第4話 4月のソウル

 ここ、韓国のソウル市江南区にあるC・Yエンターテインメント事務所の練習室では、「BEST FRIENDS」と呼ばれる、今、飛ぶ鳥を落とす勢いのボーイズグループがダンスの練習をしていた。彼らは、高校に通ってるメンバーが合流した18時から3時間、ほとんど休みらしい休みなしでダンスの練習をしている。さすがにメンバーたちも空腹と体力の限界とで集中が切れてきたのだろう、今度の歌番組で披露する彼らの代表曲「STORM」を踊り終わると、みんなパタッと床に寝っ転がってしまった。4月のソウルはまだ肌寒い日もあったが、全力でダンスをすると、全員汗が噴き出して止まらなかった。

「今度の収録のステージはいつもより狭いから、今のフォーメーションでいくぞ。今回の感覚をしっかり体で覚ておくんだぞ~!じゃ、今日は終了!」ダンスのソン・スンジェ先生はそう言うと、「ふう、腹減った~」と言いながら、練習室を後にした。残されたメンバーたちはしばらく寝っ転がって体の火照りがとれるのを待っていた。しばらくは水を打ったような静けさが漂っていた・・・が、それは長くは続かなかった。まず、ゴロンゴロン動き始めたのはやんちゃな「ヒロ」だった。ソウル市内の芸能人が多く通う高校の3年生で17歳。メンバー唯一の日本人だ。ヒロは転がって、同じ歳の「ジュン」のところまでいくと仰向けで大の字に寝ている彼にふざけて抱きついた。

「わ、やめろ~、ヒロ~!」

と言いながら、一瞬、ぎゃ~と叫んだが、すぐにジュンのやんちゃ心にも火がついて、今度はヒロ、ジュン二人でニヤッと笑うと、ゴロゴロ転がり始め、マンネ(韓国語で末っ子、韓国のグループで一番年下が『マンネ』と呼ばれる)のヨンミンに向かっていった。危険を察知したのか、今までぐったりしていたヨンミンはサッと起き上がると、

「わ~やめろ~!!!」

と言って練習室の隅に逃げた。二人とも起き上がると、そんなヨンミンを追いかけ二人同時に抱きついた。

「ぎゃ~、暑いし、臭いし嫌だ~!!」

ヨンミンはジタバタと暴れているが、二人は笑いながら容赦しない。そんな3人を見ておなかを抱えて大笑いしているのがヒロとジュンの1つ上のムードメーカ「Shineシャイン」。

「お疲れ~、おまえたちもふざけてないで、早く休めよ~。先帰っとくぞ~。もう、寝る。」

とゆっくり起き上がろうとしているのが、ちょっと無気力系なラッパー「Sharpシャープ」。シャインとシャープ、この二人は18歳で同じ歳だ。

「ぼくも帰ってご飯食べようっと。おなかすいた~!」

と言いながら立ち上がり、帰ると見せかけて3人に向かって突進し、一番大はしゃぎしたあげく、ケタケタ笑いが止まらなくなってるのが一番年上の20歳「ジニ」。そして、その騒ぎに仰向けになったまま無反応、それもそのはず、すでにいびきをかいて爆睡状態に入っているのが、チームのリーダー、19歳の「ドンヒョン」だ。「やれやれ。」そんな顔をしながら、シャープが練習室のドアを開けようとノブに手を伸ばした瞬間、

「帰さないぞ~ヒョン(兄さん)!!」

と背中に飛び乗ってきたのはヒロだった。それを合図にジュンもヨンミンも体当たりしてくる。メンバーの中でも一番細いシャープはひとたまりもなく倒されてしまった。

「おまえら、許さ~ん!!」

倒れたシャープは追いかける元気が残ってないので、その場でわめき始めた。7人はプロデビューしたとは言っても、まだまだやんちゃ盛りで、練習後は決まって大騒ぎになっている。練習の体力と遊ぶ体力は別のようだった。度が過ぎてけんかになってしまうこともあるくらいだ。今日も、爆睡しているドンヒョン以外は、いつものように大笑いしながらふざけ合っていた。その時だった、

バン!!

大きな音をたてて練習室のドアがいきなり開いた。まだ、事務所に残っていたユン・ヒョンソプ代表だった。6人はふざけ合うのをやめて、代表の方を振り返った。

「ヒロはいるか!!」

大きな声だった。その声で爆睡していたドンヒョンも目を覚まし、目をこすりながらゆっくり起き上がる。

怒っているのだろうか・・・顔は赤く、携帯を握っている手が小刻みに震えている。

「これはどういうことだ!!」

低い声。「見ろ」と言うように、その携帯をヒロに向けた。ヒロは掴んでいたジュンのシャツを離し、代表の方に向かって歩き、代表が差し出した携帯を受け取り、その画面を見た。


『BEST FRIENDS ヒロ、年上女優と路上キス』


その見出しと共にヒロと女優の写真が大々的に載っていた。キス・・・唇と唇が触れているかどうかは分からない。女優の後ろからのアングルで、女優は頭しか見えていない。ただ、女優の頭で半分隠れてはいるがピンクに染めた少し長めの髪、片目だけ写っている涼しげな一重の目、それはまさしくヒロだった。二人の顔はキスをしている・・と言われても仕方のないくらい接近している・・・そんな写真だった。呆然と携帯を見つめているヒロからシャインは携帯をとりあげるとメンバーたちとその画面を見た。6人とも・・いや、ヒロを入れて7人はその場で凍りついた。

 デビューから2年、ピュアでクリーンなイメージで活動してきた彼らにとって、青天の霹靂のようなスキャンダルだった・・・。


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