第126話光と影

「夜影。」

「此処に。」

 静かに呼ばれ、顔を伏せたままその影を借りて現れる。

 その声には、珍しく互いに感情が乗らなかった。

「父上を殺したのは、お前だな。」

 その言葉に、夜影は目を閉じて息を吸った。

「何故、そうお思いに?」

 別に、否定も肯定もしない。

 それが我が主を振り向かせた。

 怒りはない。

 悲しみもない。

 ゆるりと時を進めながら、妙な空気を生み出す。

「俺には、夜影が考えておることがわからぬ。殺した故を、問うても答えぬのだろう?」

 蚊帳の外、そう、まさに蚊帳の外。

 我が主はこの話の外にいる。

 蚊帳の内で何があったかは風に流れても、真のことまではわかるまい。

「六郎様は、『武雷の為。梵丸の為』と仰いました。ならば、こちとらも『武雷の為。我が主の為』致すまで。」

 どんな罰でも受けませう。

 それで気が済むのなら。

 ただ、それだけのことに過ぎない。

 人の生死を許すのも人。

 人の生死を決めるのも人。

 人は人に始まり、人に終わるように、どの物事も結局はそれに終わるのが自然というもので。

 忍が自然に従わず、不自然にあろうとしながら、人よりも自然な身を持つことも、また自然なのかもしれない。

 夜影という忍が殺した六郎という人を、未だに追う者がいるという状況が無いことを、誰しもが不思議に思った。

 だが、きっと我が主はその不自然に気付いた。

 不自然は、自然には起こらず、不自然が起こす連鎖の産物。

 この場で最も不自然であったのは、誰か。

「夜影は矛盾したことを言うのだな。」

 真顔が目の前に膝をついて、目線を合わせようとする。

 此方はそれを顔を伏せたまま目を知らず。

「『武雷の為』と、思うておらぬ。お前はどこまでも『我が主の為』でしか動かぬではないか。」

 いつにそれを知ったのか。

 いつにそれに気付いたのか。

 その『我が主』が誰を指すかも明らかにしないで、それでもそこまでわかれば上等。

「影は光に従うモノ。武雷に我が主在るならば、我が主に我も在る。それだけに御座いますれば。」

 言葉遊びを致しませう。

 きっと、このお方様は察しがいい。

「武雷にお前は居らぬのだな。」

 またこの蚊帳の外では、一人…否、二人分が首を傾げているので御座います。


 初陣は、舞台の上で行われた。

 役者は揃いも揃って台本を知らず。

 結末は物語の通りに、道化は笑みを浮かべて客人の目を惹き付ける。

 道化の忍、猛る雷光に目を嬉々とさせ刃を役者に突き刺した。

 騎馬のひづめ、足軽の声、狼煙のろしが遠方で上がれば血は叫ぶ。

 これが楽しみだった。

 ふざけた伝統だった。

 誰も、これを知らなかった。

 嗚呼、誰も気付きやしなかった。

 忍がたった一匹、全ての手綱を引いて、光の背中で影となる。

 弱みは時に強みであるが、強みは時に弱みである。

 知らぬが仏か、それとも否か。

 目前、迫る滅びが見えるまで、忍び続けてしまう真。

 見たいものしか見えない視界、いつか受け入れ目をそらさぬように真っ直ぐと、その時何かに触れてしまえば気付きは死へ直結。

 気付いたならば隠し通せ、気付かぬならばそれで良いか。

 気付かれぬようにひっそりと、手招かれた結末は、如何なものであろうとも、逃れられぬこれ運命か。

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