた杏樹ちゃんがやってきて言いました。四夏ちゃんに笑顔がもどります。ほっ。


「えと、これがブレストプレート(胸当て)、です。でもちょっと待って……」


 パーツの中で一番大きなそれを指さしつつも四夏ちゃんは他の部品を手に取ります。


「足を先に着ないと屈めなくなるから。もも当てと、こっちが膝当て」


 もも当ては前面を覆う段ボールに、緩衝かんしょう材のプチプチが裏貼りしてあります。固定はどうするのかと思えば両面テープが張られているのでした。

 膝当ては半分に切った六面体ような形。前に張り出しているのは膝を曲げた時のための遊びでしょう。


「ほんとうはスネ当てとブーツも欲しい。けど、馬に乗るわけじゃないから」

「いや、充分すごいですよこれ。誰かに作ってもらったんですか?」


 構造はシンプル、材料も家庭にありそうなものです。が、足へのフィット感や着けた後の可動性などはとても一度や二度の工夫で出来るとは思えません。

 どなたかの親御さんか先生が工作好きに違いないと思ったのですが。


「……ひら○き工房……」

「えっ」


 ボソリと四夏ちゃんが口にしたのはもしかしてあの、国民的子ども工作番組『つくってあ○ぼ』の後枠と言われる――


「鎧づくりで大切なことはぜんぶクラ○トおじさんが教えてくれた……」

「いっ、いえ、ワタシも観たわけではないですが! けっしてワクワ○さんもク○フトおじさんもそんな軍事転用を推奨してはいないかと!」


 思わぬところでテクノロジー発展の縮図を見た気がします。いや、しかし自作ですかこれ。


「小鳩ねーちゃん、見てこれボーラ!」


 杏樹ちゃんがびゅんびゅんとロープのようなものを振り回しながら寄ってきました。ひぇっ、アレ時代劇で忍者が投げてるの見ましたよ!?


「アンジュちゃん、わたしのも留めて」

「えー、しょーがないなぁー」


 凜ちゃんに呼ばれた彼女が置いていったそれは、三本の分銅ふんどうを中央で結びあわせたもの。……ってこの分銅アルミボールじゃないですか! ユーチューブ見ましたね!? 最近の子は何でもすぐマネしてもう!

 などと思っている間に四夏ちゃんは胸当てをつけ終えていました。おへそのあたりまでを覆う装甲の下から強化スモックが垂れ下がっています。


肩鎧ショルダーひじ当て、のど当て」


 指さしながら装備していく四夏ちゃん。

 肩鎧はダンボール片をいくつも継ぎ合わせた蛇腹じゃばら型。そして喉当てもなのですが、裏地には売り物のリンゴなどにかかっているネットキャップが。ここに腕を通すことで固定と伸縮しんしゅく性が得られるわけですね。


「本物は左手のほうが厚いけど。ガントレット」


 小さな軍手をはめたあと、手の甲側をすっぽり覆う篭手を重ねます。


「さいごに、ヘルム」


 彼女の両手がそれを首元まで下ろしたとき、ガシャンと音がした気さえしました。

 何枚もの段ボールを継ぎ合わせて作られた、ふくらんだ花のつぼみのようなシルエット。シンプルな一文字に切り抜かれた窓から、まん丸に輝く目がのぞいています。

 お花の絵はちょっとシュールですけど。


「おお、騎士が、騎士がいます」


 感心してカメラを向けるワタシに四夏ちゃんは得意そう。着ぶくれしてコロコロしたフォルムがどことなく絵本のようで可愛いですね。


「じゃあ、やり、ます」


 ずるりと持ちあげられた剣と盾にワタシは我に返ります。

 コスプレではありませんでした。彼女たちは戦うためにこれだけの重装を着こんでいたのです。


(また、アレを……)


 昨日ちらっとだけ見た激しいぶつかり合いを思いだします。そのイメージの前では精巧でどこかメルヘンな鎧が頼りなく見えてくるのでした。

 ごくり、とワタシは唾をのみます。

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