第122話見えぬ場所

「目が覚めたか。」

 その声を耳に、顔を横にすれば傍にある者。

 見上げれば、嗚呼と理解した。

「無理をしたな。」

 老いた声に、溜め息。

 起き上がろうとすればそれを止められる。

「まぁ、待て。そう急くと傷が開く。貴様を拾ってから四日は経つぞ。」

 四日……。

 確かにあの場所からはこの忍の里は近い。

 拾われて可笑しいとは言わない。

 それでも、拾って治療まで施すなぞ、普通しないことだろうに。

「貴様には世話になっておるからのぅ。こういう時に借りを返さねばいつ返す?わかったら大人しくしとれ。」

「あいわかった……。」

「ひひっ、貴様は素直になると可愛いものよな。」

 からかわれるが、言い返す気力はまだない。

 ここは甘えておくに限る。

 再び目を閉じて、深く息を吸った。

 疲労を感じながら、息を吐く。

 閉じた瞼の上に、体温と軽く重みが乗った。

「貴様は暫し寝ておれ。休むことをこれで覚えろ。ご苦労であった。」

 その落ち着いた声に促され、眠りへとゆるりと身を委ねる。


 毒が血に混ざり、体内を駆け巡るのを感じることはできないが、また気を立たせればその独特の流れがわかる。

 血の中にあってはならない毒というものが何処の毒よりも強いせいか、興奮すれば身体中で毒の痛みが僅かに騒いだ。

 それが、『痛み』でなくなってからは。

 そういえば、この片目が赤くなったのは、初めて人様を殺した時だった。

 派手に返り血を浴びた時に、目に入ったのだろうか、片目に激痛が駆けた。

 それからだ。

 水面に映るこの目が赤いと知った。

 何かに取り憑かれたかのようでもなく、何故か内から出てきたものであるような感覚が今も尚。

 自分が妖であるという初の記憶さえ欠如している為に、この赤が血に反応した妖の何かである、という確信はまだ早かった。


 満月の気配に、夜影は目を開けた。

 どうだ、この冷ややかな夜風は。

 自分の体に限界が来ているのだと、余計に知らせてくるのだ。

 たった七日間、夜影にとっては大きな時間だ。

 回復が遅いのも、どうしたものか。

 このままここに留まるわけにはいかない。

 身を起こし、周囲を確認し己の防具も武器も在ることを。

 立ち上がり、まだ少々痛むのを我慢しながら戻る準備を整えた。

 ゆるり静かに障子を開けて、月明かりに向かう。

 影が布団に落ちる、それに気付いたかそっと気配が現れた。

「行くのか…。」

「長居し過ぎた。流石にもう戻らないと。」

 僅かに笑ってから、月を見上げる。

 こんなに、月というのは明るいものだったか。

 きっと、部下はこの忍の里に上司が休んでいたなど気付きやしなかったろう。

 それくらい、此処は好都合過ぎた。

「その身も、もたんぞ。」

 夜影はそれに顔だけ振り返って、そのまま影となって姿を消した。


 武雷に向けて、走る。

 馬よりも速く、風を切って。

 満月を横切って、痛みをはっきりと覚える。

 どうしてこんなにも、自分は無茶をするのが好きなのだろうか。

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