第139話是非もなしか

 翌日、才造と夜影の間にあった問題は消え失せていた。

 才造はすっきりとした表情で、触れることも解禁されたからか上機嫌だ。

 一方夜影は昼頃やっと部屋から出てきた。

 主はやっとか、と安堵する。

 頼也はやれやれと溜め息だ。

「頼也ぁ…。」

 夜影がゆるりと部屋を出て真っ先に行ったのは頼也の元。

 思ったより才造が狼だったことを愚痴り、そこに座り込んだ。

「…進展して何よりだ。荒療治だったがもう大丈夫なんだろう?」

「おかげさまで。」

 ただ、悪いといえば夜影が仕事できる量が半分以上減ったこと。

 部下はその穴埋めに必死こいて働いている。

 思ったよりも夜影の働きが大きかったのだ。

「才造、加減しろ。」

「無茶言うな。」

 ただ、あとは授かるまで部下が頑張るだけだ。

 主を睨んで夜影は呼ばれもしないのにそこに立った。

「この首取るか?」

「誰が誰の首を取るって?」

 別に謝罪は要らない。

 忠義を捨てるほどまで進んだことでもない。

 ただただ、仕事を逃したことに腹が立っている。

 動けなかったのは仕方無い。

 それでもこうなったのは全て、そう。

「こんな時に何ですけど、そちらはいつ授かるので?」

「その前に、」

「主のややこが見とうございます。で、いつに?」

 仕返しとばかりに腹黒い笑顔を向けた。

 主に妻はいない。

 それがわかっていて言うのだから尚悪い。

 頼也がそっと後ろに立って夜影の両肩に手を置くと、くるりと向きを変えさせ連れていった。

 そして向こうの方で何かを言っている。

「性格の悪いことをするな。」

「仕返しってのも大事だよ。」

「わかったから影は専念しろ。疲れが余計にとれないのがわかってるなら休め。」

 頼也の真面目な顔におされて頷く。

 そして部屋に戻った。

 それから頼也だけが主の前に戻る。

 溜め息をついて、主の顔を見つめる。

 言うことはないが、言いたいことがあるなら聞く。

「頼也、夜影は何と。」

「何も。」

「いつ授かると思う。」

「…たとえ忍風情、この頼也でも…主に無礼と知りながら何をするか、忠義も腐ったものですね。」

 今度は伊鶴がそっと背後に立って片手を肩に置き振り向かせ連れていった。

 そして向こうでまた言っている。

「頼也、気持ちはわかるが性格の悪いことを言うな。」

「仕返し代わりの挨拶も大事だ。」

「大事かどうかは抜いてお前が一番わかっているだろう、専念してくれ。」

 伊鶴の生真面目におされて頷く。

 そして仕事へ戻った。

 それから伊鶴だけが戻る。

 二度あることは三度ある。

 そう思うと主の方が溜め息だ。

 言うことは特に無さげな伊鶴は黙ったまま主を見つめた。

「頼也は、何と?」

「特に無い。」

「そ、そうか。で、伊鶴は何か言いたいことはあるか?」

「…夜影も頼也も似た者。二度あれど三度は無い。」

 二度あることは三度ある、ということはなかったようで安堵した。

 そもそも夜影の時点で主には用がなかったのだ。

「もう良いぞ。」

「承知。」

 御意とは言わぬところ、伊鶴も思うことはあるということか。

 あの二人に比べて控えめな言に苦笑した。

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