第3話 友だちではない、協力者だ

 ラインハルトは両開きの大きな扉の前に立った。両脇に立つ二人の衛兵がラインハルトの顔を確め、ややあって、扉を開いた。


「ようやく来たか。レネクルス。」


 部屋の主は、自分との立場の違いを強要するように、ラインハルトの肩書きに抑揚を強く付ける物言いで迎えた。ラインハルトが何も言わずにいると、まあ座れ、とラインハルトの青黒髪とは対照的な、血のように深い赤色の髪を持つ男は、対面する席を促した。


「フォア伯とエヴルー伯の姿がありませんが……」


 ラインハルトはこの部屋に『神聖騎士団の首脳陣』に呼び出されて来た。それはつまり、レネクルス防衛戦のために遠征した神聖騎士団の指揮権を持つ三人の高級貴族を指す。フォア伯とエヴルー伯、そして目の前の、ラインハルトとは同年代の男だ。


「彼らは、残念ながら戦死されたよ。勇敢な最期であった、と聞いている。」


 そう言って、神聖騎士団の指揮官の長であるエルロン侯爵は両肘を目の前の長机について掌を組み、その上に形のいい顎を乗せた。言葉に反し口元が、にやり、と笑みの形に開かれる。一瞬だが、ラインハルトは見逃さなかった。

 長机の短い辺で向かい合って座る形になったエルロン侯を、ラインハルトは真っ直ぐ見続けた。

 窓を背にして座ったエルロン侯の姿は逆光になって暗く影が落ちている。それでも鼻筋の通った女性のように端正な顔立ちははっきりとわかり、その綺麗な顔立ちが禍々しい言葉使いと態度に比例して、逆らい難い高圧的気配を生んでいる。


「わたしに行軍について話がある、と伺いました。」


 いまさら、騎士団を持たぬわたしに。言葉にはしなかったが、ラインハルトはあからさまに態度に出した。投げ付けた粗野な響きの言葉を、エルロン侯は目に見えて払うように着衣を払った。神聖王国カレリアの正規騎士団である神聖騎士団の銀鎧が、鋼の擦れ合う音を立て、その上から入った深紅の外套が舞い上がって落ちた。


「いまさら、貴殿に行軍の相談など、するはずがない。用件は別だ、公子。」


 エルロン侯の姿に影が射す。元々、逆光だったエルロン侯の輪郭が、より強い影により曖昧になる。背後の窓とエルロン侯の間に、誰かが立ったのだ、と気づき、ラインハルトは僅かに動揺した。この部屋には、エルロン侯以外の人間は見当たらなかったし、誰の気配もなかったからだ。奥に部屋があって、気づかぬ間に入ってきたのか、と思ったが、どうやら奥に続く部屋はない。ラインハルトは視線を動かして扉の有無を確認すると、逆光になった輪郭だけの人物に目をやった。


「このものが、貴殿と話したいそうでな。それで呼んだ。」


 エルロン侯は赤い髪を揺らして振り返り、影に頷くと、影は前に歩み出た。差し込む光の加減が変わり、人物の輪郭が確かになったが、影のように黒い衣服を身に付けているため、印象は大きく変わらなかった。


「ヤア。オヨビだてして、モウしワけナイ。あ、モウシワケありません、か。ムズカしいネ、言葉。」


 眉の高さまてで切り揃えられた黒髪の過剰なまでの艶は、人というよりも、人形を思わせる。やや身体には大きすぎる黒い衣服は、カレリア様式のものではなく、おそらくは遥か東方に存在するという諸島郡の民族衣装だろう。言葉にも強い訛りがある。


「……失礼ですが、エルロン侯とはどういったご関係が……?」

「トモダチですよ。トモダチ。ねえ、ジョルジュ?」


 子どものように屈託くったくない笑顔で笑った凹凸おうとつの少ない綺麗な顔は、まるで新しい玩具を見つけた子どものようで、男性なのか女性なのかも判然としない。声も中性的だ。だが、おそらく男だろう、とラインハルトは判断した。それも、自分よりもかなり年齢が上の。どう見ても子どもだが、瞳だけを注視すると、その芯の色が淀んでいる。まるで暗闇を見るかのような、そよとも感情の動かぬ瞳の色は、死を間際にし、あらゆるものを手放した老人のようでもあった。


「友だちではない、協力者だ。」


 ジョルジュと呼ばれたエルロン侯は、珍しく高慢な態度よりも、不快感を露にした。そのやり取りは、どういう関係にせよ、昨日今日の付き合いではないように見えた。エルロン侯を本名で呼ぶ様子からしてもそうだ。エルロン侯・ヴェルヌイユ。それが何代にも渡り神聖王国カレリアの支配層に君臨する名門貴族の男の名だ。


「ドッちでも、ボクには同じコトダよ、ジョルジュ。エー、と、ラインハルトサマ、だったかな?」


 訛りの強い男が歩み寄ってくる。ラインハルトは言い知れぬ圧力を感じた。不快感であり、恐怖心を駆り立てられたものである圧力に、鳥肌が立つ。

 その時だ。ラインハルトは、うっ、と声を上げそうになった。男に気を取られていて全く気が付かなかった。だが、視界の端に映った長机の空いた席に、先ほどまではいなかったはずの人影が二つ、増えている。男から視線を外して確認すると、一人は男と同じく、東方異文化圏の民族衣装を身に付けた人物。もう一人は大柄な男で、真ん中から赤と青に分かれた、特徴的な頭髪が強い印象を放つ人物だ。どちらも椅子に腰掛け、ラインハルトの方に顔だけを向けている。

 それを確認した瞬間、視界が遮られた。目一杯に黒い男の顔が近づく。


「アナたの持っテるその剣、魔剣デショウ?」


 驚きのあまり、声が出ない。なぜそれを、この得体の知れない男が知っているのか。考えても答えは出ず、言葉も出ないまま、ラインハルトは鼻先まで顔を寄せた男が次の言葉を話すのを聞いた。


「ソノ魔剣、ワタしにクレマせんか?」

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