第21話 7月の傾いた太陽

 ブブーブブーブブー

マナーモードにしていたまなみの携帯がポケットの中で揺れた。まなみはコートから離れるとポケットから携帯を取り出した。奈津からだった。

「奈津!」

まなみはコーチに気づかれないように口元に手を当てて、小声の中では大きめの声で言った。

「どうしたの?何だったの?弟は?」

まったく状況がつかめていないまなみは、何から聞いていいのか分からない。

「まなみ、電話くれてたんだね。今、部活の最中?大丈夫?」

電話の向こうの奈津の声、たかだか4時間会ってないくらいなのに、なんだか懐かしく聞こえる。

「うん!ちょっとなら大丈夫!」

まなみはコートに目をやり、コーチがこっちを見ていないのを確認した。スマホから奈津の声が聞こえる。

「凛太郎は大丈夫だったよ。でも、なんだかんだあって、今、津和野。」

「は?津和野~?なんで!!」

まなみは思わず大きな声が出た。

「もう、いろいろあったんよ。でも、凛太郎もちゃんと一緒にいるから安心してね!また、夜にでもゆっくり電話する!あと、高校にもちゃんと電話入れておいたから。中野先生から監督にも伝えてくれるって。たから、今日はこのまま高校寄らずに帰る!」

奈津はまなみが部活中ということを考えて手短かに話した。

「了解!それで、山口にはいつ帰るの?」

まなみがコーチの動きを確認しながら話していると、ゲームが終わり、コートから出てくる悠介と目が合った。

「たぶん、6時過ぎの汽車に乗って野々宮駅に帰れると思う!。だから、心配せんでいいからね!部活のこともお願いね!じゃあ!」

「あ、奈津、このこと悠介に・・・。」

とまなみが言っている途中で、奈津からの電話は切れてしっまった。まなみは携帯をポケットに入れると、何事も無かったように、コートの方に戻って行った。ゲームが終わったばかりで、まだ肩で息をしている悠介がまなみの方に近づいてきた。

「奈津から?・・・あいつ、何だって?」

膝に手を当てて下を向いて息を整えながら悠介が訊いた。

「なんか、まったく状況がつかめないんだけど、今津和野なんだって。弟も一緒だって。」

まなみは悠介の耳元で小声で言ったつもりだったが、声が大きくて漏れてたらしく、悠介より早く、まなみの後ろにいた和田くんの方が反応した。

「小沢、授業中出て行ったと思ったら、今、津和野なんか!なんでまた!」

和田君もびっくりしている。

「なんかいろいろあったみたい・・・。とにかく、6時過ぎの汽車に乗って、弟と一緒に野々宮駅に帰ってくるって。」

下を向いて、汗をポタポタ落としながら悠介は聞いていた。そして、起き上がる時に、

「部活終わったら、オレ、野々宮駅行くわ。間に合うっしょ。」

と言った。

「あ、じゃあ、私も行く!心配だったんよ。」

まなみがそう言うと、和田君はニヤニヤしながら、

「お前は、二人の邪魔すんなよ。」

とまなみに言った。それを聞くと、悠介が、

「和田、そんなんじゃないって。凛太郎のことも小さい時から知ってるし、ちょっと心配なだけで・・・。だから、まなみも一緒に行こうや!」

と汗と土の混じった顔で白い歯をのぞかせて笑った。「うわ!出た!悠介のキラースマイル!」とまなみは心の中でつぶやいた。「この笑顔にみんな撃沈するんだよね~。ま、わたしはタイプじゃないから大丈夫だけど。・・・奈津はどうなんだろう・・・悠介と。ずっと、すっごいお似合いって思ってたけど・・・。でもなあ、私の勘が当たってるなら、奈津は・・・。」まなみがぶつぶつそこまで考えた所で、和田くんが思い出したように言った。

「そう言えば、コウキは?あいつ、小沢の後追っかけて、教室出て行ったじゃん。」

その言葉を聞いて、コートに向かいかけていた悠介は立ち止まり、振り返った。

「は・・・?なに、そいつ。」

「悠介は知らんかもな~。あいつ目立たんし・・・。オレらのクラスのやつで転校生。時々、理科棟んとこでおれらのサッカー見てたの知らん?そんで、時々、小沢と話してたやつ。そいつが・・・」

和田くんがそこまで説明した時に、まなみが口を挟んだ。

「コウキは、奈津とは関係ないよ。きっと、別の用事!奈津も電話でそんなことひとっことも言ってなかったし・・・。」

まなみは少しムキになって否定した。でも、まなみのその言葉に、悠介は、うんともすんとも何の反応もせず、和田くんに向かって、

「ほら、行くぞ!!鷹斗たち待ってる!」

と言ってコートに向かって走って行ってしまった。悠介は走りながら、あの雨の日、水玉の傘と黒い傘が並んで銀杏並木を歩いていたのを思い出していた。


 「やば!ぼくも高校に電話しなくちゃ。」

電話が終わって戻ってきた奈津を見てコウキが言った。3人は道の両脇を流れる水路の脇に座っていた。水路には色とりどりの鯉たちが所狭しと泳いでいる。鯉を見て、凛太郎よりコウキの方が大はしゃぎだった。それが今、やっと落ち着いてきたところだった。

「そうだよ。コウキこそ、高校飛び出してきたんでしょ!プッ、小学生の凛太郎と一緒だね!」

奈津はコウキを見て笑った。

「うわっ、そんなこと言う!奈津があんなテンパった顔さえしてなかったら・・・。くそ~!」

空を見上げて両手を握って、コウキが大げさに悔しがる姿がなんだか可笑しくて、奈津も凛太郎もそれを見て笑った。

「ここじゃあ笑っちゃうから、あっちで電話してくる!」

そう言うと、コウキは立ちあがって白壁の塀の向こうに姿を消した。コウキが行ってしまうと、奈津は凛太郎の顔をのぞき込んだ。

「凛太郎、帰れる?学校行けそう?」

凛太郎はしばらく鯉を眺めていたが、

「うん・・・。帰る。イッシーにちゃんと謝る・・・。」

と言った。それを聞いて、奈津は凛太郎の頭をクシャクシャっとなでた。そこへコウキが駆け足で帰ってきた。

「『急におなかが痛くなって、トイレに行きました。そして、そのまま病院に直行しました。』って言ったら、中野先生に英語で怒鳴られた~。今回は大目に見るけど、次回からはちゃんと先生に言って帰らないと停学処分にするだって。超怖かった。でも、セーフ!!」

コウキは胸をなで下ろした。

「うわ、中野先生怖そう~。」

そう言って、奈津はコウキを見上げ、それから、スクッと立ちあがった。

「よかった。コウキも大丈夫だったし、凛太郎も帰るって言うし、なんだかんだ一件落着!!」

奈津は、「ね!」と凛太郎に笑いかけた。凛太郎はゆっくり立ちあがると、奈津とコウキに向かって、

「心配かけてごめんなさい。」

と頭を下げた。

「頭から血が出て・・・、オレ・・・。取り返しのつかないことしたと思ったらすごく怖くて・・・。父さんと姉ちゃんも悲しませると思ったら、もうどうしていいか分からんくって・・・。本当にごめんなさい。」

と途切れ途切れに謝った。

「ばか。姉ちゃんも父さんも、凛太郎がいなくなる方が悲しい。だから、もう、何があってもどこにも行かんの。分かった?それに、凛太郎のこと、ちゃんと分かってるから。」

奈津は凛太郎の頭を軽く小突いた。凛太郎は大きくうなずいて、

「帰って、ちゃんとイッシーにも先生にも謝る。そんでちゃんと話もする。あ・・・あと、お父さんにも・・。」

と言った。コウキも目を細めてクシャっと笑うと、

「よかった・・・。」

とつぶやき、奈津がしたのと同じように、凛太郎の頭を軽く小突いた。そして、凛太郎を挟むように3人は並ぶと、ゆっくり歩き始めた。元来た道を駅の方に向かって・・・。

7月の傾いた太陽が相変わらず3人を照らしていた。

 

 いつもの元気を取り戻してきた凛太郎は、足取りも軽くなっていた。どっかで聞いたことがあるようなアニメソングまで口ずさみだした。でも、しばらくすると、急に何かを思い出して、

「そう言えば、コウキくん、初めて会った時、なんか歌ってくれたよね。」

と言った。

「え、そうだったっけ?」

と頭をかしげるコウキに、調子づいた凛太郎がたたみかける。

「男なのに、すっげー高い声で、すっごい上手だったじゃん!姉ちゃん、聞いたことある?」

コウキと歌の組み合わせは考えたこともなかった奈津は、

「え~、コウキの歌?ないない。え?歌えるの?うそ、意外~。」

とちゃかすようにコウキに言った。

「は?どう見ても、歌うまそうでしょ。」

と、目をまん丸くしてコウキが反論した。その顔を見て、奈津はクスクス笑いながら、

「はいはい。あんまり期待せずに聞かせてもらうわ。」

と言った。

「く~!聞いて驚くなよ~。じゃあ、なんかリクエスト!」

コウキと奈津は凛太郎がいることを忘れて、二人で言い合いを始めた。その様子をちょっと下がったところから眺めていた凛太郎がおもむろに訊いた。

「ねえ、姉ちゃんとコウキくんは付き合ってるの?」

いきなりの凛太郎の言葉に、二人の言い合いは中断された。そして、二人は凛太郎の方を振り返ると、同時に、

「違う、違う!まだそんなんじゃない!」

と答えてしまっていた・・・。凛太郎は、その言葉の意味を深くはとらず、

「なーんだ、違うんかあ。」

と残念そうに言った。でも、奈津とコウキは慌てて口を押さえ、お互い固まってしまった。今、お互いになんて言った・・・?「まだ」って言わなかったっけ・・・。二人は口を押さえたままゆっくりお互いを見た。

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