第143話忍憑きの警鐘

 武雷家の伝説の忍が子を成すという噂は一瞬にして広まっていた。

 やはり潜んで産むというのは難しことか。

 産声を合図に殺しに入ったのには勿論、安堵からの油断を刺す為にあった。

 そればかりでなく出産後の幸福感から突き落とすことにより動きを鈍らせること。

 ただ好都合だったのは、主が死したことだ。

 その重なる武雷の不利に草然は喜ばなかった。

 気が立っている夜影と才造を伊鶴や冬獅郎に任せて頼也は草然へと向かった。

 我が子を失った怒り悲しみから立ち直るには夜影の場合に限って頼也の力が必須であったが頼也はそれを後回しにした。

 主無き今、その感情が盾にも矛にもなるのだ。

 本心あるところに在りたいが、その矛と盾を失えば武雷は崩れ落ちる気がしていた。

 息を切らせて降り立った頼也の前に虎太が立ち塞がろうとしたが頼也はその場に膝をついた。

 頼也の様子から虎太は察し構えるのをやめた。

「…そう、か…。」

「なんてこと…。」

 涙さえ流す姿に顔を伏せる。

 本来であればこのことを知らせるべきではない。

 わかってはいるが、草然には世話になっており二人が気にしているのを知っていた。

 今は争いを減らしたい。

 それにこのままだと夜影が伝説を繰り返すことになる。

 そうなるとその夜影を止められるのは、草然の伝説の忍と才造か。

 その二忍の力であっても止められないとすれば新たなる鎖、武雷の主。

 夜影から溢れる妖気を前に頼也は流血することを許されない。

 増幅すればもうどうしようもなくなる。

 恐怖さえあった。

 様々な感情が濁流となって渦巻く中で正気を保とうと必死に思考を巡らせる。

 誰もが恐れる最悪の事態だけは避けたい。

 夜影の伝説が再来する恐れを警告してどれほどが信じるか。

 妖を舐めてはいけない。

 夜影の傍に在るだけでこの血が掻き乱してくる感覚をどうにもできない。

 それが更に恐怖を煽った。

 頼也はそれを草然に警告しもしその事態になった時は伝説の忍の協力を得たいと申し出た。

「言わずとも抑えにかからねば我らも死ぬだろう。」

 阻止せねばならぬ。

 夜影の精神を安定させても武雷が終わる。

 夜影の暴走を招いた時には伝説が始まる。

 その伝説が何れ程かもわかりきってはいない。

 ただわかっているのは命尽きるまで夜影は敵を滅ぼそうとするだろうということ。

 書物にあるとおりならば、暴走の果てに血の海の中静かに死す、時を経て蘇り武雷へ舞い戻らんこと。

 夜影が死に戻ってくるまでの間が何れ程になるかもわからない。

 その間を武雷が生きることができるかといえば怪しい。

 伝説で麻痺した戦場も一年、二年もあればどうにかなるもの。

 その数年で戻ってくるのか。

 ………この際、夜影が戻ってきた時に己が生きているかどうかは考えない。

 武雷十勇士が失せればいづれ結局終わり。

 唸った頼也に虎太は顔を伏せた。

 頼也が抱えている思考のそれは大体察することができた。

 だがそれを誰もがどうしようもないと思っている。

 あわよくば武雷が滅んでしまって、あの忍隊が失せてしまえば。

 そう考えても可笑しくはなかった。

 だが色々調べていてわかったことがある。

 大昔の武雷が陰陽師で妖と契約し共に生き共に戦う者であったということ。

 契約をして主に憑き従う、それがいつしか武将と忍に置き換わっているだけ。

 夜影が妖であるとは随分前に知ったことだがまるでそれのようだと思っていた。

 だが夜影は主に憑き従っているようには見えなかった。

 武雷という大きな括りに憑き従っているのか、それともその主というのは夜影が武雷に仕えるきっかけとなった武将のことを指しているのか。

 契約の内容がもし、まだ切れていなかったとしたら…?

 夜影は忍としての主に仕える振りで妖としての主に憑き従っているということになるわけだ。

 夜影が憑いている間は武雷は滅ぶことはないと思いながら、だがそれを頼也に伝えることはできない。

 それは何の気休めにもならないだろう。

 伝説となっている全てを滅ぼさんその暴走が妖としてのものであるのであれば武雷を傷付けた仕返しであるとも考えられる。

 もしそうであるならばこれ以上武雷へ刃を向けなければ阻止できること。

 夜影が暴走してから草然が動くのでは遅い。

 己が抑えられるとは思えない。

 忍隊十勇士と共に抑えにかかっても不可能。

 夜影が力尽き死すのを待ったとして武雷がそれで落とされたとしよう。

 それでも武雷は滅ばないのではないかと思う。

 何年経って夜影が蘇った時、武雷が無ければどうなるか。

 現れて早々暴走となれば笑えないが武雷自体が蘇る可能性もある。

 ……忍隊十勇士が生き残っているかどうかは怪しいが。

 阻止することが望ましい。

 武雷の存続は兎も角…記憶の奥底から響く何かが夜影の死を嫌がっている。

 殺したあの瞬間の記憶が酷く痛んで、それが重なれば重なるほどに今を躊躇わせる。

 夜影の暴走が延々と続く恐れを思えば、今阻止し武雷をせめて天下分け目の大戦まで落とさないことが重要か。

 頼也が去ってから主にその警告を重ねる。

 そうなれば忍というものに留まらず人というものが滅びを迎えるのではとまで主が恐れた。

 草然に行く先は定まった。

 武雷と同盟、他へ警告、そして休戦。

 全ての矛先が武雷に向くのであればそれを引き受ける。

 夜影の伝説が繰り返されるくらいならば、その覚悟であった。

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