第124話中心に在った
「そろそろ初陣ですねぇ、梵丸様。」
「何故、忍装束を着ておる?非番であろう?」
「長ですから。」
あの長期休暇を終えてからというもの、余計に非番で休まなくなった。
完全復活を遂げてから、怠ったせいで鈍った体を元の状態に戻すのに修行をするといって一年半くらい姿を消していた夜影も、ようやっと落ち着いた。
どんな修行を終えてきたのかは口を閉ざし、誰も知ることは出来なかったが、戻ってきてから夜影の強さは以前よりも増している気もする。
しかもゆらりと優雅に揺れる二本の尻尾は消えており、頭の上の獣の耳だけが残っていた。
頼也や才造に擦り寄り、戻ってきたことを告げて、忍隊に活気が戻ったのは主は知らないだろう。
さて、初陣が目前に迫るこの時、緊張に顔をしかめる姿を夜影は目を細めて見ていた。
弟の方の初陣はまだだ。
一応、此方の初陣も夜影が同行することになっている。
夜影からすればこんな楽しみを何度も何度も味わえる幸せに、また大仕事だと笑わずにはいられない。
舞台を作ってやらねばなるまいに、それがいつもの仕事だった。
六郎はそれを知っていて夜影を呼び寄せ、舞台を作り役者となって演じるのをやめてくれと命じた。
作られた舞台の上では、生き残ることは台本の通り、負けることはないとわかれば誰が本気を出そうか。
それに夜影は眉を下げて首を傾げる。
だから、主にはそれがわからないように、本気になってもらうよう演じるのだろう?と。
敵もこれが用意された舞台だとわかっていない。
配られた台本に気付かないで忠実にことは進んでいく。
ぎりぎりの本気で、自分だけが役者なのだと。
それを六郎は首を振った
それではならない。
それは甘やかしというのだと。
結局は、主をどうせ死なせない仕事をするのだろうし、なら敵選びも舞台選びも、台本作りも忍がする必要は無い。
夜影の落胆する様子といい、またこれも忍の遊びに過ぎないのか、と言いかけた。
だが、言えなかった。
夜影が人を様付けして上目に見、忍という身分の低さを理解し従うのを見てきて思うのだ。
その割には、人を見下して貶す口がある。
結局夜影は己の強さと頭の回転の速さを武器に、己よりも鈍い人を下に見ているのではないか。
まるで、谷底から嘲笑う声が響いているように、聞こえてくるのだ。
一見落ちているようでもわざとその暗闇に降りていて、上を見上げて此処には来れまいと挑発をかける。
夜影本人が自覚しているか無自覚なのかはさておき、このままこの腕の良さに甘えているのが武雷家の弱さの原因では?
夜影という強力な者に心の何処かでどうしようもないほどに頼っている。
蝶華が語るあれやこれのように、武雷家は、そう、ずっと、夜影を中心に事を回してきたのだ。
忍に騙されて、ここまで。
それでも、六郎は夜影を捨てることは出来なかった。
梵丸がいくら主だといっても、夜影を捨てることはできる。
それでも、もう手遅れなほど、夜影がおらねばならない状態に陥っているのだ。
ならば、少しずつ、少しずつでいい。
ゆるりと夜影を軸から外していくしかあるまい。
夜影は目を反らして舌打ちをかます。
それに六郎は気付いた。
その表情は、『計画を邪魔されて実に不愉快だ』と書かれたままであった。
そして次に現れた表情は、『是非も無し』である。
六郎の感情がそう見せているのか、夜影がそういう表情を浮かべているのかはわからない。
だが、どうしても、見逃せなかった。
「よいか、何もするでないぞ。これは、梵丸の為。また、武雷の為だ!」
それに一瞬、殺気が駆けた。
その殺気に心の臓を貫かれたかのように痛みさえ、苦しみさえ在った。
その夜影の目は冷たく、赤い目が輝く。
「御意に。」
武雷の為と言った瞬間だった。
まるで武雷は我がもの顔。
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