第3話 終焉
「お身体は。ラインハルト殿。」
堅物然とした声が歩み寄り、ラインハルトは目を開けた。古城の石床は、灼熱を纏うウファとの戦いの場になっていたとは思えないほど冷たく、背中に触れる感触は固く、氷を背にして倒れているかのように感じた。
声には、聞き覚えがあった。ラインハルトは声を頼りに目を向けた。
「左腕に違和感がありますが、問題はありません。少し休めば大丈夫なはずです。……シホ様が、癒してくれましたから。」
本来であれば、驚いても不思議ではない発言を、クラウスはひとつ、頷いただけで聞き流した。
ラインハルトが目覚めた時、周囲では神殿騎士団の人員が立ち働き、ウファと自分だけの決戦場であったはずの古城内部は、大きく様子を変えていた。見たいと、掴みたいと願った輝きはなく、淡い疲労感だけが残る身体は、そもそも最前まで、ウファと戦っていたことを想像するのも困難なほど、何もなかった。あれほど感じていた幻視痛も、折れたはずの左腕も、一切何も感じなかった。
自分はおかしくなったのかとラインハルトは考えたが、それはすぐに否定した。あの黄金の騎士の姿と言葉を思い出したからだ。
あれは、シホだった。『聖女』シホ・リリシアだった。だが、シホはこの戦場からは遠く離れた、カレリアオードの最後の戦線にいるはずではなかったか。
「……我々も、長く御身を匿うことは難しい状況です。お身体に不調がなければ、事前にお話した通りの段取りを進めます。」
「……我が儘を聞き入れて頂き、感謝しています。後はあなた方にお任せします。」
ラインハルトはクラウスから視線を外し、横になったまま真っ直ぐ前を見た。所々崩れた古城の屋根が見え、その向こうには青い空が広がっていた。
「……クラウス殿。」
クラウスが離れていこうとする気配があり、ラインハルトはその背中は見ずに声をかけた。我が身のこれからのことは、考えていなかった。それでもひとつだけ、クラウスに確認しておきたいことがあった。
「如何されましたか。」
「……ウファは、『怨讐の剣』は、どうなりましたか。」
ラインハルトが見た、最後の光景は、眩しすぎる光に包まれて、定かではなかった。聞いた声はシホのもので、自分が無傷であり、この場にウファの姿がない以上、その結果は推して知ることができたが、それでも、ラインハルトは誰かに訊かずにはいられなかった。自分が望んだ光の先には、何があったのかを。
「……『怨讐の剣』は、確かに封じられました。これから聖王都に向かい、天空神教会大聖堂の地下に安置され、眠りにつきます。」
「……そうですか……」
淡々と、事実のみを伝えるクラウスの言葉は、どんなに取り繕い、飾られた言葉よりも、如実にいまの状況を伝えていた。
『怨讐の剣』魔剣フランベルジュは封印された。その使い手の身柄について語られない現実が、ラインハルトにのし掛かった。救うことはできなかった。自分の行い、その結果、怨讐に染まった男を救い、新たに生きてもらう。自分の若さ、認識の幼さが招いた結末に翻弄された男にこそ、新しい人生を生き、自分のこれからの行いを見続けて欲しいと思った。だが、それは叶わなかった。
「……ブラムセル王国へは、教会が船を手配致します。ラインハルト殿には、ここより東の小さな漁村に身を寄せて頂き、数日お待ちいただく。」
「……承知、致しました。」
ラインハルトがクラウスに応えた声は、自分でも驚くほど力なく、震えていた。
終わった。終わってしまった。戦いが。償いが。もう、ウファに償う術はない。
ラインハルトは天井の隙間から見える青空を見上げた。そこには答えはなく、ただ光があった。そして、光を象徴にする少女の笑顔が、あった。
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