第15話 6月のダンス(前半)

 今日の午後は、いよいよ3年男子のダンス発表会だった。まなみは朝からハイテンションだ。でも、奈津はなんとなくいつもの奈津ではなかった。この一週間、ずっと変な感じだった。悠介はなんだかあれからずっとよそよそしくて、部活の時もやりにくかった、悠介のことだからすぐ治ると思っていたのに、今回は意外と手強い。まなみと詩帆ちゃんは感づいて、

「悠介とけんかでもしたの?」

「悠介先輩となんかあったんですか?」

と聞いてくる。悠介があの試合の後泣いたことは、悠介のことを思うと、口が裂けても言えないので、

「さあ、わたしが口うるさいからかな~?遅く来た反抗期?」

と苦しい理由をつけてその場をしのいでいる。

 そして、コウキ・・・。コウキの方は、明らかに変なのはコウキではなく、わたしの方に違いない。コウキはきっと、いたって普通なのに。一方的に彼の動向ひとつひとつに勝手にドキドキしたり、落ち込んだり・・・一喜一憂しているのはわたしの方だ・・・。そんなことを窓の外をぼんやり見ながら考えていた。すると、突然、中野先生の

「SORRY!みんなが提出してくれた課題ノート、職員室に忘れてきちゃった!」

という大きな声が聞こえた。そうだった。もう、2時間目の英語が始まっていた。奈津は思考の渦から突然引き上げられたような感じがした。窓の外から教壇に視線を移すと、中野先生があたふたしていている姿が目に入った。それを見た奈津は思わず、

「先生、わたし取ってきましょうか?」

と反射的に手を挙げていた。まなみは「あちゃー、あの世話好き!職員室遠いし、ノート重いのに。」とため息をついたが、いつものことなので、「仕方ない手伝ってやるか・・・。」とあきらめて、まなみも手を挙げようとした、その時、

「廊下側一番後ろ、タムラ君、一緒に行って手伝ってあげて。重いから。」

と中野先生がコウキを指名した。それを聞いてコウキが無表情でゆっくり立とうとした。そんなコウキを見ると、奈津は、

「あ、先生、わたしなら大丈夫です。1人で行けます。」

としか言えなかった。前ならきっと跳び上がりたいほど嬉しいシチュエーションなのに・・・。

「いいの、いいの。ほら、2人ともサッと行ってきて。」

中野先生が手でシッシッのジェスチャーをしたので、コウキは黙って席を立つと、奈津の方は見もしないで廊下に出て行った。それを見て、奈津も戸惑いながら廊下に向かった。廊下に出ると、コウキはもう数メートル先をサッサと歩いて行っていた。奈津は先を歩いて行くコウキの背中を追いかけた。後ろに奈津などいないかのような態度で歩いて行くコウキ。しばらくタジタジしながらしおらしく後を追っていた奈津だったが、なんだかだんだんと腹が立ってきた。「やっぱり、こんなのコウキじゃない。こんなコウキおかしい!」奈津がそう思った瞬間、それは、もう声になって出ていた。

「コウキ!なんか怒ってる?わたし、何か気に障ることした?」

思ったより大きな声だった。・・・コウキは足を止めるとゆっくり振り返って奈津の顔を見た。

「別に。」

それだけ答えると、コウキは向き直してまた歩き出そうとした。奈津は思わず駆け寄り、コウキの腕を掴むと、

「うそ。前のコウキはそんな態度しなかった。いつも顔をクシャっとして笑ってくれた。」

とコウキに向かって必死にそう訴えていた。腕を掴まれたのと、奈津の勢いとで、コウキはびっくりして一瞬たじろぎ、とっさに、

「別に奈津は何も悪くない。ただ、彼氏がいる人に、なれなれしくしたらいけないなって思ってるだけだから。」

と言ってしまっていた。言ってしまってから、コウキは慌てて口を押さえた。何事もなかったように平然と、そのまま職員室に向かって歩き始めたが、心の中はバクバクした。「今、なんて言った?・・・これじゃ、ぼく、拗ねてますって言ってるようなもんじゃんか・・・。」

 奈津はキョトンとしていた。恋愛に疎い奈津にはどういうことかよく分からなかった。ただ、彼氏がいると誤解されてることだけは分かった。2人は無言で職員室まで行くと、中野先生の机から課題ノートを無言で半分ずつ持ち、無言で教室に向かった。コウキも奈津もお互いなんて言っていいのか分からなかった。何か口にすると、お互い相手にいろいろなことが分かってしまいそうで・・・。

バサッ

ぼんやりしていたコウキがノートを落としてしまった。奈津は自分の分のノートを置くと、コウキに駆け寄り、ノートを拾い始めた。ノートを拾いながら奈津は、

「わたし、彼氏いないから・・・。だから、今まで通り、わたしにもクシャって笑ってくれたら嬉しい。」

とだけポツリと言った。不意をつかれたコウキは、顔をあげると、間近で奈津の顔を見た。するとコウキは我慢しきれずに吹き出していた。それを見て、奈津はまたキョトンとした。

「さっきから、クシャって・・・、笑ったらぼく、そんなに顔崩れるっけ?」

コウキは奈津が真剣な表情で、何度もクシャっていう表現を使うのがおかしくてしかたがなかった。

「やば!また、クシャってなった!」

コウキがそう言って、真顔に戻そうとするので、奈津は慌てて、

「ごめん!悪口じゃないの。ただ、あの・・・」

ともごもごした。それから、奈津はコウキの顔をじっと見つめると、

「でも、良かった。やっと、笑った。」

と嬉しそうに言った。奈津は、それだけいうと照れくさそうに向こうを向いて歩き出した。コウキは奈津の後ろ姿を目を細めて見つめた。2人でいるときは、こんなにも温かい空気で包まれる・・・。でも・・・とコウキは自分の気持ちに釘を刺す・・・。あの雨の日、奈津は悠介を抱きしめていた・・・。彼氏ではなくても奈津が悠介を好きであることに変わりはないだろう・・・。それに、今、自分が誰かを好きになるなんてあってはいけないことだろう・・・。


 ダンス発表会は12時半開場。ステージの一番近いところは、3年男子たちのエリアだった。もう、衣装を着た3年男子たちがスタンバイしている。そのエリアから後ろが自由席だ。そこは、開場とともに前の方からどんどん埋まっていく。まなみが猛烈な勢いで最前列4つを確保した。自分と奈津と詩帆ちゃんと、それに、加賀くんから頼まれた加賀くんのお姉さんの分。保護者など一般の人も閲覧も自由だった。午後の1時から1部スタートで途中15分の休憩をはさみ、2時から2部が始まる。1チーム5分から7分の持ち時間で前後半8チームずつ。順番はくじ引きで決まったらしい。2部のトップバッターが3組の「クレヨンしんちゃん」、2番目が6組、悠介たちの欅坂46「サイレント マジョリティー」、ラストから2番目が3組加賀くんたちのBEST FRIENDS「STORM」だ。

「あ、詩帆ちゃん、こっちこっち!」

まなみが通路に向かっておいでおいでをする。

「わ!一番前!さすがまなみ先輩!」

詩帆ちゃんはびっくり顔で近づいてきた。

「当たり前よ!でも、あっちあっち、悠介のファンたちよ。強敵!」

まなみは、最前列左の方を見た。2人がそちらを見ると、2年の女子たちが10人近く最前列を陣取っていた。女装の悠介を見つけようとギャーギャー言っているのがすでに聞こえてくる。

「バスケ部の伊藤も人気よね。あの横の集団は伊藤目当てでしょ。これが、伊藤BTS踊るんよ!あいつ、かっこいいくせにさらにかっこよさを上乗せしてくる気よ。侮れん。それにしても、さすが2年女子!やることが大胆よね~。1年生の中にもファンはいると思うけど、やっぱまだ静かだわ~。」

まなみの言葉に詩帆は自分の気持ちが気づかれてないか、ドキッとした。「やっぱり、悠介先輩は人気だなあ。本当に、いつも先輩はキラキラしてる・・・。」でも、詩帆は未だに、レッドカードをもらった先輩の姿が頭から離れなかった。あんな先輩を見たのは初めてだった。いつも全身から強気ややる気がみなぎってて、人一倍輝いている先輩が、レッドカードをもらってからは、翼をもがれた鳥のようだった。痛いほど気持ちが伝わってきた。でも、そんな時でも、先輩の横にいられるのは自分ではなく、奈津先輩だった・・・。


「悠介、一番前のあの集団、お前目当てじゃね?」

同じクラスでサッカー部キーパーの雅哉が、自分も女子の制服姿で茶化してきた。

「違う、違う。伊藤だって。」

悠介は、一番前の席を見た。ギャーギャーうるさい側とは反対の方に奈津の姿を見つけた。

「あいつ、何であんな前にいるんだよ。」

悠介は誰にも聞こえないようにつぶやいた。奈津の前で泣いてしまってから・・・、正式には奈津に抱きしめられてから、以前と違って、妙に奈津を意識してしまう。自分はこんなに動揺しているのに、いつもと変わらず平然としている奈津を見ると妙に腹も立ってくる。「奈津はオレのことどう思ってんのかな・・・。」確かに、照れくさくて、ちゃんとした告白らしい告白はしたことがない。

「オレたち付き合っちゃおうか。」

これは、オレの精一杯の告白だ。それなのに、奈津にはいつもふざけてる・・・としかとられていない。クソッ!ウジウジするなんてオレらしくもない・・・、

「ヨッシャー!!」

女子の制服を着ていることも忘れて、悠介は野太い声を出して気合いを入れた。


「オレたち、めっちゃかわいくね?。」

和田くんが、赤いTシャツに黄色いパンツをはいた自分たちの姿を見て、笑いながら言った。

「やっぱ、かわいさで勝負でしょ!!」

しんちゃんのダンスの振りをしながら、チームメイトがふざけて笑う。

「オレたちのかわいさに勝てるチームなどいない!」

他のメンバーもノって、踊り付きで笑いながら答える。それに合わせてコウキも一緒に踊る・・・。コウキにとって、こうやって、友達と笑い合ってる時が一番リラックスできた。こうやってる時間は、余計なことも思い出さなくていい・・・。

「オレたちの最高のステージ見せてやろうぜ!」

ノリがマックスになった和田くんが、冗談でチームに声をかけた。その途端・・・・・。突然、コウキの周りから音が消えた。自分がどこのステージにいるか分からなくなった。そして、錯覚だろうか・・・揺れる無数のライトが見えるような気がした・・・。


前半が終わり、休憩に入った。

「うわ~、どっこもクオリティ高かった~。伊藤たちのBTSも悔しいけどかっこよかったね!伊藤、テテのパートしてた!さすがぬかりないわ~。」

まなみは手を叩きながら興奮している。

「加賀くんのお姉さん、体育館の入り口で待ってるんだよね。ちょっと行ってくる!」

奈津は席を離れて、体育館の入り口に向かった。入り口では、ウェーブのかかった長い髪、白のカットソーに黄色のスキニーをはいた、いかにも女子大生という感じの女性が立っていた。

「加賀先輩!」

奈津は声をかけた。

「わあー、なっちゃん、久しぶり!」

加賀先輩は嬉しそうに走り寄ってきた。2年前まで山口東高校のテニス部だった加賀先輩は、同じグランドの部活同士ということもあって、奈津たちとはよく話をする先輩だった。もちろん、弟がサッカー部所属ということもあって、マネージャーの奈津たちとは仲が良かった。

「すごーい!先輩綺麗になりましたね~!」

奈津は目をまん丸くして先輩と手を取り合った。

「もう!前は綺麗じゃなかったみたいじゃない?」

口を尖らせてわざと意地悪な顔をする先輩。

「いやいやいや、前も綺麗だったけど、さらに磨きがかかったってことです!」

奈津は慌てて答えた。

「うそうそ!」

2人は並んで歩きながら席に向かった。

「なっちゃん、弟から聞いたけど、うちの大学狙ってるんでしょ?」

「え、あ、はい。」

「1年の頃から医学部行きたいって言ってたけど、今も変わってない?」

「はい。変わってないです。でも、状況はかなり厳しいですけど・・・。」

「そっか、すごいね、なっちゃん。頑張り屋さんだもんね。もう、弟の嫁に欲しい~!!」

そう言いながら、加賀先輩は奈津を抱きしめてきた。

奈津は照れ笑いをしながら、

「ほら、一番前!着きましたよ!」

とまなみを指さした。

「まなみちゃーん!」

まなみを見つけると、加賀先輩は今度はまなみに駆け寄った。

「聞いたよ~!まなみちゃん、BEST FRIENDSのファンなんだって?一緒ー!!」

2人は久しぶりなのに、会うなり意気投合した。

「もう、かっこいいよね~!」

「加賀がBEST FRIENDS踊るって言った時には、もう嬉しくて、嬉しくて!先輩のおかげですよ~!!」

「今日は、弟があのかっこいいヒロをちゃんと踊れてるか心配で心配で。あいつ、下手な動きしたら許してはおけん!」

加賀先輩は握り拳を作って、笑いながら言った。

「先輩、ヒロが好きなんですよね~。」

「あったり前よ!あのセクシーな眼差し。セクシーなダンス。そして、透き通った高音ボイス。どこをとっても素敵過ぎ~。本物見たら、絶対わたしぶっ倒れるから!」

胸の前で手を組んだ先輩は夢見る少女のようだった。盛り上がってる2人に、気を遣うように詩帆ちゃんが

「そろそろ、2部始まりますよ。」

と声をかけた。

「1番目はわたしたちのクラスのもう1つのチームが『クレヨンしんちゃん』踊りますよ。」

と奈津は加賀先輩に耳打ちした。。

「ふーん。ちょっと、興味なしだな~。この間に友だちに試験のことをラインで返しとこっと。」

そう言うと、加賀先輩は椅子に座ってスマホを触り始めた。奈津はそんな先輩をよそに、ステージに注目した。しんちゃんの映画の主題歌だった、ケツメイシの「友よ~この先もずっと・・・」の曲がかかる。右からメンバーたちが出てきた。後ろの列の一番右端に赤いTシャツ、黄色いパンツ姿のコウキがいた。この広い体育館の中で、彼のことを気にとめてる人は誰もいない。ただ、1人奈津をのぞいて・・・。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る