第136話戻りて

 才造が目を覚ましたのは深夜。

 十勇士が己以外いないことを不思議に思い、伊鶴の置き手紙の存在に気付いた。

 広げて読めば何故いないのかはわかった。

 それを逆から横読みすれば何があったのか知ることができた。

 主に呼び出され…それからの記憶が一切ない。

 効果が切れた、と考えるのが自然だ。

 つまり、二度目がある。

 目が覚めたのが深夜で良かった。

 夜影の居場所や十勇士の皆の居場所は書かれていないが伝説の忍と共にいるというのであれば問題ない。

 今の内に此処から失せよう。

 必要なものだけを持ち、静かに気配を殺して走り去った。

 翌日、主が才造の元へ行くと伊鶴の置き手紙が布団の上に落ちているだけで何処にもその姿はなかった。

 そして舌打ちをする。

 夜影と虎太は影から出て山の奥で一息ついた。

 そこで三好と合流し、十勇士の今の状態を告げられる。

 各自己らしいところへ失せているのだから、夜影からすれば必要とした時探しやすいと安堵した。

 そこに息を切らせて才造が現れたのには驚いた。

 虎太が立ち上がり、三好も身構えたが夜影は座ったまま様子を眺めていた。

 あの恐怖を感じないのだ。

 才造は夜影を見て膝をついた。

 それに二人は身構えるのをやめる。

 それから才造が土下座をしたことに、やっと正気に戻ったかとため息をつくのだ。

「記憶は一切ないが…すまん…。何をしでかしたかは…伊鶴の、置き手紙から把握した…。」

 才造の顔色が悪いところからするに副作用で今弱っているのだろう。

 それとこんな事実を知って精神的にも苦しかろうに。

「夜影をワシから逃したこと、礼を言う。」

 頭を下げたまま虎太にそう言うた。

「何処まで記憶があるの?」

「夜に主から呼び出され行った、それだけだ。それからは何一つ思い出せない。」

 顔を上げさせ首に手を添える。

 撫でていって、何かを刺したような痕を確認した。

 此処から薬を刺されたのだろうか。

 そうすると才造は本当に一切の警戒もなかったといえる。

 当然だ。

 主の呼び出しに警戒するというのは、主へ疑いを持つのと同じ。

 そんなこと、夜影ほどの忍でなければできない。

「才造、悪いけど暫くはこちとらの傍に来たり触れたりは禁ずるからね。」

「……わかっている。」

「嗚呼、良かった…。」

 才造を抱き締めて、目を閉じる。

 硬直する才造は自ら触れることはできないので宙でやり場のない手を震えさせていた。

 禁じておけば才造は滅多なことではしない。

 その信頼はある。

「さて、草然に詫びにいくよ。才造。」

「草然に…?」

 三好とは此処で一旦別れる。

 虎太と才造を連れ草然に戻った。

「おぉ、無事であったか。」

「才造が正気に戻りました。この度はご迷惑と心配をおかけし誠に申し訳御座いませんでした。」

 才造と共に頭を下げる。

 才造には最中の記憶は一切ないのだと、薬を刺されたのであろうことを伝えた。

「ふむ…。あやつは何を考えておるのだ。忍に忍を襲わせるとはな。」

 これには夜影もわからない。

 何故才造なのか、も。

 企んでいるのは明らかに武雷の方なのだ。

「しかし、取り敢えずは良かった。才造、顔色が悪いが。」

「副作用だと。少し休めば治ります。」

「なら良いがな。治らぬようであればやはりあやつに問わねばならぬ。」

 幸い、他の十勇士は狙われていない。

 草然を出て、才造と夜影はそれぞれの場所で身を隠すこととした。

 夜影は出身の忍の里へ、才造は実家へ。

「どうした。才造。」

 久しぶりに帰ってきた息子が玄関で頭を抱えて唸るので腕を引っ張り部屋へ入れさせる。

 その顔色は悪いが、唸っているのは別の原因があるのだろうと思うた。

 実際そうだった。

「…嫁…。」

「殺されたか。奪われたか。」

「…襲って怖がられ、禁じられた。」

「お前は馬鹿なのか。」

 色々と省き過ぎた。

 顔を上げて事を全てきっちり話せば苦笑される。

 そして水を目の前に出された。

「その薬は何かわからんが、まぁ、落ち着け。」

「暫く…触れられん…地獄か…。」

「ん?嫁は、確か…夜影だったな?」

 それがどうしたというのだ。

 首を傾げて肯定だけは答える。

 すると険しい顔をした。

「…孫は?」

「そんなことか。」

「…いや、産んでないとすれば奴らの狙いは明らかだ。」

 明らか…?

 子がいないことの何が武雷にとって都合が悪い?

 いやそもそも何故そんなことに?

「お前の主は、お前と夜影の子がきっと優秀な忍だと思うておる。つまり戦力だな。」

「ワシが夜影を襲ったというのも…。」

「そうだな。まぁ、記憶がないということはお前も残念な話よ。」

 子作りすればこの問題は失せるのか…?

 もう狙われることもないのか…?

 いや、こうなるともう一人、もう一人となるだろう。

 多ければ多いほどに、と。

「薬に対抗できる術はあるか?」

「薬はくらう前提なのか。お前が行かず夜影で行けばいいだろう?」

 嫁をそんなところに放り込みたくはない。

 だが確かにそうだ。

 夜影ならば大概の薬は効かない。

 あの薬もその内の一つならば…?

 それに、夜影がそう容易く刺されるわけがない。

 立ち上がりまずは夜影にこのことを伝えようと振り返えると、消息を絶っていた兄貴が立っていた。

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