第140話眼中に無い

 薬草を手に目を細める才造の背後から、そろりそろりと気配が動いた。

 それに気付いていながら無視をする。

 薬草が揃えば次は薬を作り、薬があれば任務も容易くなる。

 そればかりではないが。

「気配が駄々漏れだぞ。」

 何かを構えて攻撃を加えようとしているのがわかると、流石に声を投げてやった。

 溜め息混じりのこの声に動きがぴたりと止まる。

 薬草を懐へしまいこみ、立ち上がった。

 振り返ると小柄の女が棒切れを持って立っている。

 忍にしては出来が悪すぎる。

 かといってただの人にしては中々にいい線をいっている。

「なんでわかるの?」

 小首を傾げる女に、なんとなく察しがついた。

 才造が忍であるということはわかっていない様子だ。

 下手に話すと面倒だとしか思えず、この場を立ち去ることにした。

「待って!」

 さて、次の薬草は向こうに生えていたはずだ。

 最早耳にも入っていなかった。

 そんな才造を追いかけて女は腕を掴んだ。

 そして胸を押し当てて、小首をまた傾げる。

「ねぇ、何処に行くの?私も連れてって?」

 才造は女を睨み付け、舌打ちをした。

 迷惑で不愉快だと。

「触るな。」

「照れてるの?」

「色仕掛けは効かん。失せろ。」

 思ったような反応を一切しない才造に女は小さく唸った。

 こんな時に色仕掛けをされると苛つくのは何故だろうか。

 どうしても比べてしまう。

 夜影の方が、もっと…。

 そこで思考を止めておいてその手を振りほどき、薬草の場所へ向かった。

 それでも雛のようについてくるものだから溜め息をついた。

 ふと、強い殺気が一瞬通り過ぎた。

 咄嗟に女を突き飛ばした。

 尻餅をついた女の上を苦無が飛んでいき、木に刺さった。

 薬を塗った苦無を素早く飛ばし返せば何かが倒れる音がした。

「あ、ありがと…。」

 助ける意識もなく出た行動に礼を言われて余計なことをしてしまった気持ちになる。

 変になつかれるとまた狼様だの何だのと言われて揚げ句の果てには利益の無い人助けの連続になってしまう。

 ふと薬草が目に入り、そんなことはどうでもよくなってしまった。

「珍しいな。」

 女の気配が傍に寄ったことを片隅に、薬草に触れる。

 万能薬が作れそうだ。

 薬小屋にあったのを足せば、充分だろう。

 懐へしまいこんで、立ち上がる。

「薬師なの?そうは見えないけど。」

 よく言われる言葉だ。

 先祖が薬師だったが、今となっては霧ヶ峰家は代々忍。

 ただ、薬師の名残なんだろうな。

 これは。

「帰れ。」

「帰るとこなんてない。」

 言いたい言葉を飲み込む。

 感情の無い言葉を並べ立てても仕方がない。

「子守りは嫌いだ。」

 忍刀を鞘から抜く。

 狙われているのは、この女だろう。

 先程から様子が可笑しい。

 それに、この女も離れようとしない。

「お前の事情は知らん。これが済めばさっさと失せろ。いいな。」

「守ってくれるの?」

「お前がそうさせてるんだろうが。ワシの邪魔にならんよう、下がってろ。」

 息三秒、薬を塗った刃を構える。

 生憎、致死性の無い薬しか今は持ち合わせていない。

 女が身を屈める。

 そうしてくれてありがたい。

 間違って首を一緒に飛ばすことはなくなるだろう。

 飛びかかってくる敵の首を確かに刃で掠める。

 細く切れた傷からふつりと血の玉が浮かんだのを確認する。

 次々と迫り来る攻撃を避けながら、掠め傷のみを与えていく。

 忍刀を鞘へ収めた辺りで薬が効いたか倒れこんだ敵を見下ろした。

 片腕を掴み、匂いを嗅ぐ。

「妙な匂いだな。」

「匂い…?」

「何処かで嗅いだ匂いだ。」

 この独特の匂い…思い出せそうで思い出せない植物の…。

 思考を巡らせていると背後から後頭部を殴られた。

 振り返り様にそれを掴むと棒切れだった。

 いや、まさか、これで気絶させようとか思ってないよな?

「くっ…!」

 最初もそうだったが、こいつは…。

 女の腕を掴み、匂いを嗅ぐ。

「な、何するの!」

「いや、違う。」

「何が違うの!」

「こいつらとお前の匂いは微妙に違う。どちらにしても何処かで嗅いだことのある…草の匂いだ。」

 手を放し、出る前に嗅がされた草の匂いを思い出す。

 夜影が、「もしこの匂いつけてるお馬鹿さんがいたら捩じ伏せておいて。」と言っていた。

 草の匂いなら才造はよくわかる。

 それをわかっていてのことだろう。

「どれも違うな。何処の草だ…?」

 捩じ伏せたいのは山々だが。

 薬草に夢中になって忘れかけていた任務に思考を巡らす。

「あなた、可笑しいんじゃないの?」

「ん?」

 風に運ばれてきた匂いに首を傾げる。

 この匂い…此処にはないはずの…。

 女の肩を掴み引き寄せ髪の匂いを嗅ぐ。

 これだ。

「な、なななな、何がしたいの!?」

「お前、何処から来た?」

 抱き締める形になっているのはさておき、目的の匂いがついている。

 だが、こいつではない。

 それははっきりわかった。

「いみわかんない。」

「そうか、死にたいか。」

 忍刀に手を伸ばすと慌てて女は首を振った。

「違う!違う!言うから!殺さないで!」

 風が無ければ気付かなかった。

 この匂いはそう強いものではないから。

 女を離し、腕を組む。

「あの山から来たの。これでいい?」

 指差しながらそう言った女の首に素早く忍刀の刃を添える。

「なんで!?」

「その匂いをつけている奴を捩じ伏せろと命令されている。わかるな?」

 死にたくなければ、同じ匂いの奴まで案内してくれればそれでいい。

 女は途端走り出した。

 山へ向かって。

 それを加減をしながら追いかける。

 山の奥深く、隠れ里にたどり着く。

 女がそこへ飛び込むと女へ向けて怒鳴り声が響き、女を殺そうと武器を構える集団が現れた。

 もういい。

 加速して女に追い付き忍刀を引き抜いた。

 集団を切り払う。

「案内ご苦労。もういい。」

 さて、目当ての匂いは誰だ。

 攻撃を避ける瞬間に匂いを嗅ぐ。

 これでもなければ気絶させ、それでもなければ気絶させ。

 嗚呼、こいつだ。

「やめてぇ!!」

 女の叫び声に、寸でで男の首を飛ばさずに止まる。

 男は自分の首に添えられた刃に怯えて動かない。

「私の兄を…殺さないで…。」

 捩じ伏せろとは言われたが、殺せとは言われてない……な。

 夜影の言葉を思い出しながら、刃を引いた。

「一つ、聞かせろ。お前は誰かに命を狙われるような何かをしたか。」

 夜影が捩じ伏せろと言ったのだから、武雷に何かしたはずだ。

 男は目をそらす。

 どうやら、心当たりはあるようだ。

「答えんのなら別の問いをやる。お前は何者だ。」

「……実は…。」

 男と女は忍の里出身、この隠れ里に潜伏していたが女は何かの拍子に気付かれてしまっていた状態だったようだ。

 しかも兄妹、気付かれていない兄の男は女を敵対する振りをしなければならなくなった。

 そして外に出ていた女は別の忍の里の忍に敵対されてしまったらしく襲われていた。

 そこに才造がいたものだから利用しようとしていたというわけだ。

 この二人、出来が悪くて忍の里の長からも呆れられているのを自覚しているらしい。

 確かに今までのこれは忍にしては酷い。

「どうか、俺を弟子にしてください!」

「私も!」

「いや、阿呆か。お前らを捩じ伏せに来てんだぞワシは。」

 話を聞いてしまったがために。

 男に蹴りをくらわせ見下した。

「先生!お願いします!私たちを連れていってください!」

 頭を下げる女に嫌気が差した。

 先生だとか師匠だとか、狼様だとか。

 そういう呼ばれは鬱陶しくて仕方がない。

 夜影が言う「狼さん」とは別の響きがあって、気持ち悪い。

「その呼び方はやめろ。」

 これ以上留まりたくはない。

 霧となってこの場を逃れた。

 報告書を作らず直接夜影に全て話せば、苦笑された。

「なんとなく、わかっちゃいたけどね。」

「だから殺せとは言わなかったのか。」

「だってほら、放っておけば野垂れ死にそうだから。」

 だから、わざわざ殺さなくとも良い。

 勝手に死ぬだろうから、確認だけ行ってこいと言ったようなものである。

 それで死んだならそれでもいい。

「ならワシでなくても…。」

「だってあそこ薬草多かったじゃない?」

 それで納得する才造もまた。

 その後日、あの二人が武雷までやってきて、当然門前払いをうけたのは言うまでもない。

 どうやら今回の主はそこまで優しくはなかったようだ。

 前の主であったなら、受け入れていた面倒事だったろうに。

 主ならばやがては気付く。

 どんなに不出来な奴も夜影の手にかかれば優秀な者へと成長を遂げることができることを。

 それを知られては夜影もたまったものじゃないだろう。

 それは忍隊十勇士の皆も同じか。

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