第14話 6月の教室

 月曜日は朝からなんか変な感じだった。6組の前の廊下で悠介に会ったとき、いつもだったら、奈津の頭を叩いたり、ふざけた声で名前を呼んできたりする悠介が、今日は何もしてこない。それどころか、奈津の顔を見た途端、急によそよそしく、

「よ。」

と言っただけで、そのまま教室に入ってしまった。いつもと違ってなんか気持ち悪い感じだ。でも、まあ、昨日あんなに泣いたところをわたしに見られたんだもんな~、

「まあ、悠介も高校3年の男子だし。恥ずかしいか。」

と奈津はボソッとつぶやいて、どうせ、悠介のことだからすぐ治る!とそのことに関しては深追いせずに、サラッと流して、自分の教室に向かった。3組の教室に入ろうとすると、コウキがドアからちょうど出てきたところだった。奈津はまだ心の準備ができていないタイミングで会ってしまったので、変にドキマギしてしまった。でも、がんばって平常心を装うと、

「おはよう!」

とにこっと笑顔であいさつをした。土曜日、蛍まつりで会えて、少し近づけた気がして、ずっと嬉しくてしかたなかった。きっと、前みたいなクシャッとした笑顔で「おはよう!」が返ってくるはず・・・。

「おはよう。」

コウキはチラッと奈津を見ると、ほとんど目も合わせず、無表情であいさつを返した。そして、そのまま通り過ぎて行ってしまった。受けとめ手のいなくなった奈津の笑顔だけ残して・・・。コウキは、ますます事務的な感じがした。もしかしたら、「蛍まつり」の話なんかできちゃったりして!と期待していた自分が恥ずかしかった・・・。近づけたどころか、むしろ、嫌われてる?と思ってしまうような冷たい態度だった。土曜日、暗がりで、触れそうなくらい近くにいたとき「優しい」と感じたのは気のせいだったのかもしれない・・・。奈津の落胆は大きかった。でも、落胆してるのを気づかれると、好きという気持ちまでも気づかれそうで、奈津は、できるだけ、いつも通りに振る舞う努力をした。

「奈津、お弁当食べよう!」

4時間目が終わると、まなみが元気にお弁当片手にやってきた。コウキは和田くんたちと学食に行ったみたいだった。教室にはいない。午前中は一度も目も合わなかった。

「来週はいよいよダンス発表だね~!」

まなみが嬉しそうに言った。昨日の試合の後、「今日の負けは引きずらない!」とみんなで誓ったので、クラスのサッカー部の和田くんも加賀くんもまなみも、もちろん奈津も、昨日のサッカーの話題には極力触れなかった。試合結果を知らない同級生が何気なく聞いてくることがあったけど、こちらから、そのことに触れることはしなかった。

「悠介たちは欅坂踊るんでしょ!悠介の女装、下級生の女子たち喜ぶね~。」

まなみがクスクス笑いながら話を続ける。奈津は沈んだ心のまま、ぎこちない笑顔でうなづいた。ありがたいことに、まなみには、奈津の元気のなさが、まだばれていなかった。

「加賀たちの『STORM』は仕上がったかな~。楽しみ~!」

とまなみが言うと、近くでお弁当を食べていた加賀くんに聞こえたらしく、

「弁当食べたら、今日の昼休みも練習よ。8割方はできたぞ!でも、細かい足のステップとか手の動きとかは、はしょってなんちゃってでごまかしてるけどな。」

とはしを持ったまま奈津たちのところまで話しに来た。

「やっぱ難しいんだ。BEST FRIENDSのダンス。すごいな~ヨンミンたち。」

まなみはBEST FRIENDSがまるで自分のもののようにしみじみと感心する。

「おっと、急がなきゃ!まあ、楽しみにしとけって!」

と加賀くんは大げさにガッツポーズをすると、お弁当のところに戻って行った。

「奈津も洋楽ばっかり聞かないで、BEST FRIENDSの『STORM』くらい聞きなさい!クラスの男子が踊るんだから。後でわたしが奈津のスマホに入れといてあげる!」

まなみはなんとしてでも、奈津にBEST FRIENDSに興味を持たせようとあの手この手を使ってくる。

「分かった、分かった。『STORM』は聞いてみる!」

そう返事はしたものの、今の奈津には、BEST FRIENDSなんて、ますますどうでもよかった。何でコウキが冷たいんだろう・・・ううん。そもそも、冷たいも何も、ただわたしのことに関心がないだけで、あれが普通なのかもしれない・・・そんなことばかりが頭をよぎっていた。「STORM」だかなんだか知らないが、勝手にどうぞ・・という感じだった。・・・でも、今の気分が変わるなら、何でもいい気もしてきた・・・。

「まなみ、そう言えば、BEST FRIENDSのファイル持ってなかったっけ?」

奈津は、自分が落ち込んでるのを、このまま、まなみにも気づかれたくなくて、わざとBEST FRIENDSに話題を振った。そうしたら、まなみがずっとしゃべってくれるに違いない。「奈津覚えててくれた?もしかして見たい?待って、待って!今持ってくる!」

案の定、まなみはハイテンションになり、自分の机にファイルを取りに行った。まなみが席を離れると、奈津は大きなため息をつき、下を見た。お弁当もなかなかのどを通らない。でも、まなみにはそのことを気づかれないようにしたかった・・・。

「持ってきたよ~!ハイ!」

まなみはファイルを奈津のお弁当の横に置いた。

「ふ~ん。これがBEST FRIENDSか~。」

奈津は見せられてはいるものの、気乗りはしなかった。7人がそれぞれ1人ずつアップで写っているが、パッと全体を見ると、みんなメイクをしていて、やっぱり同じに見えた。でも、まなみの手前、とりあえず、ひとりひとりを指さしながら見てみることにした。まなみは、

「ちょっとのど渇いた!水筒とってくる。ちょっと見ててね!ちなみに真ん中がヨンミン!」

と言って席を立った。まず、真ん中で一番大きく写っている子から。これがまなみの好きだというヨンミンか。ほんと、綺麗な顔してる・・。それから・・・。奈津は左上か順番に見ていった。でも、じっくりとではなく、サラッとだった。まなみには悪いが、本当に興味がなかった。みんな色が白くて綺麗なのは分かるが、ただそれだけだった。あっという間に右下の最後の子まできてしまった。それもやはり綺麗な子だった。金髪にパーマを当てたその子は、体は左向きで顔だけこちらに向けていた。ブルーのカラコンを入れた目は一重で、流し目をしてこちらを見ている。そして、左の耳にはシルバーのクロスのピアス。

「・・・ねえ、まなみ、この子誰?」

奈津は戻ってきたまなみに無意識に訊いていた。自分が今指さしてるファイルの右下の子を。

「えっと・・・、それ、それ!それがヒロ!加賀が踊る子!」

奈津はなんでこの子の名前を訊いたのか分からなかった。K-POPメンバーは、まなみから何度名前を聞かされても、どうせすぐに忘れてしまうのに・・・。そう思った時、廊下からガヤガヤ声が聞こえてきて、和田くんたちが学食から帰ってきた。コウキが3番目に教室に入ってきた。やはり、こちらをちらりとも見ない・・・。

「嬉しい!!初めて奈津から名前訊かれたかも~!もしかして、ヒロって奈津のタイプ?」

妙に嬉しそうなまなみ。声がいつもより大きい。教室のみんなに声が聞こえる。奈津は思わずコウキに聞かれてることを意識してまう・・・。

「違う、違う。ちょっと訊いてみただけ。全然タイプじゃないって。」

奈津は自分が好きなのは、アイドルだなんて誤解されたくなくて、いつもより大きな声で強めに否定をした。

「そうだよね~。それに女優と路上キスとかしちゃうような子、奈津は絶対無理だよね~。」

まなみが「ヒロ」と呼ばれている子のスキャンダルを話しだしたが、奈津にはそんな話はどうでもよかった。奈津の神経はコウキが教室に帰ってきた途端、そちらに全集中が向いていた。だから、そのまなみの話には、なんの感情も入れず、簡単に返事をした。

「うん。そうだね。・・・嫌かも。」

その返事を奈津がしたとき、前を向いていたコウキが顔だけこちらに向けた。その時、今日初めて奈津と目が合った。眼鏡の奥のコウキの目・・・・。それはどこかで見たような流し目だった。ドキッとして、目をそらしそうになったが、奈津は固まってそらすことができなかった。その目は鋭かったが、なんだかとても悲しそうにも見えた・・・。和田くんに呼ばれてコウキが視線を外すまで0.1秒か0.2秒くらい、それは本当に短い時間だった・・・。でも、奈津にはしばらく時間が止まったように長く感じられた・・・。コウキの視線が外れると、奈津はお弁当に視線を落とし、しばらく無言でご飯をつついていた。すると、そんな奈津の様子を横で見ていたまなみが小さな声で奈津に声をかけてきた。

「奈津・・・?」

奈津が顔をあげると、まなみはいつになく真剣な眼差しを奈津に向けていた・・・。「奈津、もしかして・・・。」とまなみは続けたかったが、なんとなく今は聞いちゃいけない気がして、口をつぐんだ。そして、

「なんでもな~い!」

といつもの調子で笑ってごまかした。

「なに~?もう、まなみったら!あ、まなみ、ファイルありがとう!汚さないうちに返すね。」

奈津は優しくBEST FRIENDSのファイルを持った。奈津は笑っていたが、本当は笑っていないってことくらい、まなみには分かった。うちら何年の付き合いだと思ってるの?奈津・・・。

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