第5話 5月の背中

 チャイムが鳴り、4時間目の男女別の体育が終わった。3組、4組の体育は今日からダンスだ。女子の体育のダンスは、男子のように全校生徒の前でお披露目がある訳ではないので、男子よりも気楽だった。だからグループ分けも、曲もダンスもすぐ決まった。でも、男子たちはお披露目があるので、クラスのダンスが得意な何人かは、かなり気合いが入っていた。数日前の休み時間からグループ分けやら曲やらをあれこれ話しているようだった。体操服から制服に着替えながら、まなみは3組の男子たちが何を踊るのか知りたくってうずうずしている。

「男子たち決まったかな~。」

「え、でも、7組がWanna One(ワンワン)だったっけ?K-POP踊るんでしょ。あ、それに5組がBTS(防弾少年団)踊るって2時間目に決まった!ってまなみ言ってなかったっけ?K-POP二つも入るんだから、もう、うちのクラスは何でもよくない?」

と髪を整えながら奈津が答えると、

「いや、昨日の昼休み、ちらっと『BEST FRIENDS』の名前が聞こえたんだよね~。だから、もしかしたら!って思って!」

まなみも髪を整え終わると、二人はそろって更衣室を後にした。心なしか、まなみが早歩きになっている。渡り廊下のところで、着替えを済ませた3組のサッカー部、和田くんに出会った。

「和田~!決まった?曲!」

まなみは走り寄って訊いた。

「オレに期待してもダメだって。オレたちはダンス苦手チームだから、『クレヨンしんちゃん』を踊るんだぞ~。」

とたいして似てないしんちゃんのモノマネを最後に入れながら和田くんが答えた。

「え、じゃあ、この辺歩いてるのダンス苦手チーム?」

和田くんの前後数メートルを歩いている3組男子たちを見回しながらまなみが訊いた。

「そうだぞ~。」

「わかった、わかった。何その似てないモノマネ!」

まなみががっかりしながら答えているのを、奈津が横で笑いながら聞いてると、3人の横をコウキがすうっと通っていった。「ま、コウキもダンス苦手チームだろうね。妥当、妥当。」と奈津は妙に納得してしまった。

「おお、そう言えば、加賀がダンスうまいチームに入ってたぞ!」

と和田君が新たな情報を教えてくれた。

「なんかあいつ、小学生の時はサッカーのクラブチーム以外にヒップホップも習ってたんだってさ!知らんかった!あいつら、まだ話し合ってたから、そのうち決まったら戻ってくるんじゃね?弁当でも食いながら待ってたら?」

「わ、加賀、奥深~い!!」

奈津もまなみも驚いた。なんせ、加賀くんがヒップホップしてたなんて初耳だった。そんな話をしているうちに、いつの間にか教室の前まで来ていた二人は、「お弁当食べるか!」と顔を見合わせ、窓際の席をくっつけてお弁当を食べることにした。ふっと廊下側の席に目がいく。「今日はコンビニのお弁当かな?」コウキが教室でお弁当を食べているのを見てそう思った。昨日はいなかったので学食に行ったと思われる。大抵、学食かコンビニのお弁当だった。コウキが誰かの手作りを持ってきたのは見たことがないような気がする・・・。

「うぇ~い!腹減った~!」

急に大きな声がしたと思ったら、加賀くんたち、ダンスうまいチームがガヤガヤと教室に帰ってきた。その姿を見ると、待ってました!とまなみが尋ねる。

「ダンス決まった?」

「BEST FRIENDSの『STORM』!!いぇ~~~い!!」

ノリノリで加賀くんが答える。

「え!!うそ!!やった~~!!!」

まなみが思わず立ち上がって喜ぶ。教室の他の女子も「やったね、まなみ~!」と声をかける。「みんな、ありがとう!!」と両手を挙げて選挙の挨拶のように答えるまなみ。

「え、なんでまたBEST FRIENDSにしたの?日本デビューしてないから、まだあんまり日本じゃ知られてないのに!わたしはうれしいけど!」

まなみが興奮して訊くと、

「オレの姉ちゃんがBEST FRIENDS好きで、動画何回も見せられて、ダンス大会で踊れ踊れ言われてたんだよね~。それに、やっぱり、こいつら確かにかっこいいからさ!」

と加賀くんが鞄からお弁当箱を出しながら答える。

「加賀の姉ちゃん、センス良すぎ!」

「姉ちゃんが好きなのは日本人のヒロなんだって。なんかダンスがしなやかで高音ボイスで顔もセクシーなんだとさ!オレとしては、ケッて感じだけど!歳はオレらと同じらしいじゃん。」

姉ちゃんから聞きかじったことをドヤ顔で話す加賀くんにまなみが加勢する。

「あ~確かに!ヒロはセクシー!!オーラがハンパない!わたしはマンネのヨンミン推しなんだけどね!だって、かわいいんだもん。え、じゃあ、もしかして、加賀がヒロのパートする?」

「当ったり前!オレしかいないっしょ。」

そう言いながら、加賀くんはサッカーでゴールを決めた時のような手にキスをし、天を仰ぐポーズをした。「いぇ~い!!」とクラスのみんなからも喝采を浴びる。クラスは大盛り上がりを見せた。奈津もそれに混じって手を叩く。そして、一通り盛り上がって、クラスが落ち着きを取り戻すと、思い出したように加賀くんが言った。

「でも、ヒロって女優とキスして、すっげ~叩かれてるんだろ?そういや姉ちゃん嘆いてた。オレらと同じ歳でようやるわ。さすがアイドル!すげーな!うらやまし~!!」

加賀くんは唇を尖らせて弁当箱にキスするまねをした。

ガタン。

奈津が音のする方に目をやると、お弁当を食べ終わったのか、コウキが立ち上がった。そう言えば、さっきまでコウキはどうしてたっけ?一緒に盛り上がってたっけ?

「それはやめて。ファンとしては笑えない・・。BEST FRIENDS・・・それで大変みたいなんだから・・・。」

まなみがさっきまでの元気が嘘のようにうなだれて席に座ったので、奈津はまなみの方に目を移した。加賀くんも「やば!」という顔をして、

「まあ、まあ、まあ、元気出せ!!とりあえず、ダンスがんばるからさ!」

とまなみに声をかけた。

「うん!そうだね。楽しみにしてる・・・!」

笑顔を取り戻したまなみを見て奈津も安心してお弁当を再開した。プチトマトを口に運びながら廊下側の席に目をやった。コウキはお弁当のゴミをコンビニの袋に入れて、その口をしばると、それを持ち、静かに教室を出て行くところだった。なぜだろう・・・今のコウキの背中が、去年のサッカーの選手権・・決勝で負けた先輩たちの背中とダブって見える・・。あの時の先輩たちと同じ。泣いてる背中のように見える・・・。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る