第123話労いを

 夜影が戻ってきたのは、丑三つ時であった。

 眠る梵丸の部屋の障子を、片手でそっと触れる。

 不思議と、梵丸はそれに目を覚ました。

 別に、音をたてたわけでも気配を見せたわけでもない。

 障子の影を見上げて、梵丸は立ち上がり、障子をゆるりと開ける。

 そこに立つ夜影に黙って両手を広げるので、思わず夜影は梵丸を僅かに震えながらも抱き締めた。

「只今、戻りました…。遅くなり、申し訳御座いません。」

「うむ…。よう、戻った。」

 幼い声に撫でられて、息をつく。

 安堵がそこにようやっと表れた。


 忍隊が夜影の帰還に気付いたのは、朝になってからであった。

 また、六郎、蝶華もだ。

 梵丸の眠る傍で横たわり、静かな寝息をたてているのだから驚いた。

 それも、梵丸と片手をしっかりと繋いで。

 疲れの見える寝顔は、誰の気配にも無防備に、目を覚まさなかった。

 それが、安心しきった夜影の隙。

 そんな夜影には、強制長期休暇が言い渡されたのは致し方ない。


 忍装束でなく、着物に身を落ち着かせた夜影は、暇を持て余していた。

 働くことを禁ずるとまで言われてしまえば、命令に従う他なく落ち着かない。

 しかし勿論、夜影もわかっている。

 休まねばならぬ程に、体が弱っていることを。

 体が弱ってしまったせいか、夜影の気も緩くなり、度々部下の気配すら気付かなかったりする。

 これ以上の無理が、何を招くか。

 それと引き換えに、無防備を晒すというのも、夜影だけの話。

 休むといっても、ずぅっと梵丸の傍にいる。

「梵丸様、梵丸様。」

「どうしたのだ?」

「今日はお散歩致しませう?」

 そう梵丸の背中を抱き締めて、ふわりと笑む。

「駄目だぞ。夜影は怪我をしておるのだろう?がまんだ!」

「では、何ならよいのです?梵丸様と、何ならできますか?」

 こう、夜影は一日中「梵丸様」と名を呼び、懐く。

 これを見て、よっぽど暇なのだろう、と六郎に苦笑された。

 流石に構い過ぎなのではないか、と才造が引き剥がして忍屋敷に夜影を置けば、いつの間にやら梵丸の方へ戻っているのだから、どうしようもない。


「夜影は甘えん坊だな!」

「そうですよ。梵丸様が大好きなので、いっぱい甘えますよ。だから構って下さい。」

 積極的に、「構え」というのも珍しいもので。

 それを眺めて楽しむ者まで現れる。

「梵丸様、今日は何を致しませう?」

「夜影、今日は一人でおれ。」

「酷いです。梵丸様と一緒にいます。」

「だめだ!」

 そう言われれば頬を膨らませて、それでも待っている。

 一人で丸くなり、明日になるのを。

 いつもは厳しく在るの反動か、こうなるととことん甘い。

 拗ねて、明日になれば呼ばれるまで行かない。

「才造、才造。」

「お前…、何がどうしたらそんな性格に早変わりするんだ?」

「三つ編み出来たよ。」

「ワシの髪で遊ぶな。直せ。」

「はぁい。」

 きっと、長期休暇中はずっとこのままなのだろう。

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