第5話 人が、生きているのだ
「我々には辿り着くべき未来があるのだよ、レネクルス公子殿。」
「そしてそれは、この大陸の全ての民に、あまねく繁栄を約束するものだ。」
「全ての民に……?」
エルロン侯の言葉に反応するつもりはなかった。どう言ってもこの男とその仲間たちは、魔剣プレシアンの力が欲しいだけだと知れた。シャドというあの男が何者かはわからないが、エルロン侯の言葉をそのまま
それだけに、ラインハルトは応じてしまった。反射の領域と言っていい。ラインハルトは、全ての民、という言葉に反応したのだった。
その瞬間、ラインハルトの頭のなかを、このオード・カレリア国境紛争の中で経験した様々な事象が、対面した人物たちが、そのものたちの言葉が、
全ての人々がいて、その言葉があって、ラインハルトはこの地まで導かれた。貴族として生まれた自分が、考えるべき未来を紡ぐようになるいまへと導かれた。そこには貴族も平民も、宗教勢力も傭兵も、国も国境もない。ただ、ラインハルトという幼い存在を前に進めた『出会い』であった。
「……その全ての民に……」
ラインハルトはエルロン侯を見る目に、力が宿ることを自覚した。エルロン侯の余裕の表情が、片方の眉根を上げて訝る顔に変わる。
「あなたの言う全ての民に、市井のものは含まれているのか? 蛮族と罵られるオードの民は、雇われて戦う傭兵は、隷属から解き放たれても、行き場を見つけられなかった元奴隷は! 貴様の言う全ての民に、含まれているのか!?」
ラインハルトは椅子を蹴って立ち上がった。長机に向かっていた異国の衣装の優男と眼帯の男も立ち上がる。にわかに膨れ上がる殺意を、ラインハルトは無視した。
「貴様の考える未来に、本当に全ての民が含まれているのなら、この戦いはなんだ!? 多くの未来を奪って得られる、全ての民に繁栄を約束する未来など、あるはずがない!」
「……大事の前の小事だ。望むものが大きければ、それだけ犠牲を払う。」
「その小事に!」
ラインハルトは机を叩き付ける。
「……人が、生きているのだ。人を導く役割というものを持って生まれた我々には、その役割を正しく用いる義務がある!」
「雄弁だな、ラインハルト殿。」
声は、この場にいない人物のものだった。聞き覚えのあるものであり、ラインハルトをここまで導いたひとりのものであった。誰もが声がした方、ラインハルトの背後に視線を向ける。ラインハルトも振り返り、両開きの扉を見たとき、その扉が勢いよく開かれた。
「だが、言葉が通じる相手ではないぞ。」
黒く長い髪が流れる。その背後には、目を閉ざしたままの長身の男が立つ。
「アああ!! 『統制者』!! キてくれマしたカ!!」
「お前が呼んだのか、シャド。全く厄介な……」
「……エルロン侯ジョルジュ・ヴェルヌイユ殿。敵対しているオードの軍司を招いたこの状況、ご説明願えますか」
『紅い死神』リディア・クレイに歓喜するシャドに、エルロン侯が頭を抱える仕草を見せ、そのエルロン侯を、身分の
「ラインハルトおおおおお!」
熱は、エルロン侯の背後からラインハルトに迫った。
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